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◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・中期◆

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32/86

★5★ 微妙な変化。


 夕食の席に並ぶ三つのカップ。それぞれに少量ずつスープが入っている。


 どのカップにも薄い肉片が浮かんでいるものの、それらには具材としての価値はない。香りと色が異なるのは、それぞれのスープに使用された肉が違うからだ。


「具としてではない使い方は初めて見たけれど、私は鳥があっさりしていて好きね。鹿も悪くないんだけど、どんな料理にでも使えるっていうなら鳥が無難だと思うわ。色も澄んでいるしね」


「ラウラは血の気の強い肉は好まないからな。オレが燻製肉作りにハマった理由だ。しかしこの中ならウサギの野趣がある味も捨てがたいぞ。やや濁りが出るのは仕方ないさ」


 この二人と食卓を囲むようになってからすでに十日目。


 先に飲み比べて味の評価を下したラウラとアドルフに、アカネが「ご意見ありがとうございます」とへらりと笑って頷く。並べられたスープに使用したのは、俺達がここへ来た時にすでに一週間の熟成期間を終えていた燻製肉。それを買い取ってさらに十日間追加で燻したものだ。


 十七日燻した燻製肉は固く普通に歯で噛み切ることは困難だが、アカネはそれをアドルフにできる限り薄くそぎ切りにさせ、それを使ってスープを取った。先に調理しながら味見をしたアカネがどの味を好むのかは俺を含めて知らない。


 ただ何となく俺は聞かなくても答えが分かる気がした。


 薄い肉から抽出したスープだけを飲むというのは驚きだが、その分味の良し悪しがすぐに分かる。俺が全部のカップに口をつけたところで、アカネが「ウルリックさんはどの味が好きでした?」と訊ねてきた。


 おそらく現状この国で普通に店で出されているスープなら、どれもここにある三種で充分勝てる。ベーコンとも、根菜とも、骨を使ったものとも違う。コイツの故郷がどこかは知らないが、確かにこの味の独特な複雑さは知らない。


 不味いだとか、旨いだとかでは表現しにくい感じだ。以前までなら間違いなくどれでも旨い部類に入ったと思うんだが――。


「上手く説明しづらいんだが、どれも悪くないが根本的に味が薄い。何となくここにあるのは、まだどれもオマエが納得するような味になってない気がする」


 そう思ったことを正直に答えると、アカネは目をまん丸にして固まった。アドルフ達が「そうなのか?」「充分美味しいと思うんだけれど」と顔を見合わせている。だが俺はアカネの言葉を聞こうと「どうなんだよ?」と尋ねた。


 するとアカネはまん丸にしていた目を次第に笑みの形に変えて、ふわりと「ウルリックさんの味覚、いつの間に私に似ちゃったんですかね?」と、そんな生意気なことを言って笑いやがった。


 結局酒を飲みながら旨い飯を食べ、日中の話をしながらの変わり映えしない夕食の席になる。


 その後は片付けを終え、順番に風呂を済ませて雑談と翌日の打ち合わせをしたら、ちょうど良い時間帯になって。十分ほど前にアドルフ達が“夜更かしは程々に”と注意して寝室に向かう姿をアカネと見送った。


 当然四人しかいない小屋のリビングに残ったのは、俺とアカネの二人だけだ。時間はすでに十一時を回っているが、どうせまだここから出立する目処はたっていない。野営の時とは違って少しくらいの夜更かしをしても、翌朝に響くことがないのは助かる。


 ここに身を寄せている間は旅の最中と違って寝室が別なので、毎日寝るまでの少しの時間を何をするでもなく二人でダラダラとするのが、俺達の中で暗黙の了解になっていた。


 部屋割りとしてはいつも俺が使う客間をアカネが、そこから弾き出された格好の俺がリビングのソファーで眠る。最初のうちはアカネがソファーで眠ると言ってきかなかったものの、寝てる間に移動させ続けたらそのうち諦めた。


 今夜も二人でダラダラと俺は椅子に座ったままテーブルに肘をついて、アカネは靴を脱いだ足をソファーの上で抱えながら、日中にあったことの話の続きをしている。そんな最中に一瞬だけ会話が途切れ、気安い沈黙が流れた。


 特に何の気なしに、夕飯に使用した燻製肉の残りが並ぶカウンターに視線が向く。一週間かけて燻製小屋で燻した肉を眺めるでもなく見ていたら、ソファーに腰かけていたアカネが「夕食の時に何で分かったんです?」と訊いてきた。


 そう訊ねられたところで答えらしい答えは、実のところ何も持っていない。説明できるような確たるものはないが、それを素直に口にしたところでコイツはたぶん怒らないだろう。


「半分は当てずっぽうだ。この三種は今日で燻製を始めて一週間だが、まだオマエが言うような削れるほどの固さにはなってない。それでもしかしてと思ったんだよ。素材が違って水気を抜くにしても、ただ燻すだけじゃ限界があるのかもな」


 正直にそう答えたら、案の定アカネは「鰹節はカンナで削るほど硬いって話、憶えてくれてたんですね」と嬉しそうに目を細めた。その表情に「まぁな。聞いたことのないものの話ってのは憶えてられるもんなんだろ」と答えると、アカネはさらに笑みを深める。


「ウルリックさんの言う通りこの三種はまだ熟成が不十分みたいで。鰹節の製法だとカビを使うって聞いたことがありますけど、季節的にも素人考えで安易にやったら普通にカビちゃうだろうし。カビを使わないで熟成してたら、理想の味まで何週間かかるか分かりません」


 元から下がり気味の眉をさらに下げてそう言うアカネの表情は、見ようによっては泣き出す前みたいに見える。その答えを聞いてやっぱり滞在時間の問題だったかと納得した。今夜使用した肉の補填分はすでにしてあるものの、追加分はまだまだ使い物にはならないだろう。


 妙なところで気を使う質なのかラウラに家での状況を訊ねてみたら、コイツは俺といる時よりも随分と大人しいようだった。


 その差が俺との出逢いが懐き具合に影響しているのだとしたら、犬みたいな奴だ。今日も今日とてラウラお手製のヒラヒラした服装だが、最初は男のような服装のコイツしか見ていなかったので、違和感の塊のようだと感じていたのに、最近だと見慣れてきた。


 普通ならこの年頃だと親から結婚の話をされるようになって、誰かと婚約して、結婚して――と。こんな冒険者まがいの不安定な日常ではなく、そんな当たり前の幸せな日常があったはずなんだよなと思う。


 一瞬ぼんやりとしていたところに「残った候補って最終的にウサギと、鳥と、鹿でしたよね?」とアカネの質問が飛んできて、ふと我に返る。


「ああ。猪と熊も試してみたが、どっちも狩るのに手間と命がかかりすぎる。燻製としては不味くはないが、供給のしやすさを考えるとあんまり現実的じゃねぇな」


 深夜は変に感傷的なものの考え方になる。おかげでうっかり口を滑らせた。直後に真正面にいたアカネが、普段はとろくさそうなその黒い瞳を三角にしてこちらを睨みつけてくる。 


「私が知らない間にそんな危険な真似したんですか? 協力して下さるのは本当に嬉しいですけど、ウルリックさんの命の方が万倍大事なので、そういうことならもう我儘は言いません。この実験は止めにします」


 ギュッと眉間に皺を刻んでそう言う瞳が一瞬不安げに揺れた。


「あー……分かった分かった、もう大物系は狙わない。それよりあれだ、アドルフの蜂蜜酒(ミード)があるからちょっと拝借して飲もうぜ。付き合うだろ?」


 憤っていた表情が途端にパッと明るくなるアカネの姿に、我ながらコイツの扱いが上手くなったと思っていたら、すぐにそんなこちらの内心に気付いたのか「今回だけ懐柔されてあげます」と釘を刺される。


 そして「蜂蜜酒があるなら、遅い時間ですけど簡単なオツマミを作りますね」と、暢気に笑った。


◆◇◆


★使用する材料★


 パストラミの切り落とし (※ハムやベーコンでも可)

 タマネギ        (※紫玉葱も入れると綺麗)

 ニンジン       

 レモン汁orお酢     (※分量など好みだよ)

 ニンニク      

 塩、砂糖、粗挽き胡椒


◆◇◆


 深夜の台所にタマネギとニンジンを刻むナイフの音が遠慮がちに響く。その音を耳にしながら台所の水瓶から蜂蜜酒を引き上げ、ゴブレットの用意をする。


 タマネギを水にさらしている間にニンジンを酢につけて柔らかくし、ニンニクを潰してペースト状に叩いたものと調味料を合わせていく。


 途中で手招かれて調味料の味見をさせられ、その味に頷くとアカネは夕食に使っていたパストラミの切れ端を取り出し、水気を絞ったタマネギと一緒に酢漬けニンジンへと合流させた。


 最後に合わせ調味料を回しかけフォークで全体を混ぜ合わせると、皿に取り分けてこちらに差し出す。それを受け取ってソファーに座ると、アカネも後に続く。二人がけにしては少し広めの座面に並び、蜂蜜酒をゴブレットに注いで静かな晩酌が始まった。


***


「――で、結局こうなるのか」


 晩酌を始めて一時間半後。


 片側の肩にもたれかかって眠るアカネの黒髪から、これもラウラお手製だろう香油の香りが漂ってきた。いつものように抱き上げて部屋に連れて行ってやっても良いが、案外このまま寝かせていればそのうち勝手に起きるだろう。


「はぁ……幸せそうな顔して寝やがってまぁ。普通に考えて年頃の女がこれはどうなんだか」


 空いた方の手でポンポンと頭を軽く撫でると、猫のように肩に頭を擦り付けてくる。どっから拾ったコイツの躾を間違えたんだ俺は。いくらなんでも一般常識(動物的本能)が死にすぎだろ……。


 つい手持ち無沙汰になった時の癖で片側の髪を解くも、結び直そうとした手がアカネで塞がっていたことで、自分も少々酔いが回っているのだと気付く。ここで眠気に負ける前にアカネを抱えて部屋に持って行こうかと思ったものの、すでに立ち上がるのが億劫で。


 肩にもたれたアカネの寝息に微睡む自分も以前までと比べれば、あぁ……クソ、大概、暢気なもんだ。

人参はピーラーを使うと簡単に調味料が馴染みます(*´ω`*)

玉ねぎは水にさらしても辛い時は少しだけお砂糖をまぶしてみてね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] きゃー(*ノェノ)キャー [一言] 語彙死にました。
[良い点] 作中では穏やかな時間が過ぎているなあ…… おやぁ? ウルリックに微妙な心境変化が? ラウラさんに着せ替え人形にされたかいがあったようで。うふふ。 鰹節の入手はなかなか難しそうですね。 ジ…
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