*3* 魔女と野獣。
あの後ウルリックさんに簡単な説明を聞いたところによれば、相手は彼の古くから付き合いのある人物で、私が最初に行き倒れていた時に彼からもらった干し肉を作った人だとのこと。
何でもその人は現在木こりをしながら奥さんと二人、首都から離れた田舎で第二の人生を満喫中らしい。事前の情報がそれだけということにも驚いたけれど、ウルリックさんの古くからの知り合いという存在の方がもっと驚いた。
名前や年齢も訊いてみたのだけれど、ウルリックさんは面倒くさがって『会えば分かる』と説明を放棄。そのせいで私は得体の知れない相手ご夫婦のことを考えながら、不安な二日間の道中を過ごした。
ウルリックさんにくっついて辿り着いた先は、鬱蒼とした森の中には相応しくないような、赤い屋根と手入れされた花壇が可愛らしい、やけにファンシーな小さいお家だった。
「あの……木こり小屋って初めて見るんですけど、みんなこんな感じなんですか?」
「いいや、あれは単に奴の妻の趣味だ。アカネは少しここで待ってろ」
「え? ここまで来てやっぱり一緒に行っちゃ駄目なんですか?」
「違う。細かく説明すんのが面倒なんだよ。死にたくなかったら俺が呼ぶまでここから絶対に動くな」
のっけから不穏すぎる。少なくとも明るいジルツの陽の下、こんなに可愛らしいお家の前で聞くような発言では全くない。このやりとりのせいでここに住むご夫婦の想像図が、会う前から某金曜日のチェーンソーマンになってしまった。
「ちょっと待って下さいよ。確かに鰹節の類似品は欲しいですけど、流石に命は張れませんよ。死ぬような場所なら引き返しましょう」
「ここまでついてきといて面倒くさい奴だなオマエは。この小屋に住んでる奴の妻は魔導師で、二人は少々訳ありだ。怪しい人間が敷地内に無断で立ち入れば消し炭にされる。だから呼ぶまで動くな。分かったか?」
「滅茶苦茶危険なところじゃないですか……よくそれで人を面倒くさい奴呼ばわりしましたね」
「オマエが俺のおまけだって説明すれば平気だろ」
「それって私だけ命がけな状況ですよね」
自分が安全圏内だからといって楽観視しすぎでは? 全面的に非難を込めた眼差しを送ると、彼は「大丈夫、大丈夫。心配すんな」と言ったけれど、肯定の言葉を重ねる人間には気をつけろと死んだお婆ちゃんが言っていた。
胡乱な視線で見上げる私に「待ってろよ」と言い残して、彼は可愛らしいお家の玄関に歩いていく。ウルリックさんがノッカーを使って来訪を告げると、すぐにチョコレート色のドアが開いて誰かが出てきた気配がする。
そして住人と二、三言交わしたらしいウルリックさんが、こちらを振り向いて私を手招く。さっきの発言に怖々踏み出す一歩目を見ていたウルリックさんが笑う姿が憎らしくて、二歩目からは大股で玄関口まで向かう。
「お、お前さんがリックの言ってた連れか?」
対面してすぐにそう私に声をかけてくれたお相手は、二メートルは確実にある熊のように大柄な男性だった。存在感のある見事なモミアゲをお持ちの厳ついオジサマは四十代後半くらいだろうか? パッと見ただけでもかなり怖い。
前世だとプロレスラーでもやっておられそうな体躯で、銀灰色の短い髪は針金のように見えるし、深い青の瞳は木こりと言うにはちょっと眼光が鋭すぎるのでは?
そんな諸々を飲み込んで「そうです」と答えつつ、ウルリックさんに助けを求めて視線を送るけれど、彼は室内に目を向けていてこちらの視線に気付かない。オジサマはそんな私を見て一瞬眉間を曇らせた。隠遁生活を送っているところに初顔がきたら当然の反応だろう。
けれどようやくこちらの視線に気付いて見下ろしてくるウルリックさんは、チラッと見たオジサマの表情を気にした風もなく、萎縮している私の肩を叩いて「今日は俺の依頼じゃなくてコイツの用事で寄らせてもらった」と、何でもないことのように言った。
けれどオジサマは体格に似つかわしくない小首を傾げるポーズを取り、次の瞬間「そりゃ構わんが、お前なかなか身を固めんと思っとったら衆道の方だったか?」と、とんでもない発言を投下する。
突っ込みたいことが多すぎて固まった私に代わり、隣でウルリックさんが「おい、妙な勘違いしてんじゃねぇぞオッサン」と助け船を出してくれたかと思ったのも束の間。
「だったら女の子か」
「肉付きは悪いが女だ。あとアンタが思ってるような関係性では絶対ない」
同レベルで失礼な発言が味方から飛び出すとは何ごとかとも思うけれど、一応関係性の誤解は解こうとしてくれているらしいのでここは我慢。
ウルリックさんのお皿に塩を多めに一杯盛るなんて簡単だ。いつか鬱憤が溜まりきったらやってやろうと心に決める……と。
「アドルフったらそろそろ玄関口でお客さまを独り占めしていないで、中に入ってもらって? 私もお話したいのよ」
ハープを奏でるような声音と共に奥から現れたのは、プラチナの髪に沈む間際の夕陽の色の瞳を持った、とんでもない美女。厳ついオジサマ、もといアドルフさんと並んだそのあまりの合成写真ぽさに驚いていたら、ウルリックさんが「同じ歳の夫婦で、不審者を消し炭にする魔導師だ」と。
うん……今日一日で、私はあと何回驚くことになるのだろう。
***
赤い屋根の小さなお家に住んでいたのは、美女と野獣ならぬ魔女と野獣のアドルフさんとラウラさんご夫婦。お家の中に招き入れてもらい、ラウラさんが淹れてくれたお茶とお手製のお菓子を戴きながら、ウルリックさんとの出逢いとこれまでの経緯をかなり簡単に説明した。
詳しく説明しても良かったのだけれど、隣のウルリックさんが席についた直後に爪先コツンをやってきたから、彼の口から語られる内容に少し追加したり、頷いたりするだけに留めておく。たぶん古い知り合いだと言っていたから、からかわれるのが嫌なんだろう。
私も前世でお正月に親戚と集まる時は、如何に昔の自分がお馬鹿な子供だったのかを聞かされるのが辛かったから、その気持ちは分かるよ。
帰省した息子を質問攻めにする両親から逃れるように、のらりくらりと話をする様は何だかいつもしっかり者なウルリックさんには珍しくて、面倒くさそうな受け答えも少し可愛く見える。
「もう下らん近況はどうでもいいだろ。コイツが欲しがってる代用品みたいなものは、ここでできるかできないか、それだけさっさと教えてくれ」
ついに痺れを切らしたウルリックさんがそう言うと、アドルフさんとラウラさんは顔を見合わせて笑った。どうやら彼がへそを曲げる寸前だと気付いたらしい。
「さてなぁ、そんなに固くなるまでやってみたことがないから断言はできんが……似たものならできると思うぞ。何よりお前が誰か連れてくるのも初めてだしな。オレとラウラも何とかその故郷の味を再現してやりたいさ。なあラウラ?」
「ええ、勿論よ。せっかくこんなに可愛らしい子を連れてきたんだもの。この辺りには宿もないし、今夜からここに泊まりがけで好きなだけ研究すると良いわ」
するとアドルフさんとラウラさんは、今度は実家から足が遠退く息子を足止めしようとする両親のようになった。
私は別にウルリックさんとの野営も嫌いではないので、隣に座る彼の指示を仰ぐべくテーブルの下の爪先をコツンとやると、ウルリックさんは溜息をついて「今夜から世話になる」と言った。
そんな彼の言葉にならって「急なことでご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」と頭を下げると、突然ラウラさんが「やったわ、これからしばらく女の子のいる生活なのね!」と椅子から立ち上がって両手を天井に突き上げる。
たおやかな美女に似合わない動きに驚いていると、アドルフさんとウルリックさんがそんな私を見て気の毒そうな視線を向けてきた。
「ま、あとは頑張れ、着せかえ人形」
「故郷の味はオレ達に任せて、アカネちゃんはラウラと遊んでやってくれ」
その言葉を聞かされた直後に自分のここでの役目を悟った私は、すでに部屋から姿を消して『どんな格好をさせて遊ぼうかしら!』というご機嫌なラウラさんの声を背中で聞きながら、明日からの生活を思って少しだけ不安を感じたのだ。




