*10* 実感がないけど。
ベナンの町を発ってから今日で六日目。予定通りに進めていたら、明日には次の目的地であるファルダンの町に着くはずだ。
ウルリックさんの提案では、最初のレシピは細々したもので数を揃えて田舎の町ではそれを売り、都会に近付くに従って主食になりそうなものをレシピにして売るべきだと助言をされた。
それというのも小さな田舎町だとレシピの値段を低く見積もられるからというのと、もう一つ、実際に料理を食べてくれる人が少ないだろうということで、彼の気遣いが嬉しかった。
多少なりとも“美味しい”と言われたい承認欲求を持った私は、道中ウルリックさんが魔獣狩りをしている間、カシュアとコルのジャムを作り置きしたり、ロジュ草を少しでも日持ちするように天日干ししたり、彼が教えてくれたミントに似たティア草などのハーブ類を採取している。
要するに保存食の確保をしているだけだけど、こういう生活に憧れがあった身としては非常に楽しい。それが終わったら木皿を前に、こつこつと日課の調味料錬成をしていた。
モロモロモロ、モロモロモロ、モロモロモロ、指先ベタベタ。通常これが終わったら一度指先を洗って、胡椒と塩に取りかかるのだけれど――。
右手を掲げて指先を擦り合わせる端からは上白糖が錬成され、木皿の上にどんどん降り積もっていく。しかもいつもならもう打ち止めになるはずの上限量を越えて、まだ止まる素振りを見せない。思わず内心の興奮を通り越して、いっそ平坦な声で「増えてる」と呟いたその時。
「そりゃ良かったな。オマエは痩せすぎだからもう少し肉がつかねぇかと思ってたんだよ」
「いっ……体重じゃありません。というか、背後から音もなく近付いてこないで下さいよ。びっくりするじゃないですか!」
「何だ体重の話じゃないのかよ。あと驚かせようと思って気配を消してたんだから当然だろうが」
口から心臓が飛び出るかと思った私の言葉に、全く悪びれない物言いをしてくるウルリックさんの声。けれどギギギギと音がしそうなほどぎこちなく振り返った先には、どこか皮肉っぽい笑みを浮かべた暗緑色の瞳があって。
無言で差し出された手の上にはこの間ギルドで見た魔石よりも、二回りも大きな紫色の魔石が載っていた。
ただそれを見て綺麗だという感想よりも先に「怪我は?」と聞いてしまう。彼は強いのだから心配するのは失礼だと頭では分かっているけど、ギルドで聞いた説明では取れる魔石の大きさは、魔獣の強さに比例すると言っていた。
だからこそ飛び出した私の言葉に、何故か彼は鳩が豆鉄砲を受けたみたいな表情をする。けれどすぐに「そんなヘマするかよ」と魔石を懐にしまいこみ、腰に提げていた採取袋を手渡してくれながら「夕飯にしようぜ」と笑った。
そう言われてから初めて気付いたけれど、まだ明るいとはいえ、もう野営の準備に入るには良い時間帯だ。食事の準備を終える頃には暗くなり始めているだろう。
お肉欲しさに弓を使って普通の狩りをすれば、上手く回収できればいいけれど、できない場合は装備費用が余分にかかる。だから食材は町で買うもの以外は、こうして節約のために二人で採取をしていた。
受け取った採取袋の中身は数種類のキノコ。それらを念の為一つずつ手に取るけど、どれも私の手から逃げ出さないから全部食べられそうだ。明日には町に到着するのだから、前の町で買った食材は使い切るのが無難だろう。
鞄を漁って出てきたのは小さいジャガイモと、塩気の強いベーコン、調味料は代わり映えしないけれどチーズと小振りのタマネギがある。ただ圧倒的に彩りが足りない感は否めない。
かといってこの食材の中に前回使用した謎の草……勝手にコゴミモドキと命名した草を入れると、味のまとまりが悪くなる。こういう時のために、次の町に着いたら人参も買ってもらおう。
あと毎朝採るカシュアとパンノミは、煮てよし、焼いてよしといつでも大活躍するのですっかり常備菜だ。お世話になる分は節約しないと。そういうわけで朝食は主にこの二つだけで回っている。
木皿の上に載った砂糖を小瓶に移し替えながら、頭の中に散らばるレシピの欠片をツギハギしつつ献立を考えていると、魔石を数えていたウルリックさんが「材料足りそうか?」と声をかけてくれた。
転生してから十三日。彼と旅を始めてからもう十二日目。
その声に頷き返して「大丈夫です。少し待ってて下さいね」と言うのも、段々堂に入ってきたかな?
◆◇◆
★使用する材料★
チーズ (※粉チーズ)
タマネギ (※ペコロスとか可愛い。普通のでも勿論OK)
ベーコン (※ブロックのものが食感あっていい)
ジャガイモ (※インカの目覚めとか、密度の高いのが美味)
キノコ数種類 (※お好みのもの)
ロジュ草 (※ドライオレガノ)
塩、胡椒 各適量分。
水 ひたひたになるくらい。
◆◇◆
まずは土やゴミを洗い落としたキノコの石突きを除き、手で食べやすい大きさに裂く。油も何も引いていない小鍋でキノコを空焼きにしてお皿によける。その小鍋に塩と水を入れてジャガイモを皮のまま投入。
木の枝がスッと通るよりちょっと固い程度で引き上げ、くし切りにしてキノコと一緒によけておいて、お次はベーコンを太めの短冊か大きめのサイコロ状に切って、くし切りにしたタマネギと一緒に別の小鍋で炒める。
そこに水を具の頭が出る程度加えて、キノコとジャガイモを投入。沸騰するまで待って、浮いてきたアクを掬ったら塩と胡椒で味を調え、仕上げにチーズをお好みの量削り入れて混ぜ、仕上げにロジュ草を振る。
キノコのせいで色味は茶色くなってしまったけれど、香りは美味しそう。あとはデザート用にカシュアをくし切りにして、パンノミを炙って添えれば完成だ。
お弁当箱の蓋と本体にそれぞれパンノミとカシュアを取り分けて、残った材料を全部入れ洋風肉じゃがっぽいおかずを木皿によそう。それを見たウルリックさんが魔石のより分け作業を切り上げて、私と向かい合う場所に腰を下ろす。
おかずのお皿とパンノミとカシュアが入ったお弁当箱を手渡し、二人でそれぞれの風習の《いただきます》を唱える。
早速少ないスープを一匙口に運ぶと、タマネギとキノコとベーコンから良いダシが出ていた。チーズとロジュ草と胡椒も味を良い感じに引き立ててくれている。
コンソメキューブがあれば一気に解決するのだけれど、残念ながらこの世界にはそんな便利なものはない。味噌や醤油は味覚や文化の違いで諦めるしかないにしても、かつお節や昆布に慣れ親しむと、どうしてもダシが恋しくなる。
いつか代用品を見つけようと考えていたら、ウルリックさんが何やら考え込んだ風におかずが入った木皿に視線を落としていた。その今まで見たことのない反応に、美味しくできたと思っていた自分の自惚れ具合が恥ずかしい。
一気に食欲が失せてスープを掬う手を止めた私に気付いたのか、ウルリックさんがこちらを見て何か言い出そうかどうか悩んでいる。彼のことだからきっと“不味い”と言う言葉を、少しでも和らげて伝えようとしてくれているに違いない。
けれど私はこの異世界でこれからレシピを売ってお金を頂こうなどと、大それたことを考えている身なのだから。と、格好をつけたところで結果を待たされるのも怖いし、ここは自分から被弾しに行った方が傷が浅いかもしれない。
そしてそんな逃げ腰な私の心情を見透かすように、ウルリックさんが苦々しげに「やっぱり勘違いじゃなかったか」と呟いた。予想はしていても人にそう言われるのは辛い。
こんなことなら先に口を開けばよかったと心底うなだれた次の瞬間――。
「なぁオマエさ、自分で気付いてないだけで、何か魔法の素養でもあるんじゃないのか?」
全く予測していなかった言葉を投げかけられて何の反応も返せなかった私は、どうやら“やっぱり”本日熟練度だか習熟度だか、目に見えない何かが上がったみたいです。
コンソメキューブを二つ入れると劇的に美味しくなります。
いやー、調味料って本当に偉大だなぁ(*´ω`*)<合わせるならビールかな!