第99話 最悪の敵(2)
「紅のレニー、だな」
エリオスは、レニーに向かって、もう一度静かに言った。
有無を言わせぬ口調。
レニーも返事をしないわけにはいかなかった。
「そうだ。そして、お前が極冷のエリオス・・・だな」
「そのとおり。個人的に恨みはないが、俺はお前を倒さなければならない」
エリオスの、感情のこもらない、冷たい口調は変わらない。
「待て!待ってくれ!俺にはお前と戦う理由がない。こんな戦いは不毛だ。やめよう!」
「残念ながら、俺の方には、どうしてもお前と戦う理由があるんだ。あきらめてほしい」
「どうして?俺はお前の恨みを買った覚えなどないのに。なぜ、お前は俺と戦おうしているんだ?」
「なぜなら、お前が紅のレニーだから。お前が、レオネシアナンバー1の炎の魔法使いだから」
エリオスは、それ以上、レニーの言葉を聞く気がないようだった。
エリオスはすでに呪文を唱えていた。
「氷弾」
すぐにレニーも魔法で対抗する。
「炎弾」
エリオスの魔法弾は、レニーの魔法にぶつかって消滅した。
もちろん、これは小手調べ。
エリオスが本気で魔法を撃ったとは思えない。
再びエリオスが呪文を唱えようとする。
そのときだった。
レニーの後ろから、緑の影が飛び出して、まっすぐにエリオスへと向かっていた。
ラーサだった。
竜に乗ったラーサが、空から急降下して、エリオスを襲おうとした。
太陽の日が反射して、ラーサの槍が光った。
でも、エリオスは落ち着いていた。
「氷柱」
エリオスの魔法。
エリオスを中心として、巨大な氷の柱が、つららのように天高くそびえたった。
ラーサと竜はその柱に打ちのめされて、空へと打ち上げられた後、地面へとドサッとたたきつけられた。
「ラーサぁぁぁぁ!ラーサ、大丈夫か?」
あわててレニーが駆け寄る。
腰を押さえて、しかめっ面のラーサ。
でも、大丈夫なようだ。
相変わらず、表情の読めないエリオス。
ただ、自分の実力に自信を持っていることは、レニーにもよく分かった。
自分に勝ち目はあるのだろうか?
考えても、勝つ方法はすぐには思い浮かばない。
レニーは真剣な顔をして、低い声でラーサに言った。
「いいか、ラーサ。よく聞いてくれ。ラーサはこのまま竜に乗って、全速力でワーレンの方へと向かってほしい」
「へっ?」
意表を突かれた顔のラーサ。
「どうして?目の前に敵がいるのに?どう見ても強い敵が、目の前にいるのに、私には逃げだせって?そんなに私はあてにならないわけ?そんなに私の強さは、信用できないわけ?」
「違う!違うんだ!ラーサ、よく聞け。お前だけじゃない。多分、俺が本気で戦ったとしても、極冷のエリオスには勝てない・・・」
「だったら、2人で戦う方がまだ勝ち目があるでしょう。レニーだけ残して、私は逃げるなんていやよ。レニーが殺されている間に、私だけ逃げるなんて出来るわけないじゃない」
「違うんだ!殺されるためじゃない。生き残るためだから。俺は死なない。なんとしてでも生き残る。だから、そのためにラーサには、ワーレンに向かって飛んで、ロミーさんを捜して来てほしいんだよ」
「ロミーさん?」
「そうだ。多分、ロミーさんはジュリアさんに連れられて、今ごろ、ワーレンへと向かっている。大急ぎで彼を捜して、連れてきてほしい。透明のロミーの特殊能力、魔法無効。それがあれば、エリオスにも対抗できるはずだから」
「本当に?本当の本当に、レニーは私をこの危険な場所から遠ざけようとして、あえてそう言っているわけじゃないのね?本当に、レニーも一緒に生き残るために、そう言っているのね」
「当たり前だ。もちろん、ラーサを死なせるわけにはいかない。でも、俺も死ぬつもりはない。約束する。俺は生き残る。お前が戻ってくるまで、ここで生き残っているから。だから、今はラーサは一刻も早くここから離れて、ロミーさんを探してきてくれ」
「本当ね?約束だからね。私の知らないところで、勝手にくたばっていたら承知しないんだからね」
「分かった、分かった。約束する。俺はラーサが戻ってくるまで死なない。だから、ラーサも今すぐ飛び立って、出来るだけ早く戻ってくること」
なおもラーサはじっとレニーの目を見ていた。
だから、レニーもその瞳を真剣な顔で見つめ返した。
ようやく、ラーサにもレニーの思いは伝わったようだった。
「約束したからね。必ず、生きてその場所にいるのよ」
最後に言い残して、飛び立ったラーサ。
「さて・・・と」
レニーは一息ついて、それからエリオスの方を見た。
エリオスは、ラーサには興味がないようだった。
ただ、レニーだけを見ていた。
「相棒は先に逃がしたようだな。賢明な判断だ」
エリオスがつぶやくように言う。
逃がした・・・。そうかもしれない。
ロミーを連れてきてほしい。
それはレニーの本当の願いだった。
でも、それがかなわなくとも、ラーサだけは助けることはできる。
最悪の場合でも、ラーサだけは巻き込まずにすむ。
レニーにそんな考えもあったのは、事実だった。
とりあえずこの場にはたった2人。
レニーとエリオスだけが残ったのだった。