第98話 最悪の敵(1)
四方八方から、容赦なく飛んでくる魔法。
さすがのレニーにも、全部を打ち落とすことは不可能だった。
なぜなら敵の魔法使いは、遠巻きにレニーだけをぐるっと取り囲んで、みんなでレニーを狙い撃ちにしていたから。
平原には剣や槍を持った敵の屍がたくさん。
でも、敵の魔法使いは、まだほとんど被害を受けていなかったのだ。
そう言えば、レニーが戻ってきたとき、ゼノとラーサの2人がいた。
いずれも魔法が使えない2人。
戦うなら、接近戦しかない。
それで、敵の戦士が屍の山となっているわけだ。
でも、敵の魔法使いは遠くから攻撃してくる。
ゼノやラーサには、攻撃する手段がなかったはずだ。
それで、こんなにも敵の魔法使いが、まだたくさんいるのだろう。
そのときレニーは、ゼノとラーサの姿しか見かけなかったことに気づいた。
ロミーはともかく、セシルすら、ここにはいなかったのだろうか?
セシルがいれば、魔法はどうとでも出来たはずなのに・・・。
それ以上考えている余裕はなかった。
敵の魔法の一斉攻撃が、再びレニーに襲いかかったからだ。
レニーは転がりながら、そこから逃げ出す。
さらに追いかけてくる魔法。
全部よけるのは無理そうだった。
レニーは覚悟を決めて、自分の肩で飛んできた魔法を受け止める。
打ち落とす余裕はなかった。
魔法の直撃。
ふんばって、衝撃になんとか耐えると、レニーは再び走りだした。
後ろへ、とにかく後ろへと、レニーは走っていた。
このまま、敵の魔法使いに取り囲まれた状態では、あまりにも不利だった。
だから、とにかく後ろに走って、その包囲を突破すること。
包囲さえ崩せれば、前を見て戦うことが出来る。
ようやく敵の魔法使いの一角にたどり着いた。
レニーは槍を持って、その魔法使いの集団に斬り込んだ。
走りながら、ひたすら槍を振り続ける。
包囲を突破することが、最優先だ。
敵はほとんどすべて魔法使いだった。
槍を持ったレニーを止めれる者はいなかった。
レニーは包囲を突き破ると、後ろを振りかえって、再び槍を構えた。
これで後ろを気にする必要はない。
そのとき、竜に乗ったラーサが戻ってきた。
「ラーサ!ちょうどよかった。手を貸してくれ!残りの敵を一掃するぞ!」
「無理よ。私はすでに限界まで戦ったんだから。もう手の握力が全くないわ。この重い槍は、もう1回だって振れないんだから」
「そうだな。ラーサはその重い槍で、よく頑張ったな。ちゃんと分かっていたよ。だから、俺は誕生日にもらったプレゼントのお返しとして、ラーサのために最高のプレゼントを用意したんだから」
レニーは自分の持っていた槍を、ラーサに渡した。
ケインの形見、竜の槍とまったく同じ形をしたその槍。
切れ味や装飾はまったく変わらない。
でも、その槍は圧倒的に軽かった。
アスカルトの名工に頼んで、軽量の素材で作ってもらった、最新型の竜の槍だった。
「これなら、腕も疲れない。しかも威力や使い勝手は、前と同じ。いや、それ以上かもしれない。ラーサにプレゼントするよ」
てっきりラーサが喜んでくれるものと、信じて疑わなかったレニー。
でも、ラーサは金切り声を上げなから、大げさに首を振って、拒絶した。
「いやー!思っていたプレゼントとちがーう!こんな野蛮なプレゼントはいらない。もっとかわいくて、女の子らしいプレゼントがほしい!だって、私はレニーとのペアルックがいいって、言ったじゃない!」
「だから、ケインの竜の槍は、俺が使うからさ。ラーサはその最新型の竜の槍を使えばいい。ほら、完璧なペアルック。2人して同じ道具で戦う2人には、いつしか特別な絆が・・・」
「そんなものをペアルックと言い張るのは、レニーだけだから。女の子はもっとかわいらしいプレゼントがほしいの。だいたい、私は戦場で戦う武器がほしいなどと頼んだことは、一度だってない!」
「ほらほら、そんなことを言っている場合じゃないからさ。ほら、また敵の魔法がやってきたぞ」
レニーも魔法を発動して、敵の魔法を打ち落とす。
「相手の魔法使いを一掃するには、ラーサと竜の機動力が必要なんだよ。俺が魔法で援護するから。接近戦に持ち込んで、相手の魔法使いを叩ききってくれよ」
なおもスネて、空中から様子見を続けるラーサ。
でも、2発ほど敵の魔法がレニーに命中するのを見て、ラーサもあきらめた。
さすがにレニーひとりに任せるには、無理がある。
「ああ、もう!なんで、また私がこんなに戦わなきゃいけないのよ」
ラーサはつぶやきながら、敵の魔法使い集団の一角へと、突き進んだ。
「ありがとう、ラーサ。ラーサは前だけに集中していればいい。横や後ろの魔法は俺がすべて打ち落とすから」
レニーの言うとおりになった。
横から、後ろからの魔法は、すべてレニーが後ろから迎撃してくれたのだ。
ラーサが気にしたのは、真正面からの魔法のみ。
それらを避け、斬り裂いて、ラーサは突き進んだ。
そしてそこにいた魔法使いたちを一掃すると、ラーサはさらに次の集団へと、狙いをつける。
何度かの襲撃。
それで敵の魔法使いは、ほとんどいなくなった。
後に残ったのは、平原に山と着まれた敵の屍ばかり。
終わった・・・今度こそ、終わった。
ラーサはそう確信して、座り込んだ。
「おーい!大丈夫か、ラーサ?」
レニーが駆け寄ってくる。
残った敵も、ほとんどが逃げ出した後だった。
これで終わり。
レニーもそう思ったとき、ひとりの男がゆっくりと山道を登ってきた。
暗い表情。
険しい顔のままで、ゆっくりと近付いてきたその男。
彼はレニーの前まで来ると、静かな口調で言った。
「紅のレニー、だな」
対峙するだけで、レニーは背筋が寒くなるのを感じた。
最悪だ。
よりによって、こんな場面で・・・。
間違いなかった。
彼こそが極冷のエリオス。
あの広い草原を一瞬で凍土に変えてしまった魔法使い。
彼もまた、ウルトラレアカードの実力の持ち主で、レオネシア最強の氷の魔法使いなのだ。
こちらはレニーはともかく、ラーサはもう疲れ切って、消耗してしまっている。
いや、たとえ万全の状態でも、レニーたちが彼に勝てるとは思えなかった。
極冷のエリオスは、黙ったままで、じっとレニーを見ていた。