第97話 背中合わせの2人(2)
私はいったい何をやっているんだろう?
私はいったい何人の敵を斬り捨てたんだろう?
斬っても斬っても、次から次へと現れる敵。
ラーサの腕は、すでに鉛のように重かった。
竜の槍。
その重さのせいで、ラーサの手の力は確実に奪われていた。
もう限界だ。
槍を振る力さえ、もうほとんど残っていない。
残された力を温存するため、出来るだけコンパクトに槍を突きつける。
ひとりずつの相手に集中するラーサ。
でも、少し前に出過ぎてしまったようだった。
ラーサの斜め後ろから入り込んできた敵が、ゼノへと切りつけるのが目に入った。
「危ない、ゼノさん!」
反射的に叫ぶラーサ。
その声に反応したゼノ。
でも、少し遅かった。
敵の剣を完全にかわすことは出来なかった。
ゼノの腕から、赤い血がしたたり落ちた。
「ゼノさん!大丈夫、ゼノさん?」
思わず駆け寄るラーサ。
その後ろから、今度は新たな敵が、ラーサに斬りかかっていた。
ゼノが自分に斬りつけてきた敵を片づけ、さらにラーサの後ろ、新たに斬りかかってきた敵に向かう。
ゼノは剣で相手の攻撃をはじくと、次の一撃で相手を沈めていた。
再び背中合わせの2人。
お互いの息づかいが乱れているのが、2人には感じられた。
「ゼノさん!大丈夫?」
「これくらい、かすり傷ですよ。まだまだ甘いですな、ラーサさんは。ここは戦場。時にはパートナーがどこかで倒れていたとしても、顔色ひとつ変えずに、戦いを続行する。そんな判断も必要ですよ」
「やめてよ。あなたが倒れたら、私の背中は誰が守るのよ?言ったじゃない、命に代えても私を守るって。だったら、約束を果たしなさいよ。私に隠れてどこかで寝ていたら、承知しないからね」
「ラーサさんこそ、もう息があがってますよ。お疲れではないですか?その重い槍を振り回す力は、まだ残っていますかな?」
「なによ、これくらい。まだまだウォーミングアップじゃない。本番はこれからよ」
つい強がってしまうラーサ。
どうしてだろう?
心にも思っていない言葉が、口から飛び出してしまう。
本当はもう限界だ。
このまま倒れて、楽になってしまいたい・・・。
そんな本音が言えなかった。
どうして?
そもそも私は、どうしてこんな場面でがんばっているのだろう?
こんなガラにもない戦いなんかに、片足どころか、首までズッポリつっっこんでしまって、抜け出せなくなっているのだろう?
でも、ラーサは自分で、その理由を知っていた。
数ヶ月前。バロンの屋敷にとらわれたラーサ。
そのラーサを助けるために、レニーは私を迎えに来てくれた。
強がる私の前で、レニーはバロンとの勝ち目のない戦いに挑んだ。
まったくレニーには関係のない戦い。
すべて私のためだった。
レニーはただ私のためだけに、何度も何度もバロンに正面から向かっていって、返り討ちにあった。
何度倒れても、起きあがって戦い続けたレニー。
ラーサは今でも、そのときの光景をはっきり覚えている。
どうして?
どうして、私なんかのために、そんなにがんばれるの?
どうして、自分以外の誰かのために、そこまでがんばれるの?
今なら、ラーサにも少しだけ、その答えが分かる気がした。
人は誰かのためなら、多少の無理をしてでもがんばることが出来る。
いや、むしろ自分以外の誰かのためだからこそ、限界を超えてがんばれてしまうのだ。
そして、もうひとつ。
この絶望的な状況でも、ラーサには信じられるものがあったから。
それはレニーだ。
レニーは必ず助けに来てくれる。
レニーは絶対に、ピンチに陥ったラーサを救いに来てくれる。
そう信じていたから。
ラーサの目に、再び斜め後ろから忍び寄って、ゼノに切りかかる敵が目に入った。
ラーサはあわてて駆け寄ると、その敵を追い散らした。
またしても背中合わせのゼノとラーサ。
2人そろったその場所に、魔法の一斉攻撃が来た。
1・2・3・・・・・・7・8。
全部で8個の氷の魔法。
「ひとり4つ・・・」
つぶやくように言ったラーサ。
「承知いたしました」
うやうやしく答えるゼノ。
ラーサは左から4つ分の、そしてゼノは右から4つ分の氷の魔法を、それぞれ切り裂いていた。
2人の後方へと流れていく魔法の残骸。
「もしかしたら我々は、最強のコンビになれるかもしれませんな」
「もしかしたらじゃないわよ。すでに私たちは最強なのよ」
2人は再び目の前の敵へと斬り込んでいった。
すでに太陽が空高く上がっていた。
お昼時はもうとっくに過ぎていた。
ラーサには、竜の槍が本気で重く感じられた。
もう何時間こうして戦い続けているのだろう?
レニー・・・もう限界だよ。
レニー・・・助けて!
レニー・・・レニーってば!
心の中で叫んでいた。
「ラーサ!ラーサぁぁぁぁ・・・」
そのとき、聞き覚えのある声が、聞こえたような気がした。
「ラーサ!ラーサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
間違いなかった。レニーだ。
レニーの声に間違いない。
声のする方を見る。
遠くの方から、槍を持ったレニーがこちらへと走っているのが見えた。
「レニー!レニー!」
やっぱり私のピンチで迎えに来てくれるのは、いつでもレニーだ。
ラーサもレニーの方へと駆け寄ろうとした。
そこにスキが生まれたのかもしれない。
取り囲む盗賊たちが、一斉にラーサに斬りかかって来た。
ラーサは最後に残った力で、相手の剣を受け止めて、切り返した。
でも、それと同時にいくつもの魔法が、ラーサをまっすぐに狙って放たれていた。
前からは剣。
後ろから魔法。
どうする?どうしようもない。
ラーサは覚悟を決めた。
まとめて魔法を食らっても、多分死ぬことはないだろう。
あとはレニーがいる、ゼノもいる。
ラーサは歯を食いしばった。
すぐに後ろから魔法が直撃するはず・・・直撃するはず・・・直撃するはず?
ところが、いくら待っても魔法はやって来なかった。
どうして?
ラーサがおそるおそる後ろを振り返る。
そこにはゼノがいた。魔法の直撃を次々と体で受け止めて、倒れ込むゼノがいた。
「どうして?どうしてよ?」
「言ったでしょう。ラーサさんのことは、命に代えてもお守りいたしますからって」
「だからって、何も自分が身代わりになることないじゃない。やっと私もこれで楽になれると思ったのに・・・」
「いえいえ。私こそもう年寄りですからな。そろそろ限界でしたな」
「なにが年寄りよ。これだけ戦えたのなら、あと数十年は生きられるわよ」
「いえいえ、本当にこれが私の限界だったんですよ。私に出来ることは、せめてお姫様を守って身代わりになることぐらいですからな。ほら、レニーさんが迎えに来たようです。お姫様を守って戦う勇者の役目は、レニーさんにしか出来ないでしょうからな」
ゼノがゆっくりと倒れ込んだ。
「そう言えば、レニーさんとケインさんが2人そろうと、攻撃力も防御力も跳ね上がるんだとか。2人に絆があるのなら、きっとラーサさんにも出来ますよ」
ゼノはそれだけ言ってから、目を閉じた。
「ゼノさん!ゼノさん!」
ゼノからの応答はない。
ラーサはとっさにゼノを支えて、そのままゼノをかつごうとした。
そのスキを逃すまいと、敵が四方から、ラーサへと斬りかかってくる。
そのときだった。
ラーサの目の前に、巨大な炎の壁が現れた。
「炎壁」
レニーだった。
レニーはなおもこちらに向かって走りながら叫んだ。
「ラーサ!ここはいったん俺にまかせて!ゼノさんを後ろの櫓へと運んでくれ!」
ラーサはゼノをかついで、竜へと乗ると飛び上がった。
後ろの櫓まで、一気に飛んでいくラーサ。
一方のレニーは槍を持って、敵へと斬り込んでいった。