第96話 背中合わせの2人(1)
タナシスの町、山頂付近の屋敷にて。
あたりに鐘が鳴り響いていた。
盗賊の襲来を知らせる鐘の音。
そのとき、屋敷では1組の男女が、あたふたしていた。
この屋敷の住人ゼノ、それにラーサの2人だ。
「ロミー、ロミー殿・・・」
ゼノが叫びながら、屋敷を探し回る。
でも、いくら待っても、返事はなかった。
一方のラーサ。
「セシル!セシルってば・・・。もう、どこに行ったのよ?」
屋敷にはレニーは当然だが、ロミーもセシルもいなかったのだ。
「大変です、ラーサさん。ロミーがどこにもいません」
「ロミーさんどころか、セシルまでいないわよ!」
「ということは・・・。今、この屋敷にいるのは、我々2人だけでしょうか?」
「そのようね。もうどうにでもなれって感じね。2人で行くしかないわね」
あきらめたように、答えるラーサ。
ラーサは、隣でうたた寝していた竜をたたき起こした。
「しかし、我々2人で大丈夫でしょうか?」
まだあきらめきれず、ロミーやセシルを探し回るゼノ。
やがてあきらめたように、ゼノも剣を携えて戻ってきた。
「仕方ありませんな。2人で撃退するしか道はないでしょうな」
「そうね。か弱いレディとしては、とっても引き受けたくない任務だけど。でも、魔法石の鉱山を渡すわけにはいかないんでしょう?」
「そうですな。ラーサさんが一緒に戦ってくださるのなら、心強い」
覚悟を決めた2人。
2人はすぐに山頂の近くの平原へと急いだ。
すでに盗賊は、あたりをすっかり埋め尽くしていた。
いや、盗賊ではない。
剣や槍を持った部隊。その後ろにズラッと並ぶ、魔法使いたち。
すでに彼らは、顔を隠すことすらしていなかった。
明らかに軍隊だ。
とうとう彼らは正体を隠すことすらやめたらしい。
ギラギラした瞳で、ゼノとラーサを見ていた。
山の麓まで、延々と続く軍隊。
その迫力と勢いに押されて、ゼノとラーサは背中合わせに立ち尽くす。
2人は、それぞれに剣と槍を構えた。
早速、相手は2人をぐるっと幾重にも取り囲んでしまった。
「この前にも増して、ものすごい数の敵。あふれんばかりの殺気ですな」
ゼノが背中越しに、ラーサに声をかける。
「ええ・・・敵もようやく本気を出してきた、ということかしらね」
ラーサは緑の布を取り出すと、顔を覆った。
「ラーサさん、その布はなんですかな?何のために、顔を覆ったんですか?」
「まあ、おまじないみたいなものよね。出来ればここからは、私のことは『グリーン仮面』と呼んでくださるとうれしいんだけれど」
「グリーン仮面?それはなんですかな?」
「まあいいわ。とにかく、完全に取り囲まれて、四方八方すべて敵。少しでも離れたら、取り囲まれて殺られるからね」
「承知しております。でも、こちらがやらねばならないことは、かえって簡単になりましたな。どうせ目の前には、敵しかいないんですから。目の前のものは、すべて切り捨てる。たとえそれが敵であっても、魔法であっても・・・」
そう言って、ゼノは少し不適な笑みを見せた。
それを聞いて、ラーサは少しだけ安心した。
ゼノは魔法すら、叩ききってみせると自信を見せたから。
きっと練習したのだろう。
魔法耐性のないゼノが、どうやって練習したのかは分からない。
でも、今のゼノは自信を持っているように見えた。
そしてラーサも決意していた。
目の前の敵は、ひとりたりとも、自分の後ろには行かせるわけにはいかない。
だって、こちらには2人だけしかいないのだから。
自分が目の前の敵を逃せば、それはパートナーの背中が危険になることを意味する。
「いいわよ。目の前の敵は確実に、全員叩ききってあげるから。敵はもちろん、魔法だって叩ききってあげるわよ。いいわね、最後までレディーを守ることが、紳士の役割なんだからね。しっかり私の背中を守りなさいよ」
「承知しております。これまでの数々の戦歴の中でも、このゼノの最高の戦いとなることでしょう。この命に代えましても、ラーサ様は私がお守り致しますから」
ゼノが前へと動いた。
それが合図だった。
ラーサも竜に乗って、前方へと槍とともに突き進んでいた。
敵の懐に入って、剣で切りつけるゼノ。
竜とともに、敵の集団へと突っ込んで、槍を振り回すラーサ。
ラーサの元へと魔法が飛んできた。
炎の魔法が2つ。
「てやっ!」
ラーサはかけ声とともに、その魔法を2つとも、まっぷたつに切り裂いた。
その直後、後ろから、同じくまっぷたつに切り裂かれた炎の魔法が、ラーサの両脇を抜けて、前へと飛んでいった。
ゼノが魔法を切り裂いたのだ。
ラーサがゼノの方を少しだけ振り返ると、ゼノはラーサに笑顔を見せて、親指を立てて見せた。
やるじゃん、おじさん・・・。
まあ、彼も歴戦の勇者だからね。これぐらいはやってもらわないと困る。
ラーサはもう一度、槍を振って、あたりの敵を倒してから一度後退した。
ゼノも最初の場所へと戻っていた。
背中合わせの2人。目の前のものは、すべて切り捨てる。
これを繰り返すだけだ。
2人の体力の続く限り・・・。
敵は後から後から、溢れてきた。
でも、2人は躊躇することはなかった。
怖いとも感じなかった。
2人は再び目の前の敵へと突っ込んでいった。