第94話 君の才能と僕の努力(2)
幻ではなかった。
本物だ。
ジュリアの目の前、たしかにロミーはそこにいた。
「迎えにきましたよ、ジュリアさん。あいにく白いドラゴンは用意できなかったんですが、オオカミの心と、姫を守る勇気だけは、ありったけ持って、お姫様をさらいに来ました。文句は言わせません。僕が一生ジュリアさんを守ります。自分でそう決めたんです」
ロミーはもう一度言った。
自信にあふれた口調だった。
バカだ・・・。
バカだ、バカだ、バカだ、バカだ・・・。
こんなところまで、私なんかを迎えに来てくれる男がいた。
それも私が裏切りを告白して、拒絶までしたというのに、それでもなお、私のことを迎えに来てくれる男がいた。
本当にうれしかった。
ロミーがここに来てくれただけで、ジュリアはもう十二分に幸せだった。
でも、それを口にするわけにはいかなかった。
だって、これ以上ロミーを巻き込みたくない。
これ以上、ロミーとこの町を巻き込むわけにはいかない。
今となっては、それだけがジュリアの唯一の誇りだったから。
だから、ジュリアは精一杯強がった。
「なにしに来たのよ。もう私はあなたなんかに興味はないの。もうあなたに利用価値なんてないのよ。帰りなさい。とっとと帰りなさい」
でも、ロミーはひるまなかった。
ジュリアの手を取ったままで、はっきりと答えた。
「いや、帰らない。ジュリアさんと一緒でなければ、僕はどこにも行けないから・・・」
それから一呼吸おいて、ロミーは続けた。
「初めて町でデートしたあの日、ジュリアさんは僕に言ってくれた。『ロミーがこの町を守ってきた。だから、みんな安心してこの町で暮らしている』。僕にはずっと自信がなかった。自分が役に立っているなんてこと、考えたこともなかった。でも、ジュリアさんのおかげで、自信が持てたんだ。そういえば『ロミーには才能があるの。だから・・・もっと自信を持ちなさい。自分の力を信じなさい』。そう言ってくれたのもジュリアさんだったね」
「ジュリアさんのおかげで、僕は少しだけ、自分が誇れるようになった。前向きに生きていけるようになった。全部ジュリアさんのおかげだ。ジュリアさんのおかげで、僕は自分の未来が信じられるようになったんだ」
「でも、そのときにジュリアさんがつぶやいた言葉。『私には何もなかった。才能なんて呼べるものは、ひとつも持っていなかった』。違う!絶対に違う!だって、ジュリアさんには絶対的な才能があるから。人の気持ちを分かって、人に勇気を与える、希望を与える、信念を与える。そんな才能がジュリアさんにはあるんだよ」
「僕はジュリアさんに勇気をもらった。希望をもらった。信念をもらったんだから。ジュリアさんはいつでも僕を勇気づけてくれた。励ましてくれた。だから僕には言える。ジュリアさんには才能がある。人の気持ちを考えて、人を幸せにする才能があるんだ」
まっすぐにジュリアの方を見て、熱く語るロミー。
その済んだ瞳が、ジュリアにはまぶしかった。
ロミーは私のおかげだと言ってくれた。
ロミーは私には才能がある。
人を幸せにする才能がある。
そう言ってくれた。
それだけでジュリアにはもう十分だった。
だって、誰かが認めてくれる。
誰かが信じてくれる。
そんな経験はジュリアにはなかったから。
私なんかに「価値」を見いだしてくれた人。
それはロミーが初めてだった。
ロミーは少し間をおいてから、照れたように笑って続けた。
「本当は、ちゃんとこの格好のままで、白いドラゴンに乗って、ジュリアさんを迎えにくるつもりだったんだ。でも、竜に白いペンキを塗ろうとしたら、抵抗されてこのとおり・・・」
ロミーは竜に引っかかれたらしい頬の傷を見せた。
それでジュリアには、ロミーのタキシード姿の理由がようやく分かった。
「赤ずきんちゃんの絵本」、レオネシアの女の子誰もがあこがれるというベストセラー。
赤ずきんちゃんは、タキシードを着て、白いドラゴンに乗ったオオカミさんに迎えに来てもらうのだ。
そして、オオカミさんのキスで、赤ずきんちゃんはお姫様へと変身する。
ジュリアも、もちろんお話は知っていた。
でも、どこか遠い世界のお話だと思っていた。
ジュリアとはまるで関係のない世界での、ただの都合のいい、おとぎ話だと思っていた。
「僕には人の気持ちが分からない。ジュリアさんの気持ちも、全然分からない。だから残念ながら、僕には、人を幸せに出来る才能は、まったくない」
ロミーが話し続ける。
「でも・・・でも、ジュリアさんを幸せにするための努力なら、僕にはどんなことだって出来る。時々間違えて、意味の分からないことをするかもしれない。ジュリアさんの気持ちが分からなくて、ただただオロオロすることもたくさんあると思う。でも・・・それでも、僕はジュリアさんを幸せにするために、努力し続ける。ジュリアさんを幸せにするためなら、僕にはどんな努力だって出来るから」
「だから、ジュリアさんがいなければダメなんだ。だって、僕に初めて『未来』なんてものがあると気づかせてくれたのは、ジュリアさんだから。ジュリアさんのおかげで、僕は今の僕になれたんだから。僕はジュリアさんについて行く。どこまでも一緒にいて、生涯守り続ける」
そこまで話すと、ロミーはゆっくりとジュリアに近付いた。
ジュリアに、ロミーの顔が迫る。
突然のキス。
目をつむるヒマさえなかった。
「これでジュリアさんは、たった今、お姫様に変身した。過去に何があったか、過去に何者であったかなんて、僕は知らない。もう関係ない。だって、ジュリアさんはこの瞬間に、僕だけのジュリア姫に変わったんだから」
照れたような表情。
それでも目をまっすぐに見て話すロミーがそこにいた。
ムチャクチャだ。
オオカミさんのキスで、私がお姫様に変身する?
過去すらきれいに消え去る?
現実はそんな都合よく流れない。都合よすぎる。
でも…。
それでもジュリアはうれしかった。
ロミーの気持ちがうれしすぎて、涙が止まらなかった。
ジュリアは少し上を向いた。
流れすぎた涙が、ポタポタと落ち続けていて、みっともないと思ったから。
それから少し横を向いたまま言った。
「だったら、ついてくればいいわよ。勝手に着いてきて、私のことをどこまでも守ればいいわ」
なんてかわいくない言い方しかできないんだろう。自分でも思った。
それでも、場違いなタキシード姿のままで、ジュリアを追いかけるロミー。
そんなロミーを横目で見ながら、ジュリアは顔を伏せたままで、小さく「ありがとう」とつぶやいた。