第86話 ああロミー。どうしてあなたはロミーなの…(2)
ロミーは2階の部屋にいた。
今日はレニーは屋敷にいない。
少し遠くまで買い物に出かけていた。
だから、屋敷にいるのはロミーにゼノ、それにセシル、ラーサ、竜だけだ。
ロミーは部屋でただひとりたたずんでいた。
バルコニーへと続く、大きな窓から黙って外を眺めていた。
そのときひとりの女が、屋敷へと近づいてくるのが見えた。
ロミーもよく知っている女。
ロミーが誰よりも会いたかった女。
間違いない。
それはジュリアだった。
「ああロミー。どうしてあなたはロミーなの?」
月明かりに照らされた、ジュリアの横顔は美しかった。
黙って、もっと聞いていようか?
それとも声をかけるべきか?
ロミーは迷っていた。
ジュリアはさらに続ける。
「ああロミー、どうしてあなたはロミーなの?私にとって敵なのは、あなたのその名前だけ。その名前さえなければ、私にとってあなたはすべてだったのに・・・。もしも許されるのなら・・・あなたがその名前を捨て去ることが許されるのなら、私もすべてを捨てて、あなたにこの身のすべてを捧げたでしょうに」
もうロミーは黙っていられなかった。
窓を開けて、バルコニーへと飛び出した。
「ジュリア!待って、ジュリア!」
でも、ジュリアはロミーに背を向けて、逃げ出した。
「ジュリア!待ってくれ、ジュリア!君の言うとおりにするから。なんでも、君の言うとおりにするから。だから・・・だから、たった一言、僕を好きだと言ってくれ!そうすれば、僕はロミーの名も、生まれた町も、何もかも捨て去って、新しく生まれ変わった人間になれるから」
精一杯の気持ちを叫んだ。
ジュリアの足取りが止まった。
僕の気持ちは通じたのだろうか?
ロミーには、まだまだ、伝えたいことがたくさんあった。
すぐにジュリアのもとへと飛んでいって、いつまででも話をしたいと思った。
でも、なぜだかジュリアは不気味に笑っていた。
なぜだか不気味に笑って、こう答えた。
「好き?バカじゃないの?私は諜報員。あなたをだまして、この町を手に入れようとした、ただの諜報員なんだから。まったく、すぐ本気になっちゃって!私があなたのことを、本気で相手にするわけなんてないじゃない」
どうして?
どうしてそんなことを言うんだ?
ロミーは混乱していた。
でも、ロミーは気づいた。
ジュリアの瞳が潤んでいることに。
その頬に涙が流れていることに。
「あーあ、あなたをたぶらかして、今頃この町の魔法石は、すべて私たちのものになっているはずだったのに。あなたが全然役に立たないから、私まで怒られちゃったわよ。本当に使えないわね。もういいわ。あなたにはこれからもずっと、この小さな町に閉じこもって、ひとりで戦っているのがお似合いよ」
手にしていた剣を放り投げるジュリア。
すでに涙声になっていた。
ロミーには、ジュリアが無理をしているように見えた。
「もう会うこともないだろうから、餞別代わりに、これは置いていってあげるわよ。言っておくけれど、私を追いかけても無駄だからね。私の決心は固いの。それに、私のバックには虚無のシーラという、レオネシアで一番有名な諜報員がついているんだから」
ジュリアが走り去ろうとする。
「待って!ジュリアさん、待って!」
ロミーはあわてて屋敷の中へと戻り、階段を駆け下りた。
玄関を開けて、すごいスピードで、ジュリアが今いた場所へと走り寄るロミー。
でも、もうジュリアの姿はどこにもなかった。
その場には、大きな魔法石のついた剣が残されていた。
初めて町へ出て、ジュリアと一緒に行った冒険ショップ。そこでロミーが眺めていた一番高価な剣だった。
「ジュリアさん・・・」
ロミーはもう一度あたりを見回すが、もちろん誰もいなかった。
再び屋敷へと戻っていくロミー。
「ロミーさん!ロミーさん!セシル、すごいものを手に入れたんですよ。なんだと思いますか?」
「・・・・・・」
何も答えないロミー。
でも、セシルはかまわずに話し続ける。
「じゃーん!ほら、これ。レオネシア英雄カードのウルトラレアカードです。セシル、全部でたった9種類しかないウルトラレアカードを引いたんですよ」
キラキラ光るカードを、ロミーに見せびらかすセシル。
でも、今のロミーにはどうでもいいことに思えた。
「しかも『虚無のシーラ』。このカード、貴重なんですよ。なかなか出ないんですからね」
「虚無のシーラ」その言葉に、ロミーが食いついた。
「『虚無のシーラ』。その人、強いんですか?」
「うーん。正直、謎が多くてよく分からない人物なんですよね。諜報員という属性のせいもあるんですが。でも、攻撃力から魔法までパラメータはまんべんなく高い。強いことは間違いないでしょうね。それに『雲散霧消』という特殊能力。たとえ目の前にいても、自分の気配を、その存在すら完全に消してしまうらしいですよ」
こともなげに答えるセシル。
要するに、正体不明だが、強くて、不気味な存在であることは、確かなようだ。
ジュリアは自分のバックに「虚無のシーラ」がいると言っていた・・・。
なぜそんなことを、ロミーに教えたのか?
でも、あのときのジュリアは悲しそうに見えた。
無理に強がってはいたが、ロミーには悲しそうにしか見えなかったのだ。
ロミーは天井を見つめて、しばらく考え込んでいた。
やがて、そこにいたセシルに聞いた。
「セシルさん。女の子にとって、一番うれしいことってなんですか?」
「そんなの、決まっているじゃないですか。女の子にとって、一番うれしいことは、白いドラゴンにのった私だけのオオカミさんが、タキシード姿で迎えにくることです。女の子は誰だって、自分を迎えに来てくれるオオカミさんを待っているんですよ」
胸を張って即答したセシル。
ロミーはまた天井を見上げて、長い間考え込んでいた。