第83話 竜騎士ケインが遺したもの
朝の屋敷の庭にて。
ゼノはいつものように、剣の素振りに精を出していた。
入念に型をチェックしながら、一心不乱に剣を振り下ろしている。
そこへラーサがゆっくりと歩いていった。
ラーサは竜の槍を抱えていた。
「これは、ラーサさん。槍を手にして、私の前に現れたということは・・・。ようやく私との実戦練習のお相手をしてくださる気になったのですな。これはありがたい。それでは、早速いきますぞ」
喜び勇んで、剣を構え、ラーサに切りかかるゼノ。
「ちょっと、ちょっと!違うわよ。止めてよ!きゃー、助けて!」
ラーサは槍にて、ゼノの剣を受け流しながらも、あわてて逃げ出す!
「私はか弱い女の子なんだから、実戦練習なんてしないわよ。この重い槍を抱えているだけでも、大変なんだから」
「でも、惜しいですなあ。ラーサさんなら、ちゃんと毎日練習すれば、レオネシア屈指の竜騎士に慣れるでしょうに」
「だから、私は女の子だから、そんなものにならなくていいの。ちゃんとかわいいお姫様になって、レニーに迎えに来てもらう役割なの」
ラーサは少し怒って、ゼノに答えた。
「それなら、わざわざ槍を持って、私のところに来てくださったのは、どうしてですかな?なにか私に用があったんでしょう?」
「ええ・・・まあ、別に大した用ではないんだけれども。少し伝えたいことがあって・・・」
「伝えたいこと?なんでしょうか?」
「私の兄の竜騎士ケイン。知ってますよね?」
「当たり前です。あの『アスカルトの戦い』にて、たったひとりで、ダーラ帝国の1000を越える軍隊を殲滅した伝説の竜騎士。知らないはずがない」
「その話です。兄のケインは軍隊を相手にして、ひとりで戦っても、負けなかった。当然、相手には魔法使いの部隊もいたはずなのに。兄は普通の竜騎士。特に魔法防御が強いわけでもなかった。それなのに、魔法使いを相手にしても、なぜひとりで戦えたのでしょう?」
「確かに・・・。竜騎士ケインは攻撃力こそ、べらぼうに高い。でも、魔法に関するパラメータは、全体的に低かった。まあ、竜騎士だから当然のことですが。それならアスカルトの戦いでは、どうやって戦ったんでしょうか?」
「それをちょっとお見せしようと思って、槍を持ってきたのよ。まあ、本当に見せられるかどうかは、自信がないんだけれども」
それからラーサは、いったん屋敷へと入っていった。
すぐに戻ってきたラーサ。
彼女はロミーを連れていた。
「本当ですか?本当にいいんですか?」
ロミーは、何度もラーサに念を押している。
「いいから。本当にかまわないから、思い切ってやってちょうだい」
ロミーから5メートルほど離れた前方。
そこでラーサは槍を構えた。
「いいんですね。本当の本当に、かまわないんですよね」
まだロミーは躊躇しているようだ。
「いいから、始めなさい!」
ラーサは真剣な表情で、槍を構えて答えた。
「ええー!えーい、それじゃあ、いきますからね。光爆」
ロミーが魔法を唱えた。
突如として、ものすごい爆発が起こった。
光が膨れ上がり、ラーサをその場に巻き込んで、吹き飛ばす。
ラーサは高々と吹き飛ばされ、地面へとドサッと落ちてきた。
「わあっ!ラーサさん、ラーサさん!大丈夫ですか?」
しばらく地面に倒れたままのラーサ。
やがてラーサは立ち上がって、ロミーに言った。
「ちょっと!爆発系の魔法なんて、一番威力が強くて、大きな魔法じゃないの。もっと簡単な魔法でいいのよ。弾を撃つ魔法かなにかでいいのよ」
「そんなことを言っても・・・。僕に使える魔法は、これだけなんです。光爆しか知らないんですから」
「分かったわよ。仕方ないわね。それなら、それでいいわよ。もう一回、いくからね」
ラーサが再び槍を構える。
「本当に大丈夫ですか?」
「いいから、やりなさい!」
心配するロミーに、ほとんど命令するように言い放つラーサ。
「分かりましたよ。それじゃあ、いきますよ。光爆」
ラーサは目の前の魔法に、光の爆発に集中していた。
白い光が広がってゆく。
それに合わせて、ラーサは一心に槍を振り上げた。
槍が空を切り裂く。
その直後に大爆発が起こった。
ラーサはまたしても、爆発に飲み込まれて、吹き飛ばされた。
しばらく地面にて動けないラーサ。
それでもラーサは立ち上がると、再び槍を構えた。
「もう一回!」
ラーサが真剣な表情でロミーに言う。
なにか言おうとしたロミーも、ラーサの剣幕に押されて、もはや何も言えない。
「分かりましたよ。いきますよ。光爆」
光の爆発に合わせて、再びラーサが槍を振るう。
今度はタイミングぴったりに見えた。
光の爆発に合わせて、ラーサの槍が振り上げられる。
でも、結果は同じだった。
爆発に飲み込まれたラーサは、やはり地面へと叩きつけられる。
「ラーサさん!大丈夫ですか?何をやろうとしているのかは分かりませんが、もう止めませんか?ラーサさん、もうボロボロですよ」
「いいの。いいから、もう一回。あなたは同じように、魔法を撃ってくれればいいの」
少し怒ったような口調のラーサ。
ラーサは再び槍を構える。
そんなラーサを見ていて、ゼノも思わず口を出しそうになった。
でも、ラーサの真剣な表情に押されて、何も言えなかった。
ラーサは、なにかを見せようとしている。
それも、ゼノに伝えるために、なにかをやろうとしている。
それも限りなく本気だった。
ゼノはその場に座り直した。
ラーサがこれからやろうとしていること。
それを見逃さないために、目の前のラーサに集中した。
「違う・・・もっと心で景色を見ること。斬る瞬間だけは、もっと心で魔法を感じること・・・」
ラーサは小さくなにかをブツブツとつぶやいていた。
「ラーサさん、いいですか?それとももう止めませんか?」
「しつこいわよ。いいからやりなさい」
「分かりましたよ。それじゃあ、いきますよ。光爆」
再び爆発が起こった。
ラーサはそれを真正面から受け止めながら、槍を振り切った。
光が膨れ上がってゆく。
でも、その光はラーサの目の前で、まっぷたつに斬られていた。
爆発はラーサの右と左。
二手に分かれて進んでいく。
その爆発は、まるでラーサを避けるかのように、まっぷたつに斬られながら、広がっていったのだった。
「やっと・・・成功した・・・」
座り込むラーサ。
ゼノは横から、黙ってその光景を見ていた。
ありえない。ラーサは魔法を槍で二つにぶった斬ったのだ。
それも破壊力の大きな光の爆発系魔法を、槍でまっぷたつにしてしまったのだ。
自分にはダメージひとつ負うこともなく・・・。
長らく戦場にいたゼノですら、見たことのない技。
でも、それなら納得がいく。
翠玉のケインが、ほとんどたったひとりでダーラの軍隊を殲滅できた理由。
「まさか、魔法を槍で斬ることが出来るとは。これがあの英雄、ケインさんの奥の手だったということですね」
「そう・・・兄も散々、魔法に吹き飛ばされて、ようやく出来るようになったって言ってました」
「ラーサさんは、それをお兄さんから伝授された」
「いいえ、私は見てただけ。自分でやったのは、今日が初めてよ」
「へっ?」
目を丸くするゼノ。
「コツは心で魔法を見て、感じること。特に斬る瞬間は、目よりも心で景色を、魔法を感じることよ。それが兄の教えてくれたこと」
ラーサはまだ少しフラフラしながらも、そのまま屋敷へと戻っていった。
「あっ!これをやるためには、魔法石のついた武器が必要になるからね。兄の『竜の槍』には魔法石が埋め込まれているの。剣だったら、セシルの剣を使うといいと思うわ」
去り際に、ラーサはゼノに言い残した。
「ラーサさん、かたじけない・・・」
ゼノは屋敷へと消えていったラーサの方に向かって、小さく頭を下げた。
ゼノにはラーサの心遣いが身にしみた。
昨日「軍隊を相手にして、我々がどうやって、町を守ればいいんですか?」と弱気になって、レニーに絡んだゼノ。
その姿を見て、ラーサはわざわざゼノに教えてくれたのだ。
「魔法を斬る」という大技。
それも、自分では一回もやったことのない大技をゼノの前で見せてくれた。
ラーサさんに出来て、ゼノに出来ないはずがない。
いや、どうあっても出来るようにならなければならない。たとえこの身に代えても・・・。
ゼノはもう一度、ラーサがいるはずの屋敷の方へと、深々と頭を下げたのだった。