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第8話 こんな色っぽい美女が俺に抱きついてくるなんてことがあるはずがないっ!

 それからしばらくの後。

 レニーは逃げるように、部屋を飛び出した。

 外は今日もいいお天気で、自分から体を動かしたくなるような陽気だった。


 レニーは宿先の庭で、槍の素振りなど始める。

 レニーは、レシチアには強いやつを探すためにやってきたのだ。


 でも、昨日の様子ではとてもそんな男を探せるとは思えなかった。

 町で見かけるのはお年寄りや子供ばかり。若くて強そうな男など一人も見かけない。


 どうやら、この町はバロンという男が支配しているようだ。

 バロンが町の若い男をすべて集めて働かせている。


 レニーは、昨日の町のお年寄りたちを思い出した。

 やせ細って、立っているのがやっとという感じだった。

 食料も満足に手に入れられないのだろう。

 おそらくこの村の小麦はすべてバロンが牛耳っているのだ。


 さて、どうしようか?

 レニーがそんなことを考えている時だった。


 一人の若い女が、はるか彼方から走って来るのが見えた。

 さらさらした黒い髪。美しい顔立ち。

 大人っぽさを備えたその女は、セシルとは正反対の雰囲気だった。


 女はまっすぐにレニーのほうにやってきた。

 やがて、レニーのところにたどり着くと、いきなり「あなた」と言って、レニーに抱きついた。


 振り乱した髪が大人っぽくて、レニーはドキドキする。

 え?誰だっけ?まるで記憶にないけど…。


 戸惑って目を白黒させているレニーに、彼女は色っぽい微笑を浮かべて、耳元でささやいた。


「お願い。私の恋人のフリをして。悪いやつに追われているの」


 レニーが肩越しにのぞくと、二人の男が、ちょうど女のあとを追いかけるかのようにやってくるところだった。


「会いたかったわ」


 女はレニーに言って、もう一度しっかりと抱きついた。

 演技にしてはやりすぎだと思ったが、レニーも悪い気はしない。


 女を追いかけてきた二人の男は、ぜいぜいいいながら、こちらへやって来た。


「やあ、あねさん。何も言わずに逃げ出すなんて、それはないですぜ。逃げ切れると思ってるんですかい?」


 話し方からして、ガラの悪い男たちだった。


 女はレニーから少し離れると、うるうるした瞳を作って、男たちに言う。


「ごめんなさい。こうするしかなかったの。いいえ、あの人のことが嫌いになったわけじゃない。ただ、この人と出会ってしまっただけ。今までありがとうって伝えておいて…」

「俺たちだって、子供の使いじゃないんだ。ひきずってでも、戻ってもらいますよ」


 女が少し身を引いて、レニーをつかんでいる腕に力を入れた。

 レニーも、黙って突っ立っているわけにはいかなくなった。

 一歩前に出て、二人に言う。


「嫌がっている女を、無理やり連れて行くのは、感心しないな」

「ほう。俺たちに逆らって、無事でいられると思っているのか?俺たちはバロン様の所のものだぜ」


 「バロン」の名がでて、女がレニーを持つ腕に、さらに力が入るのが分かった。

 レニーは槍を構えると、答えた。


「だからどうした?どうしても取り戻したいのなら、力ずくで奪い返すんだな」


 二人は驚いたように、しばらく顔を見合わせていた。


「お前、正気か?この町でバロン様にさからっていいと思っているのか?」


 バロン…またどこかで聞いたような記憶がよみがえる。

 でも、レニーには思い出せない。

 ええい、ここまできたらもうどうにでもなれだ。


「女には指一本触れさせない。来るなら来い」


 ナイフを構えて、二人が飛び込んできた。だが、それほど強くはなかった。

 レニーは一瞬でナイフを弾き飛ばすと、二人に槍をつきつけて言う。


「男は逃げる女を追いかけるもんじゃない。そう言っておけ」


 二人はすぐに背を向けて逃げ出した。


「覚えていろ!このことはバロン様にも伝えておくからな。生きていられるとは思わないことだ」


 逃げる途中の二人の捨てゼリフが、レニーの心に残った。

 バロン…そんなにすごいやつなのか?


 目の前に女のうるんだ瞳があった。今度は演技じゃない…気がする。


「かっこいい!」


 ラーサはレニーの手を握って、続ける。


「ひとつだけ聞きたいんだけど…。その槍、あなたのもの?」


「ああ。これは親友の形見なんだ。『竜の槍』。最強の竜騎士の使っていた槍なんだぜ」

「素敵!ラーサ、一生ついていく!もうどんなことがあっても離さないから」


 ラーサというその女は、体全体でレニーに抱きついた。


「それはそれでうれしい気もするんだけど…。あ、ごめん。ちょっと離れて」


 レニーは急におびえたように、ラーサを引き離そうとする。


「いやだ。もう離れない。一生あなたに守ってもらうんだから」

「いや、違うんだって。とにかく離れてくれ」


 レニーの言葉が、ほとんど絶叫に近くなる。

 レニーの視線は、ちょうど宿から出てきたセシルに釘付けだった。

 セシルが起きだして、誰もいないのに気づいて、外に出てきたのだろう。

 セシルにこんな場面を見られたら、やばいことが起こりそうな気がする。

 でも、ラーサを引き離そうとすればするほど、ラーサはレニーにきつく抱きついてくるのだった。


 宿を出て、はじめ空を見ていたセシルは、すぐにレニーとラーサに気がついた。

 とまっどった表情。

 やがて、一瞬で目を吊り上げると、セシルは剣を抜いてまっすぐに切り込んできた。


「ああ!昨夜は私のベッドまで襲いに来ておいて、今日はもうこんなおばさんと浮気してるなんて…。許せない!絶対許せない!」


 セシルの剣は、まっすぐに首筋にとんできた。レニーは一瞬の差でかわす。


「おい、待て。そんな本気で切りかかったら、死んじゃうだろっ!落ち着け。話せば分かる」


 一方、「おばさん」と言われたラーサも目を吊り上げていた。


「このお子ちゃまは誰?私たちは大人のお話をしているの。お子ちゃまは入ってこないで」

「なによー?レニー!レニーはこんなおばさんのどこがいいの?」

「そっちこそ。ロリコン趣味なんて最悪なんだから」

「うるさーい!殺してやる。殺して、私も心中してやる」

「待てってば。なんで俺がセシルと心中しなきゃいけないんだよ」

「あー!レニーもやっぱりこのおばさんと心中するほうがいいのね。分かったわ。あと腐れないように、二人ともスパッと殺してあげる」


 ぶっそうな言葉とともに、セシルの剣が再びレニーをかすめた。


「あぶないっ!セシル、やめろ。本当に死ぬ」

「動くと余計あぶないわよっ!変な後遺症の残らないように、一息で殺してあげる。動くと余計に苦しむわよ」

「冗談じゃないぞ」


 レニーはラーサの手をとって、全力で逃げ出した。


「ああー!やっぱりそのおばさんのほうがいいのね。ひどーい!」


 涙を流しながらも、一心に追いかけてくるセシル。

 こうしてレニーの一日は、朝の強制ランニングからとっても健康的にはじまったのだった。


読んでいただいてありがとうございます。


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