第78話 大切な人に信頼されないのって、悲しいことなんだからね…(4)
山頂の宿「カプレア」にて。
あたりに鐘が鳴り響いたときから、ラーサはいやな予感がしていた。
ロミーがいない間を狙った、盗賊の襲撃。
前と同じように盗賊退治へと向かうレニー、ゼノ、セシル。
だが、やはり前と同じようにはいかなかった。
盗賊たちは、いきなり魔法を使ったのだ。
いきなりの炎の魔法にて、その場に倒れるゼノ。
その光景を遠くから竜に乗って、見ていたラーサ。
ラーサは小さく「やっぱり・・・」とつぶやいた。
ラーサには、こうなる予感があった。
いや、確信があった。
このまま平和に終わるはずがない。
だって、あのジュリアが絡んでいるお話なのだから。
「死神のジュリア」と呼ばれたあの女が、すぐそばにいるのだから・・・。
倒れたゼノを抱えたまま、なおも盗賊と戦い続けようとするレニー。
レニーはやはり苦戦していた。
絶望的な状況、そう見えた。
ラーサは、遠くからそんなレニーを見ていた。
助けに行こう・・・助けに行くべき、何度もそう思った。
でも・・・。
ラーサはまだためらっていた。
「女の子は控えめで、かわいらしく、おしゃれやお化粧をがんばって、オオカミさんに迎えに来てもらうものなんだからね」
何度も読んだ、あかずきんちゃんの絵本。
理想の女の子。
ラーサはレニーの前では・・・レニーの前だけでは、かわいらしい女の子でいたかった。
かわいらしい女の子であり続けたかった。
だから・・・。
勇敢に槍を振り回して戦う自分の姿など、レニーに見せたくはなかった。
本当は知っていた。
自分の槍の実力。
ずっと間近で見てきた兄ケインの槍。
それはラーサから見ていても、すごかった。
兄は昔、こう言った。
「レニーは剣や槍で戦えば、そんなに強くない。でも、魔法ならすごいんだ。特に炎の魔法を使ったら、すごいんだぜ。それに、どんなに劣勢でも、あきらめない。最後まで、冷静に戦略を立てて、逆転を起こしてしまう・・・」
だから、レニーの槍を見たラーサには分かっていた。
レニーの槍はそれほど強くはない。
兄の方がずっとすごかった。
そして、分かっていた。
ずっと兄、ケインの槍を見てきた自分の力を。
兄に近いレベルで槍を扱える自分の方が、おそらくレニーよりもずっと強い・・・。
そんなことはレニーには言えない。
決して口にしてはいけない。
もちろん、そんなことは分かっている。
でも・・・。
目の前でレニーは、ピンチを迎えていた。
本当の絶体絶命だった。
気を失ったゼノを抱えて、なすすべのなくなったレニー。
見殺しにするわけには、いかなかった。
だから、ラーサは竜とともに、レニーに向かって飛び立った。
本当は、女の子が戦場になんか行きたくはなかった。
だから、せめてもの抵抗として、緑のハンカチで顔を覆った。
グリーン仮面。
それは女の子として、レニーにはかわいらしい姿しか見せたくないラーサの、ささやかな抵抗だった。
そしてラーサはゼノを救い、レニーとともに、槍を持って戦場へと降り立ったのだった。
それなのに・・・。
レニーは槍をもったラーサに後ろを守らせた。
そして、自分から魔法とともに、敵の真ん中へとひとりで突っ込んでいった。
危険をひとりで背負って、敵の中へと乗り込んでいったのだ。
分かっている。
レニーは、ラーサを危険な目にあわせたくなかったのだ。
だから、後ろを守ってほしいと言ったのだ。
だけど、レニーは魔法使いだった。
魔法使いとしては超一流でも、接近戦、つまり槍や剣の戦いでは一流ではない。
接近戦では兄、ケインには、かなわない・・・。
盗賊から奪った剣で戦うレニー。
ラーサの思った通り、レニーはだんだん盗賊たちに押され始めた。
だから無理なのよ。
魔法使いが最前線で接近戦を挑む。
そんな戦い、あるはずがない。
ラーサは心の中で叫んでいた。
それでもレニーは決意を固めて、盗賊たちの魔法使い集団がいる、山の中腹へと特攻を試みた。
勇気ある特攻?
いいや、玉砕だ。
案の定、魔法使いと剣に囲まれて、絶体絶命に陥るレニー。
すでに近くの盗賊たちは、あらかた片づけてしまったラーサ。
ラーサは低空をありったけのスピードで飛んで、レニーを助けた。
レニーが自分を守ろうとしてくれていること。
それはよく分かっていた。
だから、レニーが自ら飛び込んで、自分でケリをつけようとしたことも、よく分かっていた。
それでも・・・いや、それだから、言わずにはいられなかった。
「大事にしてもらえたからって、うれしいわけじゃない。それ以上に、大切な人に信頼してもらえないのって、悲しいんだからね・・・」
ラーサは自ら飛び上がって、盗賊の魔法使い集団がいる方へと飛び立った。
相手の魔法がラーサに向かって飛んでくる。
避けるべきだろうか?
上へ?それとも右へ?
考えている間に、後ろから魔法の援護弾。
ラーサに向かってくるすべての魔法は打ち落とされていた。
レニーの魔法。
やっぱりレニーは魔法使いとしては一流だった。
ラーサは安心できた。
ラーサはそのまま急降下して、盗賊の魔法使い集団に襲いかかる。
激しい戦闘。
たくさんの盗賊に囲まれた。
でも、不思議と安心できた。
これぐらいの剣なら、防ぐのは難しくない。
兄の槍はもっと早かった。
もっと鋭かった。
やがて、相手の魔法使いが、再び魔法を唱え始めた。
目の前の盗賊の剣の相手で、手一杯のラーサ。
相手の魔法が迫る。
そのとき、声が聞こえた。
「ラーサ、離脱!上だ、上に逃げろ!」
その直後、ラーサがいた場所にて、大爆発が起こった。
レニーの魔法だった。
その爆風に少し巻き込まれながらも、ラーサは竜とともに、なんとか上へと飛び上がった。
爆発に巻き込まれた、たくさんの盗賊たち。
残りの盗賊たちも、そのまま逃げていった。
「ごめんな、ラーサ。最後は、どうしてもギリギリになってしまったんだ。ひとつ間違えば、ラーサまで吹き飛ばしてしまうところだった・・・」
律儀にあやまってくれるレニー。
「ううん、それでいいのよ。それが紅のレニーの戦い方でしょう」
ラーサは答えた。
本心だった。
後ろで戦略を組み立てて、魔法で援護、逆転する。
それがレニーの戦いだ。
今はまだ、レニーがひとりで敵の真ん中に突っ込んで、接近戦を挑むのは危険すぎる。
でも・・・。いつしかそんな日が来るのだろうか?
私が見ている限り、毎日のように竜の槍を振り続けているレニー。
そんなレニーが、ひとりで敵陣を切り裂いて、接近戦を挑む。
いつかそんな日が来るのだろうか?
ふとラーサは、そんなことを考えた。