第74話 君を守るためなら、僕はどんな勇者にだってなってみせるから…(4)
すっかり日が暮れた町。
もう夜になって、あたりはだいぶ暗くなっていた。
宿への道を、2人並んで歩くロミーとジュリア。
5回目のデートなら・・・キスぐらいしてもおかしくない。
ううん、むしろこれまで、キスすらしていないことがおかしい・・・。
そんなことを、ジュリアは考えていた。
少しつまづいたフリをして、ロミーの両肩を持つ。
自然と2人の視線が重なる。
あとは私が軽く目をつぶって、唇を差し出せば、男は誰でも・・・たとえそれがロミーであっても・・・唇を重ねてくるはず・・・。
そんなことは分かっていた。
ジュリアのこれまでのたくさんの経験。
そこから自信を持って言える。
絶対にそうなる・・・。でも・・・。
今日に限って、ジュリアにはそれが出来なかった。
どうして?
これまでに散々やってきたことなのに・・・。
理由も分かっていた。
ジュリアを助けてくれたときの、ロミーのまっすぐな視線。
教会にて、町のみんなに話していたときの、ロミーの澄んだ瞳。
ロミーには、計算とか、駆け引きという考えは、1ミリもなかった。
ひたすらまっすぐで、目の前で起こったことに、自分の力で全力で行動していた。
私利私欲なんてない。
ただ、まっすぐでひたむきな少年だった。
だから・・・。
今は・・・今日だけは、私もまっすぐに全力で、自分の気持ちを伝えたい。
ジュリアはそう思っていたのだ。
夜空を見つめて、ひとつ深呼吸したジュリア。
それからロミーの目をまっすぐに見つめた。
相変わらず、ロミーの瞳は澄みきっていて、そのまぶしさにジュリアは目がくらみそうになる。
沈黙。
まるで恋なんてしたことのない少女のように、ジュリアの心臓はドキドキしていた。
「ロミー・・・今日はありがとう」
たった一言。
でも、ジュリアはありったけの勇気と気持ちをこめた。
「え?なにが?」
「助けてくれてありがとう。レストランで襲われた黒ずくめの男たちから、守ってくれてありがとう」
「え?ああ・・・本当によかった。ジュリアさんが無事で、本当によかった」
「でも、どうして助けようとしたの?恐そうな相手だし、逃げようとか思わなかったの?」
「そんなことは考えもしなかった。ジュリアさんがさらわれているのを見た瞬間、勝手に体が動いていた」
「だって、自分が危険な目にあうかもしれないじゃない。相手は確かに危険な男たちだったんだよ」
「そう言われても・・・。そんなことは、思いもつかなかった。ただ、目の前のジュリアさんを助けなきゃ・・・それしか考えられなかった」
やっぱり・・・。
ロミーはいつも他人のことを一番に考えている。
自分の損得なんて考えたこともないんだろう。
再び沈黙。
ジュリアは、何からどう伝えればいいのか考えていた。
媚びる表情。
きれいに見える顔の角度。
男が喜ぶセリフ・・・いろんなことがジュリアの頭をよぎった。
でも、ジュリアはそれらを、いったん全部捨てた。
今日は・・・今日だけは、自分の心からの言葉で伝えたい。
もう一度、ロミーの目を見た。
戸惑いながらも、見つめ返してくれるロミー。
「ありがとう。本当にありがとう。今日のロミーは、世界で一番かっこよかった。本当だよ。私を助けてくれたロミーも、教会でみんなの前で話しているロミーも、すぐとなりで一緒に歩いているロミーも、たった今目の前でドギマギしているロミーも・・・。全部がただただ素敵で、かっこよかったんだから」
ジュリアの目の前には、やはりうろたえているロミーがいた。
でも、ロミーは視線だけは、はずさなかった。
ちゃんとジュリアの方をまっすぐに見ていてくれた。
「だから、好き・・・私はロミーのことが大好き!」
それからジュリアは少し背伸びして、自分の唇をロミーの唇へと押し当てた。
ほんの2、3秒。
でもジュリアにとっては、長い長い時間に思えたキス。
ロミーは目をあけたままで、驚いたような顔をしたまま、それを受け止めた。
2人が離れる。
また静寂と沈黙が訪れる。
ジュリアの心臓はまだドキドキしていた。
ジュリアは照れ隠しに、ちょっと舌を出して笑ってみせた。
「そういえば・・・私を助けてくれたときの、あの白い光。そう、馬車を一撃で吹き飛ばしたあの白い光。あれは魔法?」
ずっと気になっていたことを、ジュリアはロミーに聞いた。
「そう、光の魔法。セシルさんに教えてもらったんだ。でも、おかしいんだよね。僕の魔法は、手元をちょっと明るくする程度の威力しかなかったはずなんだ。どうして、あんな魔法が撃てたんだろう?」
愛の力ね・・・ジュリアは一瞬、バカげた返事をしかかって、あわててそれを飲み込む。
でも、どうしてだろう?
もしかして・・・。
「ねえ、ロミーがセシルさんに、光の魔法を教えてもらったのはいつ?」
「みんなで宿屋『カプレア』に移って、すぐ次の日・・・ぐらいだったかな?」
「そのとき、ロミーは魔法石を持っていた?」
「魔法石?いや、僕はそんなものを、持っていたことはない」
「分かった。それよ!」
「それって?」
「いい。魔法を使うには、魔法石が必要なの。自然界の要素を、移動したり、増幅するためには、魔法石の力が必要なのよ。だから、セシルさんに教えてもらったときには、光の魔法に威力はなかった」
「でも・・・。それなら今日は、どうしてあんな魔法が使えたんだろう?」
「だって、今日は魔法石を持っているじゃない。ほら!」
ジュリアはロミーが首につけているペンダントを、服の中から引っ張り出して見せた。
ついこの間、町のショップにて、ジュリアがロミーにプレゼントした魔法石のペンダント。
ここタナシスで作られた、大きくて美しい魔法石のペンダント。
ジュリアが「この町を守り続けてきた」ロミーへのご褒美として、プレゼントしたものだ。
「え?そうだ、ジュリアさんが僕にプレゼントしてくれたやつだ。よかった・・・これ、役に立ったよ。こいつのおかげで、ジュリアさんを守れたんだからね」
無邪気に喜ぶロミー。
でも・・・。
ロミーは魔法石なしでも、手元を照らす程度とはいえ、魔法が使えると言った。
魔法石なしで、魔法を使うなんて聞いたことがない。
いったい、本来のロミーの魔法の力は、どれくらいあるのだろう?
ジュリアは驚いていた。