第72話 君を守るためなら、僕はどんな勇者にだってなってみせるから…(2)
ロミーとジュリア。
2人がやってきたのは、おしゃれなレストランだった。
「おいしいね」
「うん、おいしい・・・」
話題のお店だけあって、本当においしかった。
でも、2人の会話ははずまない。
それは、さっきの事件のせいだった。
ファンサーガを、ものすごい勢いで蹴り飛ばしていたジュリア。
その姿が頭から離れないロミーは、何を言っていいのか分からなかった。
ファンサーガさんも、セシルさんの友達(?)だから、きっと強いんだろうな。
でも、そのファンサーガさんをあっさりと撃退したジュリアさん。
彼女は何者なんだろう?
それともただの偶然?
ファンサーガさんが気を使って、抵抗しなかっただけなのか?
いくつものクエスチョンマークがロミーの頭に浮かんで、消えない。
一方のジュリアも、何を話していいのか分からない。
ロミーからは何も聞いてこない。
だから、自分から言い訳をするのも、おかしかった。
まったく。ついてないわね。
いったい誰なのよ、私を襲ってきたあの男は・・・。
ジュリアには襲われる心当たりが全くない、などとは言わない。
むしろ、心当たりなら無数にあった。
私のことを恨んでいる男なんて、それこそ星の数ほどいるはず・・・。
でもこんな時に限って・・・。
「ちょっと、お手洗いに行ってくるわね」
ジュリアはロミーにことわって、席を立った。
あーあ。むしゃくしゃする。
こんなことなら、あの男、もっと急所でも蹴り飛ばして、再起不能にでも追い込んでやればよかった。
そんなことを考えていたのがいけなかったのだろう。
お手洗いから出てきたジュリア。
彼女は、そっと後ろから近づく2人の男の気配に気づかなかった。
黒いジャケットを着た男たち。
彼らは音もなくジュリアに近づいて、完全に不意打ちにて、ジュリアの頭にパンチを食らわせた。
声もあげられずに、その場に倒れるジュリア。
そこにあったいすが倒れて、カタンと音を立てた。
続いてもう1人の男が、これまた手慣れた手つきで、ジュリアの腹を蹴った。
「ぐふっ!」
悶絶して、その場に動けなくなるジュリア。
相手は明らかにプロだった。
手際がよすぎる・・・。
ジュリアに気配すら、感じさせなかったのだ。
意識が遠のいてゆく。
助けて!誰か助けて!
必死で声を出そうとするも、出てくるのはヒューヒューという空気音ばかり。
だめだ。やられる。
誰か・・・気づいてよ!
ロミー、気づいてよ!
ねえ、ロミー、助けて・・・。
ジュリアの思いは言葉にならない。
薄れゆく記憶の中で、ジュリアには必死で願うことしかできなかった。
一方のロミー。
ジュリアさん、戻ってくるのが少し遅いな・・・と思いながらも、ロミーはまださっきの情景を思い出していた。
ファンサーガさんを蹴り飛ばしていたジュリアさん。
それはこれまでにロミーに見せたことのない顔だった。
いつもとは180度違った表情。
それにロミーは戸惑っていた。
まあ、考えすぎるのは、よくないな。
ジュリアさんは、僕にとってジュリアさんだ。
大事な人であることは変わらない。
それに人間、誰でも秘密の1つや2つ、持っているものだろうし。
そう思って、水を1口飲んだロミー。
そのとき、レストランの端の方で、いすの倒れる音がした。
反射的にそちらの方を見るロミー。
そこには黒い服を着た男たちがいた。
ジュリアの姿は、ロミーの場所からはちょうど死角になっていて、見えなかった。
さらに低い、鈍い音が響いたが、ロミーは気づかない。
視線を戻して、またテーブルの水を飲むロミー。
男たちはぐったりとしたジュリアを担ぎ上げて、レストランの出口へと向かうところだった。
そのときになって、はじめてロミーはジュリアに気づいた。
ぐったりした様子で、男に担がれているジュリア。
「ジュリアさん!」
ロミーは、思わず大きな声をあげた。
ロミーはすぐに席を立ち上がると、ジュリアの方へと駆け寄ろうとする。
そんなロミーに男たちも気づいた。
大急ぎで駆けだすロミー。
そんなロミーに、1人の男が横から足をかけた。
つまづいて、派手にこけるロミー。
その間にも、ジュリアを担いだ男は出口の方へと向かう。
「ジュリアさん。待って、ジュリアさん!」
ロミーもあわてて出口の方へと向かう。
そんなロミーに、先ほど足をかけた男が体当たりを食らわせた。
またしても、床に転がるロミー。
その間に、ジュリアを担いだ男は、レストランの入り口から消えていく。
「待って!ジュリアさん、待て!」
大声で叫んだ。
そんなロミーの前に、再び男が立ちふさがった。
男が、再びロミーに体当たりを仕掛けてきた。
ロミーは自分から右前方に転がって、それを避ける。
そのまま立ち上がったロミーは、全力でレストランの入り口へと走った。
ようやくロミーが外へと走り出たとき、ジュリアはさらに遠くへと連れて行かれていた。
店から10メートルほど先の道端。
そこにジュリアを担いだ男はいた。
男のすぐそばには馬車。
男はどうやら、ジュリアを馬車に乗せようとしているようだった。
「ジュリアさーん!」
ロミーが大声で叫ぶ。
ジュリアは、まだぐったりしたままで動かない。
あたりに人はいなかった。
「ジュリアさんを離せ!今すぐジュリアさんを離せ!」
ありったけの声で叫んだ。
それでも、男はジュリアを馬車に乗せようとしている。
このままでは間に合わない。
ジュリアさんは連れ去られてしまう。
どうしよう?
いちかばちかだ。
魔法だ。魔法しかない。
えっと・・・どうやるんだっけ?
たしか「魔法象限を隔離して、しっかり意識する・・・」。魔法象限ってなんだっけ?ああ、難しい。無理だ!これは無理!
炎の魔法をあきらめたロミー。
それなら、光の魔法だ。「キューって集めて、ギューっとしてバーン!」だったよな、たしか・・・。
さいわい、外は晴れていた。
光はその場にあふれている。
「キューって集めて、ギュー・・・バーン。光爆」
狙うはあの馬車のあたり。
ありったけの思いを込めて、魔法を投げつけた。
そしてロミーは、自分でも信じられない光景を、目の当たりにすることになる。
急速に光が集まってきた・・・その光はちょうど馬車のあたりで集結、急速に膨れ上がって、大爆発を起こしたのだ。
文字通りの大爆発。
その爆発で完全に馬車が吹き飛んで、一回転した。
バラバラになった馬車。
馬は驚いて、勝手な方向へと走り回る。
ロミーは再びジュリアの方へと走り出した。
「ジュリアさんを離せ!ジュリアさんを離すんだ!」
力強いロミーの声。
再び魔法を構えてみせる。
男は驚いた表情をしていた。
当然だろう。
目の前で、これだけの魔法を見せつけられたのだから。
男はジュリアをその場に離した。
それからロミーに背を向けて、一目散に逃げ出した。
ジュリアの元へと駆け寄るロミー。
「ジュリアさん!ジュリアさーん!」
ロミーの呼びかけに、うっすらと目を開けるジュリア。
それを見て、ロミーはその場にへたり込んだ。
よかった・・・。
ジュリアさんは無事だった・・・。
レストランにて、男にいきなり殴られ、お腹に蹴りを食らったジュリア。
彼女は意識朦朧とした状態で、レストランを連れ出された。
助けて・・・叫ぼうにも、声が出ない。
せめて暴れようにも、体に力がまったく入らなかった。
そのまま男はジュリアを担いで、道を走っていく。
「ジュリアさーん!」
かすかに誰かが呼ぶ声が、聞こえたような気がした。
あれはロミー?
助けて・・・助けて・・・。
男が止まった。
すぐそばには馬車があった。
ジュリアを馬車へと乗せようとする。
動かない体で、少しでも抵抗しようとするジュリア。
「ジュリアさんを離せ!ジュリアさんを離すんだ!」
力強い声が聞こえた。
でも、声が遠い・・・。
男がジュリアを馬車へと乗せようとしていた。
もうジュリアには、あらがう力も残っていなかった。
ダメだ・・・もうムリだ。
このまま連れ去られる。
でも、ジュリアには誰も恨むことなど出来ないかった。
だって、自業自得だから。
これまでの報いなのだから…。
あきらめてジュリアが体の力を抜いたそのとき、轟音が響いた。
耳をつんざくような爆発音。
それとともに、馬車が吹き飛んでいた。
え?なに?
いったい何が起こったの?
馬車が空を舞って、一回転して落ちてきた。
もう馬車は原型をとどめていない。
バラバラになっていた。
なぜ?
何があったの?
もう一度、問いかけるジュリア。
男はその場にジュリアを置いて、逃げ出した。
「ジュリアさん!ジュリアさーん!」
目の前でよく知っている声が響いた。
ロミーだ。
間違いない、ロミーの声だ。
うっすらと開けた目の前、心配そうな顔でジュリアをのぞき込むロミーがいた。
どうやってロミーは私を助けたのだろう?
馬車が吹き飛んだのはなぜ?
いろんな疑問が頭をよぎる。
たしか、ジュリアが馬車に乗せられようとするその瞬間、真っ白な光が爆発して・・・。
あれは魔法?
でも・・・そんなことは、ジュリアにとってどうでもいいことだった。
ロミーは私を助けてくれた。
危険極まりない男たちから、私を守ってくれたのだ。
そう思うだけで、ジュリアの目から涙があふれた。
どうして?
どうして危険な目にあってまで、私なんかのことを助けにきたの?
ジュリアは誰かに守られたことなどなかった。
自分の身は自分で守るもの。
そう教えられて生きてきた。
だって、私には味方などいなかったから。
私には本当の味方なんて、1人もいなかったから。
ようやく少しだけ、体が動くようになった。
まだ心配そうにジュリアをのぞき込んでいるロミー。
ジュリアはそんなロミーに抱きついた。
目からは涙が止まらなかった。
なぜ?
こわかったからじゃない。
うれしかったのだ。
本当に信じれる人間なんて、この世界には1人もいない。
ずっとジュリアはそう信じてきた。
どんなときでも、男は最後の最後には裏切るものなんだから。
そう思いこんでいた。
彼女には誰かに助けられた経験などなかった。
だから、ジュリアは誰かを信じたこともなかった。
でも・・・それでも、ロミーは危険を冒して、ジュリアを助けてくれたのだ。
もしかしたら・・・ロミーのことだけは、信じてもいいのだろうか?
ジュリアはロミーを抱きしめた手に力をこめた。
「ありがとう・・・大好き・・・」
演技ではなかった。
たぶん本心・・・。自分でそう思った。
誰も信じない、そう思って生きてきたはずなのに・・・。
少しだけ心が揺らいだような気がした。
でも、それは悪い気分じゃなかった。むしろ心地よくて、温かい気持ちだった。