第7話 「キスをすると、こうのとりさんが赤ちゃんを運んでくるんですよ」って、そんな話をいまだに信じてるほうがこわいわっ!!
真夜中。不意に人の気配を感じて、レニーは目を覚ました。
部屋の入り口のほうから、かすかな足音がする。
レニーはベッドから起きて、暗い部屋を見回した。
セシルは自分のベッドで枕を抱きしめたまま、ぐっすり眠っていた。
足音は確実にこの部屋へと近づいているようだった。
レニーは槍を手に取ると、部屋の隅に隠れる。
カチャ、カチャ。ドアの鍵が外れる音がした。
やがて、一人の小柄な男がそろりそろりと部屋に入ってきた。
その男は静かに回りに注意しながら、部屋へと入ってくる。
空になったレニーのベッドを見て、それから眠っているセシルのほうへと近づいていく。
男が隠れているレニーのすぐそばを通り過ぎる。
その瞬間、レニーは男の首筋に槍を突きつけて、低い声で言った。
「動くな!」
男は驚いて、レニーのほうを見る。
「そのまま動かずに、ゆっくりと両手を挙げろ」
男は後ずさりしながら、ゆっくりと両手を挙げる。
部屋が暗いせいで顔はよく見えないが、かなり若い男のようだ。
「お前は何者だ?何をしにここへ来た?」
低い声でレニーが聞く。
その時、男の上半身がふっと消えた。同時に、レニーのあごに衝撃がはしる。
男がその場で身軽にバク転して、レニーをその反動で蹴ったのだった。
レニーがあわてて、手にした槍を構える。
男に向かって槍を突き出そうとして、ふといやな予感におそわれた。
一瞬ためらったのがよかった。
レニーのひざの辺り、低いところで金属のきらめきが一閃した。
鎌だった。
危ない。踏み込んでいたらやられていたところだ。
男は両手にひとつずつの鎌を手にしていた。
二丁鎌。珍しい武器だ。
この状況で、あわてた様子もなく、落ち着いて反撃してくる。
かなりの相手だと思って間違いない。
男はレニーをけん制しながら、ゆっくり後ずさりしている。
やがて後ろ手で入り口のドアノブをつかむと、あっという間に部屋から逃げ出した。
レニーの顔から汗が滴り落ちた。何者だろう?
相手はレニーに用があったのだろうか?それともセシルが目当て?
レニーは頭の中で、心当たりを考えた。レニーも戦場で何人もの敵を殺してきた。心当たりがないとは言わない。
でも、あの男は部屋に入ってから空になったベッドを見て、それからセシルのほうへと近づいていった。
おそらくセシルのほうに用があったのだろう。
どんな用事?
物騒な武器を持ってきたことからして、友好的な話ではあるまい。
レニーはセシルの寝ているベッドへと歩いていって、眠っているセシルの顔をのぞきこんだ。
窓から入る月明かりが、無邪気なセシルの寝顔を照らしていた。
かわいらしい寝顔だった。
「むにゃむにゃ…。ウエスタン・ラリアットー…」
寝言とともに、セシルの腕が、勢いよくレニーのほうに突き出される。
おっと、あぶない。レニーはなんとかその腕をよけた。なんて寝相だ…。
セシルが寝返りをうった。
また来るか?レニーは少し身構えた。
しばらくして、何も起こらないのを確認してから、ふと緊張を解いた。
その油断がいけなかった。
「シャイニング・ウィザード…とうっ!」
レニーの死角から、セシルの膝蹴りがもろにこめかみにヒットしていた。
レニーは強い衝撃を受け、そのまま意識を失って、セシルのベッドの上へと倒れた。
翌朝…。
「きゃああああああ…」
部屋中に、いや、宿中にセシルの悲鳴が響き渡った。
その悲鳴で、レニーがガンガン痛む頭をひきずりながら、目を覚ました。
窓から差し込む太陽がまぶしい。
レニーはまだ焦点の合わない寝ぼけ眼のまま、なんとか起き上がろうとして手をベッドに押し付ける。
むにゅ。ベッドの代わりに、なにかやわらかいものが手に触れた。
「いやああああああ…」
またセシルの絶叫が響いた。
なんだ?
ようやくレニーも目の焦点が合いはじめる。
すぐ目の前に、セシルの白い顔があった。
本当に目の前数センチ。あまりに近すぎて、鼻の穴までアップで見える。
どうしてこんなに近くに…?
それから自分の手に触れたやわらかいものを見て、目を丸くする。
レニーが触っていたのは、セシルの小さな胸だった。
レニーはベッドの上で、セシルの上に覆いかぶさるように倒れていたのだ。
それからレニーは、昨夜の出来事を思い出す。
部屋に侵入してきた男を撃退したこと。セシルの寝顔を見ていたこと。その際、寝ぼけたセシルの膝蹴りを食らって気絶したこと。
気がつくとセシルが起き上がって、レニーを見おろしていた。
顔を真っ赤にして、目を吊り上げている。
「いや、ちょっと待て。誤解だ。俺はセシルを襲おうとしていた男を追い返して…」
レニーがそこまで言いかけたとき、セシルのきれいな回しげりが飛んできた。
レニーがベッドから吹っ飛ばされる。
「あっ!どうしよう?!」
セシルは突然叫んで、ドタドタと入り口のほうへかけていった。
レニーはまだガンガンする頭を押さえながら、なんとか立ち上がろうとする。
セシルは一度ドアの外まで出て行ってから、なにやらほっとした表情で戻ってきた。
「よかったぁ…」
レニーは反射的に身構えながら、そんなセシルを見ていた。
「よかったですー…」
セシルが笑顔で、もう一度レニーに言った。
レニーは立ち上がって、おそるおそるセシルに聞いてみた。
「よかった?なにが?」
「よかったですね、レニー。赤ちゃんはいませんでした」
「え?」
レニーがぽかんとして聞き返した。赤ちゃん?なんのことだろう?
「赤ちゃんってなに?」
わけもわからずレニーが聞く。
「えー?知らないんですか?男の子と女の子が仲良くしすぎると、こうのとりさんが赤ちゃんを運んできて、玄関においていくことがあるんですよ」
それでドアの外まで見に行ったのか…。
「そんな話、誰に聞いたんだよ?」
「え?お父さんとお母さんに決まってるじゃないですか。キスしたときも危ないって言ってました」
レニーはあいた口がふさがらない。
頭を抱えて、レニーはそっと言ったのだった。
「その家庭、だいぶ問題あると思うぞ」
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