第65話 あなたは特別なんだから。あなたには才能があるんだから。だから、もっと自分に自信を持ちなさい!(2)
「キャー!あっ、もっと右よ、右!」
「そんなこと言われても・・・。えーっと・・・どうすればいいんだ、これ?」
竜の首にしがみつきながら、ロミーが戸惑っていた。
そのすぐ後ろでは、ジュリアが思いっきりロミーにしがみついていた。
ロミーとジュリアは、大人気のアトラクション「本物の竜乗り」に挑
戦中。
本物の竜に乗りながら、右へ左へ上へ下へと、決められたコースをたどってポイントを稼ぐというアトラクションだ。
これなら2人、いやでも至近距離で、密接になれること間違いなし。
しかも「吊り橋効果」って言うものもあるからね。
2人してドキドキするような体験を共有すると、そのドキドキのせいで勘違いして恋が産まれやすいのだ。
もちろん、そんなことを考えていたのはジュリア。
ロミーの方は、無邪気にこのアトラクションを楽しんでいる。
やがてロミーはすぐに、竜を操るコツをつかんだようだった。
急降下。急旋回。
またたく間に、竜を自由自在に操ってゴールへと向かう。
「キャー、すごーい!」
ジュリアは楽しそうな声を上げながら、ロミーに捕まる手にさらに力を込めた。
ゴールして、再び丘へと降り立つ2人。
「ロミー様、すばらしい竜の乗りこなしですな。いやいや、坊ちゃんは何でも出来るんですな」
アトラクションを管理する主人の言葉も、お世辞とは思えない。
たしかにロミーの竜の扱いはすばらしかった。
ジュリアにも、それははっきり分かった。
心が純粋だから、竜の気持ちが分かるのかしらね。そんなことを考えていた。
すでに日が暮れかかっていた。
夕暮れで町が赤く染まっている。
丘から見るそんな町の景色は、美しかった。
夕方になっても、たくさんの人でにぎわう町。
活気は変わらない。
ジュリアはロミーの手を取り、そっともたれかかりながら、そんな町を眺めていた。
「やっぱりロミーはすごいんだね」
ポツリとつぶやくジュリア。
このまま、ロミーの頭でもそっと抱いて、顔を近づければ、もっとロミーの気を引くことが出来る。
うまくいけば、キスさえも・・・。
言葉は言らない。
今はこれ以上何も言わなくていい。
そんなことは分かっていた。
だって、私は百戦錬磨のジュリア様なんだから。
どうすれば男の気を引けるか。
そんなことは百も承知なはずだった。
今はロマンチックな景色と雰囲気に紛れて、何も言わずにそっと体を近づけるとき・・・。
それでも言わずにいられなかった。
こんなことを言って、嫌われたら元も子もない。
分かっているのに、それでもジュリアにはロミーに、伝えずにはいられなかったのだ。
「ねえ、ロミー。町が活気にあふれているよ。人がいっぱいで、みんな楽しそう。心から楽しそう」
「そうだね」
「どうしてだか分かる?」
ジュリアの突然の問いかけ。
ロミーは分からないと言うように、首を少し傾げる。
「それはロミーが、この町を守ってきたからだよ。だから、安心して、みんな楽しく、この町で暮らしている。だから、みんなロミーに優しく出来る。みんながロミーを信頼している」
「そんな大げさなことじゃないよ。僕はいつもただ突っ立って、見ていただけ。実際にはゼノさんが、この町を守ってくれているんだ」
「それも、ロミーの力があるからだよ。魔法無効、ロミーの力は特別なんだよ」
まっすぐに目を見て話すジュリアに、ドギマギして答えに詰まるロミー。
ジュリアはかまわずに話し続ける。
「ロミーは自分が特別扱いされるのが寂しいって言った。孤独を感じるって言った。でも・・・でも、それって贅沢な悩みなんだよ。だって、ロミーは本当に、特別なんだから。なぜって?だって、ロミーには才能があるんだから。自分の力で、この町を守る力があるんだから」
「・・・・・・」
「もう一度言うわ。ロミーには才能があるの。自分の力でこの町を守れるだけの、才能があるの。だから・・・もっと自信を持ちなさい。自分の力を信じなさい」
ジュリアの真剣な口調と表情。
それに押されて、ロミーは何も言えない。
「普通の人には何もない。少なくとも、私には何もなかった。才能なんて呼べるものは、ひとつも持っていなかった。だから・・・ロミーがうらやましい。自分の力で、自分の町を守れるロミーがうらやましい」
何もない私には、守れなかった。
ただ燃えている町から、逃げ出すことしかできなかった・・・。
頭の中をかすめた言葉を、ジュリアはあわてて飲み込んだ。
それからジュリアは無言のまま、もう一度町の通りへとロミーの手を引いていった。
ジュリアが連れてきたのは、魔法石ショップだった。
タナシスの名産品、魔法石。
それがペンダントになったり、剣に埋め込まれたりしている。
いずれも結晶がきらきらと光って、きれいだった。
「この町タナシスは、この魔法石のおかげで、みんな豊かで幸せに暮らしているんだよ。ほら、きれいね」
ジュリアは魔法石を封じ込めた大きなペンダントをひとつ、ロミーに手渡した。
「きれいだ・・・」
ロミーは魅入られたように、それを見つめていた。
青白くキラキラ光る結晶。
それを見ているとロミーの心は、なぜだか落ち着いた。
ただ、値段は高かった。
店の中でもひときわ大きくて、きれいに輝く魔法石。
そのせいで、金貨1枚では足が出るレベルだった。
さすがにロミーといえども、店の主人がただでくれるというような訳にはいかない。
ロミーはしばらく見つめていたペンダントを、元の場所へと戻した。
ところが、ジュリアは、すぐにまた、そのペンダントを手に取った。
ジュリアはそのままそのペンダントを持って行って、それを買ってしまったのだった。
買ったペンダントをロミーの首へとかけるジュリア。
「え?ちょっと、ジュリアさん。こんなに高いもの、もらえないよ」
「いいの。ロミーには、これが似合うんだから。ロミーには、これが必要なのよ」
「そんな・・・悪いよ。こんな高価なもの、もらえないよ」
「いいのよ。これはロミーへのご褒美。これまでこの町をずっと守り続けてきたロミーへのご褒美なんだから。私だけからじゃない。みんなからのご褒美」
「でも…」
「いい、ロミーには才能があるの。ロミーには、この町を守れる才能があるの。だからこそ、ロミーは特別な存在なんだから。だから、このペンダントを見たら、思い出しなさい。ロミーはもっと自分に自信を持っていいんだって」
ジュリアはもう一度言って、ペンダントをロミーに押しつけたのだった。
ロミーは戸惑いながらも、そのペンダントをもう一度見る。
なぜだか不思議な力がわいてくるような気がした。
「ロミーには才能がある」「もっと自分に自信を持っていい」
ジュリアの言葉がまだロミーの頭に響いていた。