第60話 「ロミオとジュリエット」ってそんな能天気でハッピーエンドなお話だったっけ?
「26・・・27・・・28・・・29・・・はい、30回!」
セシルのかけ声に合わせて、せっせと腕立て伏せをしているのが、レニーとロミー。
「かけ声だけじゃなく、お前も一緒にやればいいのに」
「女の子は、なるべくかよわくて、男の人に守ってもらうのが一番大事な役目なんです。自分が強くなるなんて論外。でもレニーは、ちゃんと大事な場面で、私を迎えに来て、お姫様だっこで連れていけるようにしっかりがんばるんですよ」
「わー!それは言わないで・・・」
あわてふためいて叫んだのはロミー。
実はロミーがジュリアを「お姫様だっこ」して、運ぼうとするも、途中で何度も力尽きて休憩してしまったこと。
それを聞いたセシルは「ありえない」「女の子ひとりお姫様だっこ出来ないなんて、男として失格ね」「私だったらその場で切腹するレベルの屈辱だわ」と散々こき下ろしていたからだ。
こうしてその日から、レニーの日課となっている訓練にロミーが加わったのだった。
スクワット、腹筋、腕立て伏せとひととおり訓練が終わって、座り込むロミー。
ロミーはジュリアの横顔を思い返していた。
あの日から毎日、ロミーはパフェやアイス、クレープなど持って、ジュリアのもとへと通っていた。
少しずつ、お互いの話などもするようになっていた。
といっても、もっぱらロミーが自分の話をするばかりのことが多い。
ジュリアはあまり自分のことを話したがらなかった。
ジュリアはいつもロミーの話を、一生懸命聞いてくれた。
いつでも「すごいね」ってほめてくれた。
「えらいね」ってたたえてくれた。
ふだんの生活で、ロミーは誰かにほめられたことなどなかった。
そもそも、話をちゃんと聞いてくれる人すら、ほとんどいなかった。
だから、ロミーはジュリアに会いにいくのがうれしかった。
ジュリアと話をするのが楽しかった。
でも・・・。
ロミーは今日の帰り際、ジュリアの見せた悲しそうな表情が、頭にこびりついていた。
「毎日ありがとう。足のケガも、もうすぐ直りそう。だから・・・だから、直ったら食事にでも行こうよ。お礼に、お食事でもごちそうさせて」
「・・・・・・。ごめんなさい。僕には魔法石の鉱山を守る、この町を守るという役割があるんだ。だから・・・だから、そんなに簡単には、出かけられない・・・」
一瞬、落ち込んだような悲しい表情を浮かべたジュリア。
でもすぐにジュリアは笑顔を見せて、答えた。
「そうだよね。そうそう・・・ロミーはこの町を守ってるんだったよね。すごいね。えらい!うん、忘れて。私の言ったこと、忘れていいよ」
明らかに無理をしたような明るい口調。
それがロミーには逆につらかった。
「はあ・・・」
あのときのジュリアの顔を思い出して、またため息をつくロミー。
この町を守るという自分の役割。
それは自分にとって、ずっと当たり前のことだった。
それを誇りにしていた。
ロミーはこの町が大好きだった。
でも・・・今回ばかりは、それが少しだけうらめしかった。
「これも・・・禁じられた恋・・・なのかな」
「急になんだ?まるで『ロミオとジュリエット』みたいなセリフだけど」
ポツリとつぶやいたロミーの言葉に、反応したのはすぐとなりのレニー。
さらにそのレニーの言葉に、セシルが反応した。
「きゃー!『ロミオとジュリエット』。それ、知っています。レオネシアで一番有名なミュージカルですよね」
セシルはひとりでバタバタと駆け回りながら、ミュージカル(?)『ロミオとジュリエット』を演じ始めた。
ミュージカル「ロミオとジュリエット」(セシル版)
(第1幕 シルクハットをかぶって踊るセシル)
モンタギュー家にロミオという青年がいました。
(第2幕 ティアラをかぶって踊るセシル)
キャピュレット家にジュリエットという少女がいました。
(第3幕 シルクハットをかぶったり、ティアラをかぶったりして踊るセシル)
ロミオとジュリエットは仲良しで、いつも一緒に遊んでいました。
(第4幕 怒ったように踊るセシル)
ある日、ジュリエットのお母さんが怒って言いました。「もうロミオと一緒に遊んじゃいけません!」
(第5幕 ティアラをかぶって悲しそうに踊るセシル)
バルコニーにいるジュリエットを、遠くから見つめるしかできないロミオ。
そんなロミオに気付いたジュリエットが言う
「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの」
(第6幕 シルクハットをかぶったり、ティアラをかぶって踊るセシル)
ロミオ「ジュリエット。また一緒に仲良く遊ぼうよ」
ジュリエット「分かったわ。明日、町外れの公園で待ってる」
ロミオ「分かった。必ず行くから。絶対に待っていてね」
(第7幕 シルクハットをかぶって走るセシル)
次の日、ロミオはジュリエットのもとへと走りました。
途中で川の氾濫に出会ったり、盗賊に襲われたりしました。
でもロミオはあきらめませんでした。
「行かなきゃ。ジュリエットが待っているんだ」
(第8幕 シルクハットをかぶったり、ティアラをかぶって踊るセシル)
ついにジュリエットのもとへとたどり着いたロミオ。
ロミオ「ごめんよ。僕は一度だけ、ここにくることをあきらめようとしたんだ。だから、僕を殴ってくれ!(バキッ!)」
ジュリエット「ううん。私こそ一度だけ、ロミオが来ないんじゃないかと疑ってしまったわ。だから私を殴って!(バキッ!)」
(第9幕 シルクハットをかぶったり、ティアラをかぶって踊るセシル)
こうして仲直りしたロミオとジュリエットは、いつまでも2人で仲良く暮らしましたとさ。
演じ終わっても、上機嫌であらぬ方向を見つめて、かわいいポーズのまま固まっているセシル。
そんなセシルを見ながら、レニーが小声で聞いた。
「なあ、ラーサ。『ロミオとジュリエット』って、そんな脳天気でハッピーエンドな、楽しい物語だっけ?」
「いいえ・・・最後は毒を飲んだり、剣で刺されたりして、もっと悲劇で終わるお話よね・・・」
2人のひそひそ話を聞きつけたセシルが、すごい勢いで割り込んできた。
「そんなはずありません。愛の力は絶対なんだから。愛の力は全部幸せにつながるんだから。だから、悲劇になんてなるはずがない。2人はいつまでもラブラブでいちゃいちゃしながら、幸せに暮らしたんです」
目が点になっているレニーとラーサを置いてけぼりにして、断言するセシル。
「そうだ、私もジュリエットになろう!レニー、『ロミオとジュリエットごっこ』やりますよー!」
そう宣言すると、セシルはまたドタドタとかけだしていって、ドアから外へと出て行った。
『ロミオとジュリエットごっこ』?
なんだ、それは?
いやな予感しかしない…。
すぐに外からセシルの大声が聞こえてきた。
「ああレニー、どうしてあなたはレニーなの?」
やっぱり・・・。当然のように無視するレニー。
「ああレニー、どうしてあなたはレニーなの?ねえ、何か答えてよう。どうしてあなたはレニーなの?」
ここで「ああセシル、どうして君こそセシルなんだ?」なんて答えたらどんな展開に持ち込まれるかおそろしい。
無視、無視。何も答えないぞ。
レニーは決めていた。
「ああレニー、どうしてあなたはレニーなの?あなたとセシルを隔ててしまうこの壁がにくい!この壁さえなければ、私はあなたのもとへとひとっとびにかけだして、2人は永遠に結ばれるのに・・・」
「・・・・・・」
いや、自分から外へと出て行ったんだろうが。
「ああレニー、少しでいいから、私の前へと顔を見せて。でなければ、私は2人を隔てるこのにくい壁を、ぶちこわしてしまうかも・・・」
おいおい。それは立派な「脅迫」というやつだからな。
でも、ここまできた以上、レニーも意地になって何も答えない。
セシルの声も一段と大きくなって、ヒートアップしていた。
「ああレニー。2人の愛の力があれば、こんな障害なんて簡単に乗り越えられるわ。愛の力は絶対なんだから!愛こそ正義なんだから!早く2人の愛の力を見せて!顔を見せてよ!さあ、はやく・・・3・・・2・・・1・・・」
ん?
なんのカウントダウンだ?
「3・・・2・・・1・・・光雨!」
その瞬間、ものすごい轟音が鳴り響いた。
屋敷が揺れ、一部の壁が崩れ落ちる。
ようやく揺れが静まったときには、屋敷の壁にはぽっかり大きな穴があいていた。
その穴の向こうには、セシルの笑顔が見えた。
「レニー!ようやく会えた。愛の力ね。愛の力のおかげね。やっぱり2人の愛の力の前では、障害なんて無力なのよ!愛の力を前にして、2人を隔てることなんて出来ないのよ」
ずうずうしくも、レニーに飛びついてくるセシル。
レニーはそんなセシルを思いっきり殴りつけた。
「バカヤロウ!なにが愛の力のおかげだよ。おもいっきり、バカなお前の魔法のせいだ。全部、お前のせいだ。どうするんだよ?せっかく泊めてもらっている人様の家の壁に大穴を開けて、どうするつもりだよ!」
怒られて、少し落ち込むセシル。
完全にあきれて・・・というより、むしろ驚いたように、セシルを見ているゼノとロミー。
しばらくの沈黙。
すぐにレニーはセシルに土下座させる勢いで謝らせる。
でも、ロミーは笑い出した。
本当に楽しそうに笑い出した。
「だって、こんなに楽しい人たちに出会えることなんて、めったにないから」
いや、めったにどころか、絶対にいないと思うぞ。こんな非常識な奴。
「大丈夫です。きっと大丈夫。屋敷は、また村の人たちに直してもらえると思いますし。でもゼノさん、当面のところはどうしましょうか?」
「はあ・・・近くの宿にでも泊まるしかありませんな」
「もちろん、みんなで・・・ですよね。それ、賛成です。だって、楽しそうじゃないですか。うん、絶対に楽しい」
まるで少年のように無邪気にはしゃぐロミー。
本当に楽しくなりそうだ。
ロミーは心からそう思っていた。
それに・・・さっきセシルが言っていたこと。
「愛の力は絶対なんだから!」
「愛こそ正義なんだから!」
それはロミーの心にも不思議な力を与えていたのだった。