第58話 あまりに瞳が透き通った少年だったから…
山頂の屋敷からすぐ近くにある、大きな洞窟。
そこはタナシス名物の魔法石の発掘跡として、ちょっとした観光名所のようになっている。
洞窟を入ってしばらく行くと、断崖となり、落ちないように手すりがついている。
その向こう側、洞窟の奥は、青白く光る魔法石がきらきらと輝いて、美しく光っていた。
タナシスの誇る魔王石の結晶。
この美しい光景が見れる名所として、みんなに解放されているのだ。
ただし、町外れの山頂付近にあるせいで、観光客はあまりこない。
あるのは洞窟の奥に神秘的に光る、魔法石の結晶ばかりだった。
ロミーは手すりにもたれて、目の前に広がるいつもの光景を見ていた。
屋敷のすぐ近くなので、ロミーは1人でよくこの場所に来ていた。
目の前で光る魔法石を見ていると、なぜだか心が落ち着くのだ。
なにも考えずに、ぼーっと目の前の景色を見ているロミー。
そんなロミーのことを、後ろからじっと見ている1人の少女がいた。
ツインテールの黒髪、清楚な服装。
そんな格好のせいで若く見えるが、意外に年はいっている。
「まあ、いくつになっても男ってやつは、清楚とかロリに弱いものだからね・・・」
ジュリアはそうつぶやいて、髪型や服装を入念にチェックした。
「さて、あれが今回の目標と」
ロミーの方を見ながら、頬を少したたいて表情を作る。
「出来るだけ明るく、無邪気な感じで・・・」
ジュリアは楽しそうな表情を作ると、スキップするかのように、軽やかに洞窟を奥へと進んでいった。
「わあ、きれいね!すごーい!こんなの初めて・・・」
さりげなくロミーの横に進んだジュリア。
ジュリアは無邪気に感動した瞳で、目の前の光景を見つめる。
「すごーい!魔法石って、こんなにきれいなんだ・・・」
もう一度、つぶやくように言うジュリア。
これでオッケー!すぐとなりの男の気は引けたはず。
あとは、ロミーがこちらに話しかけてくるのを待つのみ。
男って、かわいい女の子にはすぐ下心を持って、つながりを作りたがるものだからね。
無邪気な顔を作ったまま、ロミーが声をかけてくるのを待つジュリア。
あれ?声がかからない。
どうしたの?私のかわいい顔に見とれてるのかな?
いつまで待っても、ロミーの声は聞こえなかった。
耐えられなくなって、ジュリアがすぐ横を見ると、すでにロミーはそこにいなかった。
ロミーは足音まで忍ばせて、洞窟から帰ろうとしていた。
「ちょっと!どうして逃げるのよ。すぐとなりに(かわいい)女の子がいるのに、どうして声すらかけずに、逃げようとしてるのよ」
「いや、おじゃまをしたら悪いかなと思って」
「おじゃまって、あなたは男の子でしょ。すぐとなりに(かわいい)女の子がいたら、声をかけてきっかけを作るものでしょ。ロマンスを期待したっていいんだからね」
「ロマンス?」
ロミーは本気で分からない顔で、じっとジュリアを見ていた。
その瞳はあまりにも透き通っていた。
今までに数え切れないほど見てきた、ジュリアを見る男たちの瞳。
そのどれよりも段違いにすきとおっていた。
こんな純粋な目、見たことない・・・。
いや、その昔に一度だけ、見たことがあるような気もする・・・。
あまりに純粋なロミーの瞳に吸い込まれて、ジュリアはその場を動けなかった。
「あ・・・あの・・・」
その場でオロオロするしかできないロミー。
どうすればいいのか分からないまま、あたふたしていたロミーは、やがて「さよならっ!」とつぶやいて、その場を逃げ出した。
「ちょっと待ってよ!行かないで!」
なんなの?この展開はなに?
なんで私があの男を追いかけることになっているの?
でも、逃がさない。
このジュリア様に狙われたら、男はみんなイチコロなんだからね。
「待って・・・あ、イタイッ!」
ロミーを追いかけようとして、その場に倒れ込むジュリア。
「いったーい!イタイ、イタイ・・・」
足を押さえて、大げさにうめいてみせる。
ロミーが振り返って、心配そうにジュリアを見ていた。
「イタタタタタ・・・ダメだ、歩けないよ・・・」
ロミーはゆっくりと戻ってきて、ただひたすらオロオロしている。
「私ってダメだな。本当、ドジでマヌケでおっちょこちょいなんだから」
「大丈夫?歩ける?」
「イタイ、イタイ・・・。ダメみたい。ごめんね。でも私のことは気にしないで、行ってもいいよ」
痛い顔を崩さないまま、弱々しく答えるジュリア。
「どうしよう?立つことも無理かな?」
ロミーの呼びかけにも、弱々しく首を振るジュリア。
ロミーは困りきって立ちつくしていた。
「どうしよう?どこから来たの?どこに泊まっているの?」
「宿屋『カプレア』・・・」
それはこの近くにある小さな宿屋の名前だ。
しばらく考え込んでいたロミー。
やがてロミーは決心したように、ジュリアの膝と腰を持って、抱え上げた。
いわゆるお姫様だっこというやつだ。
「え?」
ジュリアが驚いて声を上げる。
「ちょっと!無理しないで。大丈夫、私は大丈夫だから・・・」
「『カプレア』ならそんなに遠くないから。こ・・・こ・・・このまま運んでいくよ」
ロミーの言葉とは逆に、腕はプルプル震えて、苦しそうな表情が見えた。
「大丈夫だから。ねえ、肩とか貸してくれたら、自分で歩けるかもしれないし・・・」
「ダメだよ。無理をしたら、またケガをしてしまうかもしれないし・・・」
ジュリアを抱えたまま、洞窟を出て歩き続けるロミー。
でもすぐに限界はやってきた。
腕は震え、歩く速さも次第にゆっくりになったロミーは、やがて道ばたにジュリアをおいて、一息つく。
「ごめんよ・・・大丈夫。また少し休めば復活するから」
「私なら大丈夫だから。ほら、今ならこうやって1人で立っても・・・イタタタタ・・・イタイ!」
ジュリアが立とうとして、またその場に座り込む。
まったく・・・。
足をくじいてみせたのは、もちろんロミーの気を引くため。
でも、演技ではなかった。
ロミーの気を引くためだけに、本気で足首を粉砕する勢いで転んだのだから。
はあ・・・。こんなところでプロ根性がアダとなるなんてね。
でも、悪いことではなかった。
目の前のロミーは、なにひとつ疑っていない。
ただ純粋に、一生懸命にジュリアを運んでいた。
結局、ロミーは何度も休憩しながらも、ジュリアを宿屋『カプレア』の部屋まで運び届けたのだった。
「いいね、無理しちゃダメだよ。本当によくなるまで、そこでじっと寝ているんだからね」
ロミーはジュリアを宿屋のベッドに寝かせると、それだけ言って、嵐のように去っていった。
「え?それだけ?ちょっと・・・ちょっと待ってよ!」
ジュリアの言葉すら聞かずに、行ってしまったロミー。
1人部屋に残されたジュリア。
なに?なんなの?
じっと寝てろって言われても、食べ物はどうするのよ?
ずっと寝てるわけにいかないでしょうが。
でも・・・。
ロミーは、今までに会った誰とも違った。
ジュリアが今までに見てきた男たち。
それは自信満々で、プライドが高くて、女は男の言うことを聞くものだと信じ込んでいた。
ロミーのことを思い出してみる。
自信がなさそうで、オロオロして・・・。
間違いなく、今までにジュリアが見たことのない男だった。
ふふっ・・・少し思い出し笑いをしてしまうジュリア。
そのとき、再びドアのノックと共に、聞き覚えのある声が部屋に響いた。
「ジュリアさん、入りますね」
またも嵐のようにドタドタと部屋に現れたロミー。
その手には、大きなお盆いっぱいのアイスクリーム、パフェ、パンケーキ、コーヒー・・・。
「ちょっと?なにそれ?」
「いいですね。無理しちゃダメですからね。ちゃんと寝てるんですよ」
さらにロミーは小さな袋を2つ、ジュリアに押しつけて去っていった。
再び部屋に1人残されたジュリア。
なに?いったいなんなの?
アイスクリームにパフェにパンケーキ?
どういうつもり?私をぶくぶく太らせて食べようとでもいうつもり?
もうあまりにも意味が分からなくて、ジュリアは笑うしかなかった。
しかも押しつけていった袋。
そこには、ファッション雑誌と、女の子用恋愛雑誌と、なぜだかプロレス雑誌。
なぜに「プロレス」?
私のどこにそんな要素を見つけたわけ?
さらに、もう1つの袋。
そこに入っていたのは未開封の「レオネシア英雄カード」のセット。
ジュリアも「レオネシア英雄カード」のことは知っている。
でもなぜこの場面で、私にこんなものを渡すのだろう?
まあ、きっとベッドに寝ている間の時間つぶしにというつもりよね。
男の子って英雄とか勇者っていう言葉に弱いしね。
あきれるとかいうレベルじゃない。
もうここまで来たらを通り越して楽しくなってしまった。
ジュリアは、早速「レオネシア英雄カード」を1つ1つ開封し始める。
懐かしい感覚。
昔、子供の頃はこんなものを、わくわくしながら開けたものだっけ。
想像以上に、たくさんあるカード。
ジュリアも知っている英雄たちが、いくつも現れる。
「はい、これで最後。最後の一枚・・・」
つぶやいたジュリアの手元には、キラキラ光る一枚のカードが現れた。
たったの9種類しかないという、ウルトラレアカード。
「透明のロミー」
そこにはついさっき見た気の弱そうな少年が、困ったような顔で無理に笑っていたのだった。
第58話!
うわー!期間あいてしまったぁ…。
いやいや、体調崩して寝込んでしまったのです。
復活するぞー!おー!