第57話 「勝った方が『かよわい女の子』に決定ですからね」って、お前ら、その言葉にちょっとでも疑問を感じなかったのかよ!
なるべく速く、コンパクトに・・・。
レニーが気をつけながら、槍を突き出す。
その槍を、こともなげに剣で受け流しながら、涼しい顔をしているゼノ。
レニーの槍を受ける、ゼノの剣。その回転がどんどん速くなってゆく。
レニーの方が攻撃していたはずなのに、気がつけば、ゼノの方が先回り。
レニーはついていくのがやっとという状態だった。
さらにゼノの剣がスピードを上げた。
もうこれ以上は受けきれない。
そう思ったレニーが、いったん退こうとしたその瞬間に、ふとゼノの剣のスピードと圧力がゆるんだ。
え?なんだ?
レニーも一瞬、気が抜けて、ふわりと槍を突き出す。
その瞬間、ゼノが力強く剣を振って、前へと切りかかっていた。
レニーの首筋までわずかのところを、ゼノの剣がかすめていた。
やられた。
おそらく本気なら、レニーの首ごと切りとばせていたことだろう。
「やられました。緩急・・・ですね」
「そのとおり。緊張状態から、一瞬、力を抜けば、相手もそれに合わせて気が抜けることが多い。そこにスキが生まれる」
「いやはや。お見事です」
ゼノとの間には、まだまだ大きな実力差があるようだとレニーは思った。
盗賊退治の次の朝。
屋敷の庭で、レニーはゼノと実戦練習をしていた。
昨日、盗賊を撃退した後、レニーはセシルとともに、ロミーの屋敷へと戻ったのだ。
戻った時には、すでに目を覚ましていたゼノ。
それを見た瞬間、「サインくださいー」と飛びつこうとしたセシルを、レニーは殴りつけて、ゼノに土下座する勢いで謝らせた。
ゼノに許してもらって、レニーたちはそのまま屋敷に泊めてもらうことになったのだった。
「ところで、レニーさん。1つ、お伺いしたいことがあるのですが・・・。あちらで竜に腰掛けている女性。あれはどなたですかな?」
練習が一息ついて、ゼノがレニーに聞いた。
レニーが見ると、ラーサが竜に腰掛けて、こちらを見ていた。
いや、竜よ。お前はそれでいいのか?
いくら女に甘い竜とはいえ、おとなしくいすのかわりにされているとか・・・。
竜の自尊心はどこへ?
「ああ、ラーサですね。彼女は俺の親友だったケインの妹なんです」
ゼノの目が一瞬、鋭くなったような気がした。
「ほう。レニーさんの親友、ケインさんの妹。つまりあの伝説の竜騎士『翠玉のケイン』の妹さんですね」
「ええ、そうです。ケインのことをご存じなんですね」
「あたりまえですよ。『アスカルトの戦い』でダーラ帝国を殲滅した英雄じゃないですか。その妹さんだと・・・。なるほど・・・。では、少しその槍をお借りしていいですかな」
ゼノはレニーの持っていた「竜の槍」を借りて、ラーサの方へと歩いていった。
「ラーサさん・・・ですな。私、ゼノと申します。よろしければ、少しお手合わせをお願いしたいのですが?」
「お手合わせ?」
目をパチパチさせているラーサに、竜の槍を押しつけるゼノ。
ゼノがラーサと実戦練習がしたいと言っているのだと理解して、ラーサは声を上げる。
「ちょっと待ってよ。私はかよわい女の子よ。戦いなんてそんな野蛮なことできるわけないじゃない。そもそも私、お箸より重たいものなんて、持てないんだから」
「はあ・・・。それでは、ちょっとこの槍を手にして、ここに立っていてもらえませんか?」
ゼノに促されて、その場に槍をついて立つラーサ。
ゼノは身構えると、剣を大きく振りかぶって、いきなりラーサへと切りかかった。
「ちょっと待ってよ!なにをするのよ?」
竜の槍を手に、その場を飛び退いたラーサ。
ゼノは無言のまま、さらに剣を振りかざして、ラーサに切りかかる。
「ちょっと!ちょっと、止めてよ!なんなのよ?」
そう言いながらも、槍でゼノの剣をさばいてゆくラーサ。
さらにゼノの剣のスピードが上がった。
さっきレニーと練習していたときとほぼ同じスピード、いや、それ以上のスピードだった。
「きゃー!やめて!やめて、やめて、やめてー!」
そう言いながらも、ゼノの剣を次々と受け流していくラーサ。
美しい、しなやかな槍さばき。
ゼノの圧倒的なはずのスピードに、まったく負けていない。
そんなラーサの槍さばきを、レニーはあっけにとられて見ていた。
なんて槍だ・・・こんな槍さばき、見たことがない?
いや、見たことがあった。
これはあいつの槍だ。
親友だったケイン。あいつの槍そのものだ。
レニーもあっけにとられて、ゼノの剣を柔らかに受け流すラーサの槍さばきに見入ってしまう。
ゼノの剣はますますスピードをあげていく。
「てえぃぃぃぃぃぃやぁっ!」
飛び込もうとしたゼノ。
その鼻先を、ラーサの槍がかすめていった。
驚いたように、後ずさりするゼノ。
それから首を振って、言う。
「ラーサさん・・・でしたな。昨日からずっと思っていたんですよ。私の剣を目で追うあなたの瞳。あなたにはどうやら、すべての私の剣の動きが見えているみたいでした。どんなに私がスピードを上げても、あなたはいっさい迷うことなく、その動きをすべて、見切っているようでした。ですから、ちょっとこんなことを試させていただいたのです。いえ、すばらしい。あなたの動体視力と槍さばき。まさしく天才ですな」
え?
レニーとゼノの実戦練習。
それを見ていたラーサの目の動きだけで、ゼノにはそれが分かっていたと言うのだろうか。
でも、ラーサはゼノの言ったことなど聞いていなかった。
ラーサは竜の槍を放り出して、レニーの方へと駆け寄る。
「きゃあああああぁぁぁぁ!レニー、助けて!レニー、こわかったぁぁぁぁぁぁ。かよわいラーサのことを、ずっとずっと守ってぇぇぇぇぇぇ!」
いやいや。これだけの槍さばきと強さを見せられた後で、そんなことを言われても・・・。
ラーサに飛びつかれて、思わず後ずさりしてしまうレニー。
「ちょっと!どうしてレニーまで逃げるのよ。かよわいラーサをずっと守ってくれる私だけのオオカミさんでしょ、レニーは!」
「違います!レニーはかよわいセシルを守ってくれる、私のオオカミさんなんだから」
「なによ!セシルは魔法も使えるし、1人でも十分強く生きていけるじゃない。レニーは白いドラゴンに乗って、ちゃんと私を迎えに来てくれたもんね」
「ダメです。セシルこそかよわいから、レニーに迎えに来てもらわないと生きていけない・・・」
セシルまで会話に割り込んできて、もうなにがなんだかよく分からない・・・。
「分かりました。だったら、決着をつけましょう。勝った方が『かよわい女の子』決定。白いドラゴンに乗ったレニーに迎えに来てもらう権利があるんですからね」
セシルがラーサに向かって剣を構えた。
いやいや。
「勝った方が『かよわい女の子』」って・・・。
その言葉、言っていて少しでも疑問を感じないのか?
「上等じゃない。思い知らせてあげるわ。私の方が絶対にかよわい女の子なんだから・・・」
ラーサも槍を構えて応戦。
「てやぁぁぁぁぁ!」
「たあぁぁぁぁぁっ!」
2人の剣と槍が火花を散らす。
レニーはそんな2人を見ながら、そっとその場を逃げ出した。
「ああっ!レニーが逃げた!待てー、私だけのオオカミさん!」
「待って!レニー!逃がさないんだから!」
2人が猛然と逃げ出したレニーを追いかける。
朝っぱらから2人に追いかけられて、町中を逃げ回るレニー。
たしか前にも、こんなことがあったよな・・・とレニーは思っていた。
2章になってラーサの出番がない…とお嘆きだったみなさま。
いえいえ。2章でもちゃんと、ラーサは活躍しますよ!
そして次回、第58話では2章の最も重要なキャラクター登場!!!
ここまで読んでいただいてありがとうございます。