第55話 お前はどうして、こんな場面でサインをねだったりできるんだよ?
「もう疲れましたー」
「うるさい。誰のせいでこうなったと思ってるんだよ!」
気を失った男を2人で運ぶレニーとセシル。
気を失った男は、この辺では有名人だった。
この男が、山頂の屋敷に住んでいることはすぐに分かった。
男を抱えたまま、山道を登ること20分ほど。
レニーたちは、ようやく山頂付近にある屋敷へとたどり着いた。
「ものすごく大きな屋敷ですね」
セシルの言うとおり、たどり着いた屋敷は巨大だった。
もう屋敷と言うよりは、お城といった方がよかった。
どこまでも果てしなく続く白いレンガ造りの壁。
上の方には、ただっ広いバルコニーもあり、大きな窓が並んでいる。
「すみません!誰かいませんか?」
入り口にて、レニーがドアをたたきながら大きな声で呼びかける。
しばらくして、1人の青年が中からそっとドアを開けて、顔を出した。
気の弱そうな、おどおどした青年だった。
青年は、レニーたちが運んできた気を失った男を見て、駆け寄る。
「ああ、ゼノさん。どうして?なにがあったんですか?」
「申し訳ない。実は公園にて、槍や剣の練習を一緒にさせてもらっていたんですが・・・。手違いで気絶させてしまって・・・」
「ゼノさんを気絶させる?たとえ手違いだとしても、そんなことが・・・?」
「いや、完全に不意打ちだったんです。しかも魔法を使って直撃。本当に申し訳ない」
「ごめんなさいです」
さすがのセシルも小さくなって謝っている。
とりあえず、レニーたちは屋敷内のベッドまで、気絶した男を運んで寝かせた。
カランカラン・・・。
ちょうどそのときだった。
外から大きな鐘の音が響いた。
それを聞いた瞬間、目の前の青年が、頭を抱えて、うろたえ始めた。
「ああ・・・こんな時に限って・・・。どうしよう?どうしましょうか?」
「どうかしたんですか?」
レニーも聞かずにはいられない。
「いいえ、あの鐘の音。あれは盗賊が、この山に襲撃してきた合図なんです」
「盗賊?」
「そうです。ここタナシスは、レオネシア大陸でも有数の魔法石の産地です。その魔法石を狙って、盗賊などが襲ってくることがあるんですよ」
「それで?」
「そのときに合図になるのが、あの鐘です。盗賊の襲来をしらせる鐘。あれが鳴ったら、僕はゼノさんと一緒に出て行って、盗賊を蹴散らし、盗賊から魔法石の鉱山を守ることになっているんです」
なるほど。
どおりで、あの男がとてつもなく強かったわけだ。
レニーも知っていた。
ここタナシスで魔法石の鉱山などを守っている2人といえば・・・。
閃光のゼノ。
剣術なら、レオネシア全土でも圧倒的な実力を誇るゼノという男。
剣術のみならず、槍、格闘、柔術まで・・・あらゆる近接戦に精通しているという。
ただし、弱点が一つ。魔法に弱いのだ。
彼には魔法耐性がまったくと言っていいほどない。
そして、それを補うのが・・・。
透明のロミー。
「魔法無効」という不思議な特殊能力をもつロミー。
彼の前では、いっさいの魔法は発動できなくなるらしい。
つまり、目の前の青年が透明のロミーということだ。
「すると、あなたが・・・」
言いかけたレニーの言葉を、セシルがさえぎった。
「ロミー!透明のロミーですよね。知ってます!レオネシア英雄カードの中でも、貴重なたった9枚のウルトラレアの1枚。他にない『魔法無効』のスキルは絶大です。きゃー!サインくださいー!」
レニーが何か言う前に、セシルが話に割り込んでいた。
セシルはカバンからペンと「レオネシア英雄カード」を取り出して、ロミーに本当にサインをしてもらっている。
いやいや。
どうしてこの状況で、サインなんかねだれるんだよ。
「すると、あのおじさんが閃光のゼノなのね。この場所に英雄が2人も!きゃー!おじさんにもサインもらっておけばよかった。でも、まだチャンスはいっぱいありますよね」
おいおい。
魔法を直撃させて、サインなんてできない状態にしたのは、どこの誰だよ。
そもそも今、そんなことをしている場合か?
レニーには、ロミーがうろたえている理由が分かったのだ。
盗賊が襲撃してくる合図の鐘が鳴っている。
でも、ゼノは気を失って倒れたまま・・・。
ロミー1人では、盗賊とは戦えない。
「申し訳ない。元はといえば、すべて我々の責任です。ここは我々にお手伝いさせていただけませんか?いえ、我々がやらなければいけないことだと思います。盗賊退治。我々が責任を持って引き受けいたします」
レニーがロミーに言う。
本当は全部セシルの責任だと思ったが、それは口に出さなかった。
「本当ですか?そうしてもらえると、助かります。では早速、ご案内しますね」
ロミーの表情が少し晴れた。
すぐに屋敷を出て、外へと向かうロミー。
レニーは「私も行くんですか?」とか寝ぼけたことを言っているセシルを引きずって、ロミーの後へと続いたのだった。
第2章は「閃光のゼノ」と「透明のロミー」のお話。
特に「透明のロミー」の物語になる…はず…