第51話 初めての恋はパフェとコーヒーと絶望の味がした…(9)
涙まじりに話すセシルの言葉に、レニーは声もなかった。
なんという話だろう。
レニーはセシルのことを、ずっと世間知らずでわがままな、お嬢様だと思っていた。
悩みなんてない、能天気な女の子だと思っていた。
違った。
こんなにもつらい過去を抱えた少女だったのだ。
ときおり見せる大人びた表情。その理由が今わかった。
そして、死が目の前に迫っても、全く緊張感のなかったセシル。その理由が今わかった。
セシルはずっと死にたがっていたのだ。
レニーが槍で服を切り裂いた時。
バロンの闇の魔法が目の前に迫った時。
セシルの目に恐怖はなかった。
当たり前だ。
セシルはずっと死に場所を探していたのだ。
こんな17歳そこそこの少女が、本気で死にたがっていたのだ。
悲しすぎる話だった。
セシルは泣きながらも、ちょっと笑顔を見せて、腰の剣を見せた。
「知ってました?この剣、見せかけだけなんです。刃がないんです。ただの鉄の棒だから、どうやって切っても、相手は死にません。みねうちしか出来ないんです。もう人を殺してしまうのは、絶対いやだから…」
だからセシルは、その剣でレニーに勝負を挑んだ。
レニーはそのセシルを、竜の槍で本当に殺してしまうところだったのだ。
「あ…。だから、プロレス技…」
不意にレニーは気づいた。
セシルが、かすかに笑って答える。
「ええ。プロレス技はいいですよね。どんなにやりすぎても、相手を殺してしまうことがないから。せいぜい関節を痛めておしまい」
そうだったのだ。
闘技場でも、誰かに襲われた時も、セシルはいつもプロレス技だった。
それが、一番相手を傷つけずにすむ方法だったから。
大好きな人を死なせてしまったセシルは、これ以上誰も絶対に殺したくなかったから。
気がついたら、レニーまで泣いていた。
セシルの悲しみが、レニーにまで届いていた。
セシルは泣き笑いの不思議な表情のまま、言った。
「だから、ついさっきファンサーガがすぐ後ろで鎌を振り上げるのに気づいた時も、これでいいんだって思いました。これで私もウィンザードのところに行ける。私がだましたまま死なせてしまったウィンザード。その弟のファンサーガにだまされたまま、私も死ぬ。そうしたら、ウィンザードも少しは許してくれるかなって…」
そこでセシルは一息ついて、また泣いた。
泣きながら、続けた。
「でも、本当に死ぬ。これでもうお別れなんだっていう瞬間、まだ死にたくないって思っている自分に気付きました。ううん、怖かったわけじゃありません。ただ、もっとレニーたちとずっと一緒にいたいと思ったから。レニーと過ごした日々が楽しすぎて、もっと一緒にいたいと思ったから」
レニーにはセシルにかける言葉が見つからなかった。
レニーはゆっくりと近づいて、泣いているセシルを抱きしめた。
「セシルが死んだら、俺は悲しいよ」
なんてありふれた言葉だ。
レニーは自分でもそう思った。
「セシルが死んだら、俺は泣くぞ」
言いながら、レニーは泣いていた。
そんなレニーをセシルも小さな腕で抱きしめた。
しばらくそのまま時間が過ぎた。
レニーが少し腕を緩めた時、目を閉じてじっと待っているセシルがそこにいた。
え?これはキスしろってことか?
レニーはちょっとキョロキョロして、それからゆっくりと唇を近づけた。
どさくさ紛れかもしれないけど、まあ、いいか。これぐらいは許してやらないと…。
レニーの唇がゆっくりとセシルに近づく。
「ダメー!そんなことしたら、コウノトリさんが赤ちゃんを運んできちゃうんだから」
ラーサだった。
ラーサがキスを待つセシルを突き飛ばしていた。
さっきのお返しとばかり、ラーサが小さく舌を出した。
空には満月。前に進む3人と1匹の進む道を、白い光が照らしていた。
その道を歩きながら、レニーが言った。
「俺が5年前のアスカルトの戦いとケインの話をした時に、セシルは言った。『5年、ずいぶん長い年月ですよね…。だったら、もうそろそろ忘れてもいいころかもしれません…』って」
セシルはきょとんとした顔で、レニーを見ていた。
レニーは構わずに続ける。
「だったら、セシルの7年前の話。それももう忘れてもいいころだよな。いや、そろそろ忘れなきゃいけないころだと思うぞ」
セシルはじっとレニーの横顔を見ていた。
やがて「はい!」と素直にうなずくと、レニーの腕をギュッとつかんだ。
1章終わりへのカウントダウン!残り1話!
次回、1章ラストです!わー、パチパチ!
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