第50話 初めての恋はパフェとコーヒーと絶望の味がした…(8)
抵抗戦線の巣窟は、町はずれの大きな屋敷だった。
豪華で大きな建物。
この地方の権力者の館だ。
将軍リカルドによれば、ここに悪い奴らが集結しているらしい。
すでに軍がひそかに屋敷を取り囲んでいた。
まだ、中にいる連中は気づいていないようだ。
リカルドが押し殺した声で、セシルに言う。
「お嬢様。この扉の向こうに、敵は集結しています。中は吹き抜けの大きな広間。いつものように、私が扉を開けたら、光雨で一気に敵を薙ぎ払ってください」
「わかりました」
リカルドが扉に手をかける。
セシルが呪文を唱え始める。
「光雨」
リカルドがバン、と扉を開け放つや否や、セシルの魔法が炸裂した。
扉の向こうには、かなりの数の兵士がいた。
みんな剣や槍を持っていた。
まさか軍が攻めてくるなどと、考えてもみなかったのだろう。
みんな部屋のあちこちで穏やかに話をしたりしていた。
突然の轟音。
部屋が真っ白な光で満たされ、その光が爆発したように見えた。
一瞬のことに、誰も反応できなかった。
光は膨れ上がって、そこにいた人をとらえ、建物にもダメージを与えた。
あちこちから聞こえるうめき声。
建物の崩れる音。
すぐに後ろから、味方の軍が大量に入ってきて、動けない人々を捕え始めた。
動かない体で、せめてもの抵抗をしようとする抵抗戦線の兵士。
あちこちで、罵声と絶叫が響いた。
でも、セシルにはそんな光景も、声も、音もまったく見えなかったし聞こえなかった。
セシルは心ここにあらずといった様子で、立ちつくしていた。
セシルの目は、たった一点を見つめていた。
セシルのはるか前方。
吹き抜けの大部屋。
建物の二階の手すりにもたれかかっていた、1人の青年がいた。
セシルの魔法で建物が崩れ、その青年は手すりをなくして、床へと頭から落ちて行った。
背の高い、ちょっとかっこいい青年。
間違いない…。
間違えるはずがなかった。
どうして?
どうしてこんなところに?
それはウィンザードだった。
セシルがずっと会いたかったウィンザードがそこにいた。
「ウィンザード…」
セシルは叫んでいた。
たくさんの人ごみをかき分け、飛び越えて、セシルは駆け寄った。
2階から落ちて、地面にたたきつけられたウィンザードは、頭から血を流して、その場でぴくりとも動かなかった。
「ウィンザード…。ウィンザード…」
何度も体を起して、ゆすってみた。
でもウィンザードは動かなかった。
心臓に耳をあてた。鼓動は聞こえなかった。
息も止まっていた。
「ウィンザード!ウィンザード!」
セシルは何度も何度も呼んだ。
うそだ!うそだ!うそだ!
これは夢なんだ。夢に違いない。
でも、ウィンザードは現実にそこにいた。
ぴくりとも動かなくなってその場にいた。
なぜだか、ウィンザードは穏やかな表情をしていた。
どうしてよ?なんで?
なんでウィンザードが死んじゃうの?
セシルは泣きながら、その場でウィンザードを抱きしめていた。
まわりでは捕りものがようやく落ち着いて、ほとんどの抵抗戦線の兵士たちが逮捕されていた。
でも、セシルはその場を動けなかった。
ウィンザードを抱きしめたまま、ただひたすら泣いていた。
「ウィンザード…。ウィンザード…」
静かになったその場所で、悲しげなセシルの声だけが響いていた。
リカルドも何も出来ずに、そんなセシルを見守るだけだった。
夜中になった。
セシルはまだその場で、ウィンザードを抱きしめたまま泣いていた。
リカルドの手を借りて、セシルは冷たくなったウィンザードを、自分の部屋まで運んだ。
セシルは自分の部屋に鍵をかけて、閉じこもった。
ウィンザードを自分のベッドに寝かせた。
夜の12時を過ぎていた。
セシルは戦闘服から、白いドレスに着替えた。
ウィンザードが似合うって言ってくれた白いドレス。
それから、箱に入った聖剣シャイレサーを出してきた。
「ウィンザード。誕生日おめでとう。セシル、誕生日プレゼント用意したんだよ。ほら、ウィンザードのほしがっていた聖剣。高かったんだからね。これを買うために、頑張ったんだから」
ウィンザードはベッドの中で穏やかな顔をしたまま、動かなかった。
セシルは箱から剣を取り出した。
白く細い剣。それをウィンザードに持たせた。
剣を持ったウィンザードは、かっこよかった。
今にも動き出しそうだった。
でも、ウィンザードは目を閉じたまま動かなかった。
「ねえ、ウィンザード。これまでわがままでごめんなさい。これから素直でいい子になる。だからウィンザード。また一緒に町を歩こうね」
セシルは返事をしないウィンザードに話しかけた。
一晩中、話しかけた。
朝になって、セシルはウトウトと少し眠った。
目を覚ますと、やっぱり動かなくなったウィンザードがそこにいた。
夢じゃなかったんだ。
本当にウィンザードは死んじゃったんだ。
セシルはウィンザードに抱きついて、また泣いた。
それから話しかけた。
「ウィンザード。また占いに行こうよ。私たちはずっと一緒なんだよ。強い絆で結ばれているんだって。離れられないんだから。だから、一人だけいなくなるなんて、許さないんだから」
それからもセシルはずっと部屋に閉じこもって、動かないウィンザードと2人きり過ごした。
3日目の夜、ドアを壊してお母さんが入ってきたけれども、セシルはそれを追い返した。
ドアのすぐそこに、食事が置いてあった。
食事の間も、セシルはウィンザードのそばを離れなかった。
1週間が過ぎた。ウィンザードの死体から、変な臭いがするようになった。
それでもセシルは気にしなかった。
毎日ウィンザードと話をして、一緒に過ごした。
10日目の昼、お母さんが兵士と部屋に入ってきて、ウィンザードを無理やりセシルから引き離して、さらっていった。
セシルはぼんやりした目をしながら、その日から何もしないで部屋で過ごした。
何も考えられなかった。
相変わらず、食事はドアのところに置いてあった。
セシルはそれを食べて、ただぼんやりと過ごした。
そのまま1年が過ぎた。2年が過ぎた。
あいかわらずセシルは焦点の定まらない目で、ぼんやりと過ごしていた。
ウィンザードが国に反逆する抵抗戦線の一員で、それもかなり重要な役割を持っていたこと。
抵抗戦線は、もうすぐ城に攻め入って、国を滅ぼそうとしていたこと。
お母さんから、そんなことを聞かされた。
そうか。だからウィンザードはあの時、あんな顔をしたんだ。
セシルが光の魔法を使ったのを見た時、ウィンザードは悲しそうな顔をした。
あの時、ウィンザードがセシルのことに気づいたのだ。
光の魔法使いで、この国の皇女セシル。そのことに気づいたのだ。
だから、ウィンザードはもうセシルに会えなかった。
なぜなら、ウィンザードは国を滅ぼそうとする抵抗戦線の一員だったから。
でも、セシルにはそんなことは、どうでもよかった。
セシルはただウィンザードがいなくなったこと、それも自分が死なせてしまったことだけで十分だった。
もうウィンザードは帰ってこない。
それだけで、セシルはもう生きている意味がなかった。
それから3年目のある日、セシルはやっと外に出かけた。
まだぼんやりとした目で、町の景色を見ていた。
いくつか新しいお店や商店街が出来て、町はだいぶ変わっていた。
でも、セシルには何の意味もなかった。
ウィンザードのいない町は、セシルにとって意味がなかった。
部屋に閉じこもったり、町をふらふらする日々。それがしばらく続いた。
そんな時、ファンサーガに出会った。
小柄でよわよわしいファンサーガ。
でも、なぜだかセシルにウィンザードを思い出させた。
まだぼんやりしていて無口なセシルに、ファンサーガは一方的に話し続けた。
やがてセシルは少しだけ笑い、ぽつりぽつりと話をするようになった。
でも、それも長くは続かなかった。
家に帰ると、お母さんとリカルドがいた。
お母さんが言った。
ファンサーガはウィンザードの弟で、お前を殺そうとしているのだ。
だから、もう会っちゃけない。
そうか。だから、ファンサーガを見た時、なぜだかウィンザードのことを思い出したのだと、セシルは思った。
そしてセシルはひそかに喜んだ。
大好きだったウィンザード。
私がだましたままで殺してしまったウィンザード。
その弟が私を殺そうとしていると言う。
それもいい。ううん、それがいい。
今度は私がだまされて、殺される番だ。
そしたら、ウィンザードも少しは許してくれるかもしれない。
今度はファンサーガに私が殺されよう。
少し元気になって、セシルは町に出かけた。
でも、今度はリカルドや軍の兵士が、セシルのあとをつけるようになっていた。
遠くに見えるファンサーガを、リカルドは追い払った。
どうしてだろう?
みんなどうして余計なことばかりするのだろう?
セシルは再び部屋に閉じこもった。
また何もやることがなくなった。
毎日、ベッドに寝て暮らした。
そのうちに、ふとある考えが出てきた。
そうだ。私がこの国にいるからいけないんだ。
私がこの国の皇女だからいけないんだ。
旅に出よう。
全然知らない国に行こう。
そうしたら、私は普通の女の子だ。
誰にも気を使われない普通の女の子になれる。
そう思うと、じっとしていられなかった。
すぐに旅の用意をした。
お母さんは反対した。
でも、やめるつもりはなかった。
どうしても行くと決めていた。
お母さんは悲しそうな顔をして、セシルに金貨と銀貨の詰まった袋を渡した。
それからすぐに、セシルは国を出発した。
あとをつけてきた軍の兵士とリカルドを、すぐに振り切った。
国の兵士についてこられたら、意味がない。
そのままセシルはゆっくりと南へ向かった。
できるだけ強い人がいるところへ行きたいと思った。
強い人に殺されたら、私もウィンザードのところに行ける。
少しはウィンザードも許してくれるかもしれない。
セシルは本気でそう思っていた。
でも、なかなか強い人には出会えなかった。
みんな弱すぎた。
どんどん季節が過ぎ、年月が経った。
やがて、レオネシア中央のレシチアという町に来た。
そこで、真っ赤な髪をしたレニーという青年に会った。
レニーは買い物をするセシルを叱ってくれた。
昔、ウィンザードが叱ってくれたみたいに…。
それにレニーは強かった。
この人なら、私を殺してくれるかもしれない…。
そのうちに、ファンサーガにも出会った。
今度こそ、私が死ぬ番だ。
セシルは覚悟していた。
怖くはなかった。むしろ嬉しかった。
だって、ずっとそれを望んでいたはずだったのだから…。
1章終わりへのカウントダウン!残り2話!
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
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