表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/107

第50話 初めての恋はパフェとコーヒーと絶望の味がした…(8)

 抵抗戦線レジスタンス巣窟アジトは、町はずれの大きな屋敷だった。

 豪華で大きな建物。

 この地方の権力者の館だ。


 将軍リカルドによれば、ここに悪い奴らが集結しているらしい。

 すでに軍がひそかに屋敷を取り囲んでいた。

 まだ、中にいる連中は気づいていないようだ。


 リカルドが押し殺した声で、セシルに言う。


「お嬢様。この扉の向こうに、敵は集結しています。中は吹き抜けの大きな広間。いつものように、私が扉を開けたら、光雨シャイアで一気に敵を薙ぎ払ってください」


「わかりました」


 リカルドが扉に手をかける。

 セシルが呪文を唱え始める。


光雨シャイア


 リカルドがバン、と扉を開け放つや否や、セシルの魔法が炸裂した。

 扉の向こうには、かなりの数の兵士がいた。

 みんな剣や槍を持っていた。


 まさか軍が攻めてくるなどと、考えてもみなかったのだろう。

 みんな部屋のあちこちで穏やかに話をしたりしていた。


 突然の轟音。

 部屋が真っ白な光で満たされ、その光が爆発したように見えた。

 一瞬のことに、誰も反応できなかった。

 光は膨れ上がって、そこにいた人をとらえ、建物にもダメージを与えた。


 あちこちから聞こえるうめき声。

 建物の崩れる音。


 すぐに後ろから、味方の軍が大量に入ってきて、動けない人々を捕え始めた。


 動かない体で、せめてもの抵抗をしようとする抵抗戦線レジスタンスの兵士。

 あちこちで、罵声と絶叫が響いた。


 でも、セシルにはそんな光景も、声も、音もまったく見えなかったし聞こえなかった。

 セシルは心ここにあらずといった様子で、立ちつくしていた。

 セシルの目は、たった一点を見つめていた。


 セシルのはるか前方。

 吹き抜けの大部屋。


 建物の二階の手すりにもたれかかっていた、1人の青年がいた。

 セシルの魔法で建物が崩れ、その青年は手すりをなくして、床へと頭から落ちて行った。


 背の高い、ちょっとかっこいい青年。

 間違いない…。

 間違えるはずがなかった。

 どうして?

 どうしてこんなところに?


 それはウィンザードだった。

 セシルがずっと会いたかったウィンザードがそこにいた。


「ウィンザード…」


 セシルは叫んでいた。

 たくさんの人ごみをかき分け、飛び越えて、セシルは駆け寄った。


 2階から落ちて、地面にたたきつけられたウィンザードは、頭から血を流して、その場でぴくりとも動かなかった。


「ウィンザード…。ウィンザード…」


 何度も体を起して、ゆすってみた。

 でもウィンザードは動かなかった。


 心臓に耳をあてた。鼓動は聞こえなかった。

 息も止まっていた。


「ウィンザード!ウィンザード!」


 セシルは何度も何度も呼んだ。


 うそだ!うそだ!うそだ!

 これは夢なんだ。夢に違いない。

 でも、ウィンザードは現実にそこにいた。

 ぴくりとも動かなくなってその場にいた。

 なぜだか、ウィンザードは穏やかな表情をしていた。


 どうしてよ?なんで?

 なんでウィンザードが死んじゃうの?

 セシルは泣きながら、その場でウィンザードを抱きしめていた。


 まわりでは捕りものがようやく落ち着いて、ほとんどの抵抗戦線レジスタンスの兵士たちが逮捕されていた。

 でも、セシルはその場を動けなかった。

 ウィンザードを抱きしめたまま、ただひたすら泣いていた。


「ウィンザード…。ウィンザード…」


 静かになったその場所で、悲しげなセシルの声だけが響いていた。

 リカルドも何も出来ずに、そんなセシルを見守るだけだった。


 夜中になった。

 セシルはまだその場で、ウィンザードを抱きしめたまま泣いていた。

 リカルドの手を借りて、セシルは冷たくなったウィンザードを、自分の部屋まで運んだ。

 

 セシルは自分の部屋に鍵をかけて、閉じこもった。

 ウィンザードを自分のベッドに寝かせた。


 夜の12時を過ぎていた。

 セシルは戦闘服から、白いドレスに着替えた。

 ウィンザードが似合うって言ってくれた白いドレス。


 それから、箱に入った聖剣シャイレサーを出してきた。


「ウィンザード。誕生日おめでとう。セシル、誕生日プレゼント用意したんだよ。ほら、ウィンザードのほしがっていた聖剣。高かったんだからね。これを買うために、頑張ったんだから」


 ウィンザードはベッドの中で穏やかな顔をしたまま、動かなかった。


 セシルは箱から剣を取り出した。

 白く細い剣。それをウィンザードに持たせた。


 剣を持ったウィンザードは、かっこよかった。

 今にも動き出しそうだった。

 でも、ウィンザードは目を閉じたまま動かなかった。


「ねえ、ウィンザード。これまでわがままでごめんなさい。これから素直でいい子になる。だからウィンザード。また一緒に町を歩こうね」


 セシルは返事をしないウィンザードに話しかけた。

 一晩中、話しかけた。


 朝になって、セシルはウトウトと少し眠った。

 目を覚ますと、やっぱり動かなくなったウィンザードがそこにいた。


 夢じゃなかったんだ。

 本当にウィンザードは死んじゃったんだ。


 セシルはウィンザードに抱きついて、また泣いた。

 それから話しかけた。


「ウィンザード。また占いに行こうよ。私たちはずっと一緒なんだよ。強い絆で結ばれているんだって。離れられないんだから。だから、一人だけいなくなるなんて、許さないんだから」


 それからもセシルはずっと部屋に閉じこもって、動かないウィンザードと2人きり過ごした。

 3日目の夜、ドアを壊してお母さんが入ってきたけれども、セシルはそれを追い返した。


 ドアのすぐそこに、食事が置いてあった。

 食事の間も、セシルはウィンザードのそばを離れなかった。


 1週間が過ぎた。ウィンザードの死体から、変な臭いがするようになった。

 それでもセシルは気にしなかった。

 毎日ウィンザードと話をして、一緒に過ごした。


 10日目の昼、お母さんが兵士と部屋に入ってきて、ウィンザードを無理やりセシルから引き離して、さらっていった。


 セシルはぼんやりした目をしながら、その日から何もしないで部屋で過ごした。

 何も考えられなかった。


 相変わらず、食事はドアのところに置いてあった。

 セシルはそれを食べて、ただぼんやりと過ごした。


 そのまま1年が過ぎた。2年が過ぎた。

 あいかわらずセシルは焦点の定まらない目で、ぼんやりと過ごしていた。


 ウィンザードが国に反逆する抵抗戦線レジスタンスの一員で、それもかなり重要な役割を持っていたこと。

 抵抗戦線レジスタンスは、もうすぐ城に攻め入って、国を滅ぼそうとしていたこと。

 お母さんから、そんなことを聞かされた。


 そうか。だからウィンザードはあの時、あんな顔をしたんだ。

 セシルが光の魔法を使ったのを見た時、ウィンザードは悲しそうな顔をした。

 あの時、ウィンザードがセシルのことに気づいたのだ。

 光の魔法使いで、この国の皇女セシル。そのことに気づいたのだ。


 だから、ウィンザードはもうセシルに会えなかった。

 なぜなら、ウィンザードは国を滅ぼそうとする抵抗戦線レジスタンスの一員だったから。


 でも、セシルにはそんなことは、どうでもよかった。

 セシルはただウィンザードがいなくなったこと、それも自分が死なせてしまったことだけで十分だった。


 もうウィンザードは帰ってこない。

 それだけで、セシルはもう生きている意味がなかった。


 それから3年目のある日、セシルはやっと外に出かけた。

 まだぼんやりとした目で、町の景色を見ていた。


 いくつか新しいお店や商店街が出来て、町はだいぶ変わっていた。

 でも、セシルには何の意味もなかった。

 ウィンザードのいない町は、セシルにとって意味がなかった。


 部屋に閉じこもったり、町をふらふらする日々。それがしばらく続いた。


 そんな時、ファンサーガに出会った。

 小柄でよわよわしいファンサーガ。

 でも、なぜだかセシルにウィンザードを思い出させた。


 まだぼんやりしていて無口なセシルに、ファンサーガは一方的に話し続けた。


 やがてセシルは少しだけ笑い、ぽつりぽつりと話をするようになった。


 でも、それも長くは続かなかった。


 家に帰ると、お母さんとリカルドがいた。

 お母さんが言った。

 ファンサーガはウィンザードの弟で、お前を殺そうとしているのだ。

 だから、もう会っちゃけない。


 そうか。だから、ファンサーガを見た時、なぜだかウィンザードのことを思い出したのだと、セシルは思った。

 そしてセシルはひそかに喜んだ。


 大好きだったウィンザード。

 私がだましたままで殺してしまったウィンザード。


 その弟が私を殺そうとしていると言う。

 それもいい。ううん、それがいい。


 今度は私がだまされて、殺される番だ。

 そしたら、ウィンザードも少しは許してくれるかもしれない。

 今度はファンサーガに私が殺されよう。


 少し元気になって、セシルは町に出かけた。

 でも、今度はリカルドや軍の兵士が、セシルのあとをつけるようになっていた。

 遠くに見えるファンサーガを、リカルドは追い払った。


 どうしてだろう?

 みんなどうして余計なことばかりするのだろう?


 セシルは再び部屋に閉じこもった。

 また何もやることがなくなった。

 毎日、ベッドに寝て暮らした。

 そのうちに、ふとある考えが出てきた。


 そうだ。私がこの国にいるからいけないんだ。

 私がこの国の皇女だからいけないんだ。

 旅に出よう。

 全然知らない国に行こう。

 そうしたら、私は普通の女の子だ。

 誰にも気を使われない普通の女の子になれる。


 そう思うと、じっとしていられなかった。

 すぐに旅の用意をした。


 お母さんは反対した。

 でも、やめるつもりはなかった。

 どうしても行くと決めていた。


 お母さんは悲しそうな顔をして、セシルに金貨と銀貨の詰まった袋を渡した。


 それからすぐに、セシルは国を出発した。

 あとをつけてきた軍の兵士とリカルドを、すぐに振り切った。

 国の兵士についてこられたら、意味がない。


 そのままセシルはゆっくりと南へ向かった。

 できるだけ強い人がいるところへ行きたいと思った。


 強い人に殺されたら、私もウィンザードのところに行ける。

 少しはウィンザードも許してくれるかもしれない。

 セシルは本気でそう思っていた。


 でも、なかなか強い人には出会えなかった。

 みんな弱すぎた。

 どんどん季節が過ぎ、年月が経った。


 やがて、レオネシア中央のレシチアという町に来た。

 そこで、真っ赤な髪をしたレニーという青年に会った。

 レニーは買い物をするセシルを叱ってくれた。

 昔、ウィンザードが叱ってくれたみたいに…。


 それにレニーは強かった。

 この人なら、私を殺してくれるかもしれない…。

 そのうちに、ファンサーガにも出会った。

 今度こそ、私が死ぬ番だ。

 セシルは覚悟していた。

 怖くはなかった。むしろ嬉しかった。

 だって、ずっとそれを望んでいたはずだったのだから…。



1章終わりへのカウントダウン!残り2話!


ここまで読んでいただいてありがとうございます。


すこしでもいいなと思っていただけましたら、ブックマーク、高評価などしていただけますと、作者が喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ