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第48話 初めての恋はパフェとコーヒーと絶望の味がした…(6)

 次の日、セシルは不安に駆られて、いつもよりも早い時間からアイスクリーム屋さんの前にいた。


 ウィンザードはまだ来ていなかった。

 セシルの胸にさらに不安が広がる。


 大丈夫。

 今日はちょっと私が早く来てしまっただけ。

 待っていれば、きっと来る。

 セシルは自分に言い聞かせていた。


 やがて昼の12時を過ぎた。

 太陽がすっかり高く昇っていた。

 それでもウィンザードは現れなかった。


 どうして?

 セシルは昨日のウィンザードの悲しそうな冷たい視線を思い出していた。


 どうしよう?

 このままずっと来なかったらどうしよう?

 いやだ!そんなの絶対にいやだ。


 ううん。きっとウィンザードも今日は何か用事があって遅れているだけ。

 うん、きっとそうだ。もう少し待てば、きっとやって来る。


 そのまま夕方になった。

 太陽がすっかり赤く染まって、セシルの目の前に長い影を作る。


 うそ…。

 うそだ。どうして来ないの?


 今日は何か用事があったのだろうか?

 それとも事故にでもあったのだろうか?


 もうこれっきり会えなくなるなどと、セシルは考えたくなかった。

 考えられなかった。


 夜になった。

 空には星さえ輝き始めていた。

 それでもセシルは、その場を動けなかった。


 あと少し。

 もう少し待ったら、ウィンザードが来るかもしれない。

 そう。もうちょっとだけ待ってみよう。


 結局、セシルは夜遅くまで、その場でずっと待っていた。

 空に白い月が上がるのを見て、セシルはあきらめて家に帰った。


 帰るのが遅くなりすぎて、その日はお母さんにものすごく怒られた。

 それでも、そんなことよりもセシルはウィンザードのことが気になって仕方がなかった。


 どうしよう?

 このままずっと来なかったらどうしよう?


 そのことばかり考えて、セシルは眠れなかった。

 胸がドキドキした。

 今までにお城でどんないたずらをした時よりも、胸がドキドキしていた。胸が押しつぶされそうだった。

 ううん、明日はきっとウィンザードに会える…。


 でも、次の日も、その次の日も、そのまた次の日もウィンザードは来なかった。

 アイスクリーム屋さん、洋服屋さん、靴屋さん、帽子屋さん、町はずれのカフェ。

 セシルはウィンザードと一緒に行った店を探しまわった。

 でも、ウィンザードはどこにもいなかった。


 ウィンザード…。どこにいるの?

 セシルは泣きそうな顔になっていた。

 ウィンザードが好きだった冒険ショップにも行った。


「ウィンザード、来ていませんか?」


 ショップのおじさんに聞いた。

 でも、おじさんは首を振るだけだった。


 それから毎日毎日、セシルはウィンザードを探し回った。

 アイスクリーム屋さん、洋服屋さん、靴屋さん、帽子屋さん、町はずれのカフェ。

 いつものコースを、毎日一人で歩いた。


 どうしてだろう?

 昔は一人で来ても楽しかったのに…。


 今は少しも楽しくなかった。

 ウィンザードのいない町なんて、ちっとも楽しくなかった。


 ウィンザード…。

 セシルは泣いていた。

 泣きながら、町をさまよっていた。


「どうしたの?」


 家に帰って、ベッドで泣いていたセシルを見て、お母さんが聞いた。

 セシルはこれまでのことを、全部話した。


「そう…。男の人にはプライドっていうのがあるの。だから、女の子が男の人のケンカに手を出しちゃいけないのよ」


 お母さんは言った。


 プライド。

 セシルはその言葉を頭に入れた。


 ごめんなさい、ウィンザード。これからはちゃんといい子にしてる。

 女の子らしくしてる。

 だから、ウィンザード。

 お願いだから、また一緒に町を歩こうよ…。


 でも、本当にそれだけだろうか?

 セシルはあの時の悲しそうなウィンザードの顔を思い出した。

 あれはもっともっと深くてつらそうな顔だった。


 11月になっていた。

 銀貨1枚持って、アイスクリームを買う。おつりは9900ペニー。

 それを持って町に行って、商店街の洋服屋さんなどをのぞく。


 それから町はずれのカフェで、パフェとケーキを食べ、コーヒーを飲む。

 コーヒーの苦さにもだいぶ慣れた。

 コーヒーを少しだけ飲んで、すぐにパフェやケーキを食べればいいんだ…。


 それから冒険ショップを回って帰る。

 あいかわらずショーケースには、白い細みの剣が飾ってあった。

 聖剣シャイレサー。

 ウィンザードがずっと見ていた剣。


 町は何も変わらなかった。

 ただ、ウィンザードだけがいなかった。


 どうして?

 どうすれば会えるの?


「あれからずっとウィンザードは来ていませんか?」


 セシルは毎日、冒険ショップのおじさんに聞いた。


「いいや、来てないよ」


 おじさんは首を振るばかりだった。


 ウィンザード…。

 ふと、店にかかっていたカレンダーに、セシルの目が向いた。

 11月と12月の日付が書いてあるカレンダー。


「大陸暦506年12月20日生まれ」


 占い屋さんで、ウィンザードが自分で言っていた誕生日を思い出した。

 あと30日とちょっと。


 そうだ。誕生日プレゼントを用意しよう。

 手紙を書いて、ウィンザードに誕生日には来てもらう。

 そこであやまって、それから誕生日プレゼントを渡す。


 誕生日プレゼントは…。セシルの目が聖剣シャイレサーに向いた。

 それしか考えられなかった。


 あれをあげれば、何が原因だったとしても、ウィンザードは戻ってきてくれる…。


「おじさん。あの剣、いくらですか?」

「あの剣って?聖剣シャイレサーかい?」

「はい!」

「高いよ。35万ペニー」


 35万ペニーと言われても、どれくらい高いのか、セシルには分からなかった。


「それから、ウィンザードに手紙を書きたいんです。私が手紙を書いてきたら、ウィンザードに必ず渡してくれますか?」


 おじさんは少し困った顔をした。

 でも、必死なセシルの表情に負けてうなずいた。


「ああ。手紙ぐらいなら、なんとか渡せるようにしよう」


 セシルはちょっとだけ笑顔になると、すぐに店を飛び出した。

 セシルは家に帰って、手紙を書いた。


「ウィンザードへ

 ごめんなさい。

 それからお願いです。

 誕生日に、あのアイスクリーム屋さんの前に来てください。

 待っています。ずっとずっと待っています。来るまで永遠にでも待っています

                                 セシル」


 セシルは本気だった。

 いつまででも待っているつもりだった。


 それから、セシルはお母さんに「35万ペニーちょうだい」と頼んで、怒られた。


 仕方がないので、次の日から、セシルは毎日もらう銀貨を使わなくなった。

 銀貨を持って町に行き、アイスクリームも洋服もパフェも、全部見ているだけで我慢した。


 そのまま冒険ショップに行って、持っている銀貨をおじさんに渡して、言った。


「これから毎日、こうやって銀貨を渡し続けたら、12月20日までにあの剣は買えますか?」


 おじさんは目を丸くしていた。


「ああ。買えるよ」


 本当は毎日銀貨をもらっても、少しお金が足りなかった。

 けれども、あまりに真剣で泣きそうなセシルがかわいそうなので、おじさんは少し安くしてあげることにしたのだった。


 それからセシルはおじさんに、ウィンザードへの手紙を渡した。


「絶対に絶対に絶対に絶対にウィンザードに渡してください」


 セシルは何度もそう言った。

 セシルが帰ったあとで、おじさんはちょっと困ったような顔をしながら、セシルの手紙を眺めていた。


 「ウィンザードへ」。かわいい文字で、封筒の表に書いてあった。

 おじさんはため息をつくと、店の裏にある部屋の扉を開けた。

 その奥から出てきたのは、ウィンザードだった。


「あんないい子を放っておいていいのかい?」


 おじさんはウィンザードに言うと、セシルからの手紙を渡した。

 ウィンザードはうつむいたまま、苦しそうにその手紙を受け取ると、そのまま読まずに握りつぶした。


「違いますよ。あんないい子だから、かかわらせちゃいけないんです」


 ウィンザードの表情はやはりあの時のように、悲しげで冷たかった。



ここまで読んでいただいてありがとうございます。


すこしでもいいなと思っていただけましたら、ブックマーク、高評価などしていただけますと、作者が喜びます。

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