第41話 その娘はあまりにも無邪気で、無防備で、純粋すぎたから…(2)
その男は集団のすぐ後ろに立って、困ったよう複雑な表情をしていた。
本当はずっと待っていたような気もする。
もうずっと長い間、待っていた。
すぐ目の前に、兄を殺した仇がいた。
この復讐をするために、男はここまで来た。
男がまだ小さい時に兄は死んだのだ。
目の前のこいつに殺されて…。
それなのに、男はまだ迷っていた。
なぜ?
暗殺。それは自分の得意分野のはずなのに。
私情など一切はさまずに任務を遂行する。
ましてや今回の標的は兄の仇だ。
それなのに、男はためらっていた。
知っていた。
本当はこれまでにもチャンスは幾度となくあったのだ。
それでも男はためらった。
それはあまりにも相手が無邪気で、無防備すぎたからだ。
初めて会ったときから、彼女はまったく警戒心など見せずに飛び込んできた。
見たこともないほど無邪気な笑顔で、逆に向こうから近づいてきた。
どうして?
1国の皇女、そこまでの重要人物なのに、どうしてそんなことができる。
仲良くなる、信頼させるのはあっという間だった。
いや、彼女は最初から疑うなんていう言葉すら知らなかった。
だから男には疑問が生まれた。
本当に彼女が兄を殺したのか?
本当に彼女に人が殺せるのか?
でも、彼女に兄が殺されたことは確かだった。
目撃者はたくさんいた。
光の魔法。そのせいで兄が死んだことは間違いない。
だから男は彼女に近づいた。
信頼させて復讐を果たすために。
それなのに、一緒にいればいるほどわからなくなった。
彼女はあまりにも純粋で、表裏がなかったから。
彼女に人を殺すなんてことができるはずがない。
迷っているうちに、相手が姿を消した。
あせって捜し求めて、ようやくここレシチアの町で彼女を見つけた。
大きな槍を抱えた強そうな男と、魅力的な女が一緒だった。
まだ迷いながらも、男は再び近づく方法を考えた。
でも、そんなことを考える必要すらなかった。
自分を見つけた彼女のほうから逆に飛び込んできたからだ。
そうこうするうちに一緒にいることになった。
そうなるように自分が仕向けたのだ。
彼女の本性を暴く。
兄を殺した真相を探るために。
でも、一緒にいればいるほどわからなくなった。
彼女に人を殺せるはずがない。
そんな思いはますます大きくなるばかりだった。
そんな折、組織からの指示が下った。
「早く皇女を抹殺せよ」
抵抗戦線。
それは自分が所属する組織で、彼女の国を壊滅させるための組織。
組織からの指示は絶対のはずだった。
それなのに、自分はまだ迷って手が下せなかった。
そんな自分に痺れを切らしたらしい。
組織は暗殺精鋭隊までよこして、抹殺をはかった。結果はうまくいかなかったようだが。
そして今夜。
彼女たちがバロンのもとへと向かったことは知っていた。
組織の情報網から聞いていたから。
そして、なぜだか彼女たちを心配している自分がいた。
なぜ?
兄の仇のはずなのに、どうして俺は彼女の無事を祈っている?
半分答えはわかっていた。
自分はすでに彼女のことが好きだった。
恋愛感情ではない。
ただ、裏表なく無邪気なその笑顔が好きだった。
こんな素直で無邪気な少女に人が殺せるはずがない。
兄を殺せるはずがない。
もう結論は出ていたのかもしれない。
それでも確かめたかった。
男は足に束ねた鎌を取り出した。
二丁鎌。
自分の暗殺道具。
その男、ファンサーガはゆっくりと鎌を高く掲げて構えた。
その目の前には前を向いたままのセシルがいた。
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