第39話 たとえ世界中のすべてを敵に回したとしても、ラーサだけは俺が守ってみせる…(5)
暗い大きな部屋の中。そこは大聖堂だった。
部屋の前方には、祭壇と大きな十字架。
床には赤いじゅうたん。
おそらく明日の結婚式のバージンロードだろう。
悪趣味な聖堂だとレニーは思った。
高い高い天井。
ランプも何もない。
上のほうに、黒いカーテンのかかった大きな窓が一つあるだけ。
ここにも、炎や光はどこにも見当たらない…。
バロンがゆっくりとレニーたちのあとを追いかけてきた。
「聖堂か。お前たちの死に場所には、いいかもしれないな。せいぜい天国に行けるように祈ることだな」
バロンがゆっくりとレニーたちを追い詰めていく。
セシルとラーサは、しっかりとレニーにしがみついて離れない。
バロンが闇の魔法を唱え始める。
「破滅陣」
バロンのまわりで、闇が膨れ上がっていく。
でも、レニーは落ち着いていた。
今日は満月の夜。
レニーは月を背にした状態から、バロンの屋敷の裏側へと回り、屋敷に侵入した。
つまり、満月は今、レニーの前方にあるはず…。
「セシル、光の魔法で対抗するんだ…」
「でも、この部屋にも、光の要素がありません」
「大丈夫さ。なあ、リリー」
レニーが竜を見て、それから黒いカーテンのかかった窓を見た。
それで竜には、通じたようだった。
「キュウイイ…」
竜が、空高く跳びあがってゆく。
カーテンごと、竜が窓をぶち破った。
その向こうには、白い月があった。
満月からの明るい白い光が、部屋の中へと入り込んできた。
セシルの表情が一瞬輝いて、それからすぐにセシルは呪文を唱え始める。
「光雨」
大きな闇と降り注ぐ光がぶつかって、建物すら揺らぐほどの轟音が響いた。
バロンのまわりの闇は、降り注ぐ光に打ち消されてゆく。
窓をつき破って、いったん外に出た竜が、再び部屋へと戻ってくる。
「そうだ…。いい子だ、リリー。そのまま、ブレス!」
レニーがつぶやくように言った。
竜が首を曲げたかと思うと、まっすぐにレニーに向かって炎を吐きだした。
十分な、あふれんばかりの炎。
レニーは魔法を唱えていた。
「炎爆」
竜の吐き出した炎が形を変えて、膨れ上がってゆく。
レニーは炎が一気に増殖して、目の前で爆発するイメージを描いて、集中した。
部屋に爆発音が響いた。
レニーたちの目の前で、炎の大爆発が起こった。
天井まで届きそうな大きな火柱。
それは小麦倉庫にまで燃え広がって、さらに爆発が起こった。
建物の屋根や壁の一部さえ吹き飛んでいく。
目の前に、文字通りの炎の海が広がっていた。
それはしばらくの間、燃え続けていた。
「覚えておくといい、バロン。最後に正義は必ず勝つんだ」
レニーの言葉は、おそらくバロンには聞こえていなかっただろう。
炎がおさまったとき、目の前には真っ黒になって倒れているバロンがいた。
「大丈夫かな?ちょっとやりすぎたかな?」
心配になったレニーに、セシルが答える。
「きっと大丈夫ですー。だって、すごい魔法使いは、魔法防御も強力なはずですから」
再び静かな時間が戻った。
屋根が吹き飛び、壁も崩れかかったバロンの屋敷。
空には大きな満月と、無数のきらめく星が広がっていた。
レニー、セシル、ラーサ、そして竜。
三人と一匹が、その場に残った。
レニーはゆっくりとラーサのほうへと歩いてゆく。
「レニー…」
ラーサは何も言わずに、抱きついた。
長い長い抱擁。
終わった。
すべて終わった…。
つぶやいたレニーにラーサが首を振った。
「まだ。まだ終わってない。だって、満月の夜、白いドラゴンに乗って迎えにきたオオカミさんのキスで、赤ずきんちゃんはお姫様に変身するんだから」
目の前のラーサは、瞳を閉じていた。
え?レニーは一瞬、迷った。
すぐ目の前に目を閉じて動かないラーサがいる。
これは…キス…するんだよな?
キスしなきゃいけない…よな。
レニーはキョロキョロとまわりを見て、途方にくれた。
それから決心したようにゆっくりと唇を近付ける。
あと少し。もう少し。
ほとんど唇が重なりかけたその時、ムードをぶち壊す、大きな声が響いた。
「ダメ!ダメですー!そんなことしたら、こうのとりさんが赤ちゃんを運んできちゃうんだから!」
セシルだった。
セシルが無理やり二人の間に、割り込んで、ラーサを突き飛ばした。
レニーもあわててラーサから少し離れる。
ラーサも目をあけて、苦笑するしかなかった。
「ありがとう、私のオオカミさん」
ラーサはレニーの頬に軽くキスすると、レニーから離れた。
それからレニーたちは、崩れた家の外に出て、宿への道をゆっくりと歩いて帰り始めた。
レニーの右手にはセシル、左手にはラーサ。
二人とも、腕をしっかりつかんだまま離さない。
「痛い!痛い!そんなに引っ張るんじゃない」
レニーの悲鳴も気にせず、二人は離れなかった。
まあ、いいか。
この程度の痛みですんだんだ。
幸せなほうだろう…。
レニーはそう思っていた。
読んでいただいてありがとうございます。
やっとひと区切り?1章も終わり???
いえいえ、もうしばらく、物語は駆け抜けていきます。
まだ解けていない謎、回収していない伏線、ありますよね。
少しでもいいなとか思っていただけましたら、ブックマーク、高評価、感想などいただけますと、作者が喜びます。