第38話 たとえ世界中のすべてを敵に回したとしても、ラーサだけは俺が守ってみせる…(4)
バロンの闇の魔法を食らって、レニーは一瞬、気を失っていた。
ぼんやりする記憶の中で、レニーの頭にはケインの横顔が浮かんだ。
ケイン…。お前、こんなに強かったんだな…。
頭の中で語りかけたレニーに、ケインが笑って答える。
あたりまえじゃないか。
何年、槍を振ってきたと思っているんだよ。
お前なんかに負けてたまるかよ…。
レニーが弱々しく答える。
ああ、俺は弱いな。
お前の代わりに最強の竜騎士になって、伝説になるはずだったのに…。
俺には、お前の代わりは出来ないみたいだ。
目の前のラーサさえも守れない…。
ケインが悲しそうに笑った。
何をお前らしくないことを、言ってるんだよ。
お前に俺の代わりができるわけないだろう。
お前はお前だ。
あきらめの悪い、炎の魔法使いレニーだ…。
そこで、レニーは意識を取り戻した。
「これが最後だ。お前は自分の意志で、俺のもとに戻ってくるんだ。それで、終わりにしてやろう。これ以上、誰も傷つかない。この男も、命だけは助けてやろう。それで、すべて終わりだ」
バロンの声が聞こえた。
ラーサが悲しそうな顔をしていた。
レミーが今までに見たことがないくらい、悲しそうな顔をしていた。
だからレニーは立ち上がった。
全身があちこち痛んだ。それでもレニーは立ち上がった。
槍を杖のようにして、なんとか立ち上がった。
「そんな…悲しそうな顔…するんじゃねえ…」
声を出すのもつらかった。
でも、言わずにいられなかった。
ラーサがあまりにも悲しそうだったから。
「俺の知っているラーサは…もっと楽しそうに笑っていた。もっときれいな笑顔をしていた。ああ、今はちょっと苦戦してるよ。でも、必ず守ってやる。絶対に助けてやる。だから、そんな悲しそうな顔、するんじゃねえ」
根拠なんてなかった。
でも、そう言って笑ってみせた。
「姫。今は少しだけ苦戦しているかもしれません。でも…必ずラーサのことは俺が守って見せるから。たとえ世界中のすべてを敵に回したとしても、俺だけはラーサの味方でいる。俺がラーサを守ってみせる…」
ラーサも無理に笑って、こっちに来てくれた。
服に血が付くのも気にせず、抱きしめてくれた。
長い抱擁。
ラーサは笑顔で泣いていた。
やがて離れると、レニーは持っていた竜の槍をラーサに渡した。
「ごめんよ。やっぱり俺にはケインの代わりは、出来ないみたいだ。俺は俺だ。自分のやり方で、ラーサを守ってみせる」
それからレニーはもう一度、部屋を見回した。
細長い部屋。
右手にドアが一つ。
天井に小さなランプ一つ。明るく火が燃えている。
部屋の隅に竜。
後ろにラーサとセシル。
前にはバロン。
バロンは完全に怒り狂った顔をしていた。
「この死に損ないが…。みんなで一緒に死ね!」
バロンが魔法を唱えていた。
闇がバロンのまわりに広がっていた。
「破滅陣」
レニーはあたりを見回した。
炎。
炎の要素が必要だった。
天井のランプの小さな炎。わずかな炎。
あれで対抗できるだろうか?
さらにバロンの周りの闇が深くなる。
レニーに迷っている時間はなかった。
やれるところまででも、やるしかない。
久しぶりの魔法だった。
もう魔法は使わないと、決めたはずだったのに…。
「炎爆」
レニーは集中して、わずかな炎を胸のうちに溜め込む。
炎は閉じ込めれば閉じ込めるほど、ますますその熱を内部に溜め込んで熱を急上昇させる。
まだまだ、もう少し。
ようやく十分な炎と熱になったところで、一気に増殖させ、その熱を開放する。
でも、バロンの深い闇が、すでにレニーたちを取り囲んでいた。
頼む。なんとか守ってくれ。
レニーは願いを込めるが、バロンの闇を打ち砕くには、炎が弱すぎた。
闇が炎を飲み込んでいく。
レニーは覚悟した。
とっさにラーサを抱き寄せてかばおうとした。
悪い、ケイン。俺にはラーサを守れなかった…。
バロンの作り出した闇がどんどん膨れ上がる。
やがて闇はレニーたちを直撃…するはずだった。
でも、その衝撃はいつまでたっても来なかった。
え?
レニーは目を開けた。まわりを見回した。
たしか炎が闇に飲み込まれて…。
それから光が見えて…。
光?
そう、あたりに広がった光がバロンの作り出す闇を打ち消していた。
レニーはその光がやってきた方向を見た。
そこにはセシルがいた。
「もう魔法なんて使わないと、決めていたのに…」
セシルは泣いていた。
光の魔法使いセシル、通称、純白のセシル。
レニーの頭にその名前がよぎった。
セシルの光の魔法がバロンの闇を打ち消したのだった。
「なんだよ。魔法を使えるなら、もっと早く使ってくれよ」
レニーがセシルに言う。
「そっちこそ。最初から魔法を使えば、よかったじゃないですか」
セシルも言い返す。
バロンはさらにすごい形相になって、再び闇の魔法を唱え始めていた。
これなら、勝てるかも…。
一瞬、レニーは期待を持った。
「セシル、二人で魔法で対抗するぞ」
でも、セシルは悲しそうに首を振った。
「残念ながら、もう無理ですよ」
「どうして?」
「だって、光の要素がもうどこにもありません。レニーだって、もう炎の要素はないですよね」
そうだった。
天井のランプのわずかな炎。
あれが最後の炎だった。
魔法は要素がなければ、使えない。
セシルの光の要素も、あのランプのわずかな光から、取り出したものだったのだろう。
炎も光もどこにもない。
バロンのまわりで、闇だけが膨れ上がる。
「レニー、あきらめて一緒に死にましょう」
セシルがレニーに抱きついてきた。
死ぬ直前だというのに、なんて緊張感のない声だ。
レニーはまわりを見た。
まだあきらめない。
あきらめられない。
考えろ!考えろ!自分に言い聞かせた。
レニーはセシル、ラーサの手を取ったまま、とっさに部屋の右手にあるドアを蹴破った。
「行くぞ!こっちだ」
ドアの向こうに、廊下が続いていた。
セシルとラーサの手を取って、ろう下を走りぬけようとして、レニーは止まった。
「ちょっと待ってて!」
レニーは再び部屋へと戻った。
レニーは部屋のすみで丸まっている竜を蹴とばした。
「ほら、リリー。お前も行くぞ」
竜も一緒になって、レニーたちはろう下を走りぬけた。
つきあたりの扉を、レニーは蹴破る。
扉の向こう。暗い大きな部屋へと、レニーたちは一丸となって転がり込んだ。
読んでいただいてありがとうございます。
少しでもいいなとか思っていただけましたら、ブックマーク、高評価、感想などいただけますと、作者が喜びます。