第37話 たとえ世界中のすべてを敵に回したとしても、ラーサだけは俺が守ってみせる…(3)
ラーサは声もなく、バロンに立ち向かうレニーを見ていた。
バロンの魔法が飛びかう。
その中をかいくぐって、レニーが槍を振り回す。
ラーサは兄のケインを思い出していた。
いつもこの槍を持って、振り回していたケイン。
この槍とともに、誰よりも果敢に走り回っていたケイン。
ケインが槍を使う姿は、幼いころから何度も見てきた。
違う…。
ケインはもっと速かった…。
ケインはもっと強かった…。
ケインはもっと鋭かった…。
兄は、ケインは今戦っているレニーよりも、もっともっとすごかったんだから…。
不意にケインが言っていた言葉を思い出した。
「槍とか剣で戦ったら、たいしたことないよ。でも、魔法はすごいんだぜ。あっという間に、炎の海を作り出してしまう。それに、頭がよくて、いつも冷静で、あきらめないんだ」
そう…。兄の親友は、魔法使いだったはず。
炎の魔法使いだったはず。
「どうして…?」
ラーサがつぶやいた。
ラーサは、バロンの魔法を受けて、それでも槍とともに突き進むレニーを見ていた。
バロンの魔法がレニーをかすめた。
「どうして…?」
ラーサのつぶやきが大きくなった。
バロンの魔法が直撃して、レニーが吹っ飛んだ。
「どうして?どうして魔法を使わないの…?」
ついに叫ぶように言ったラーサを、後ろからセシルが抱きとめていた。
「ダメ!それ以上、言っちゃダメです。男の人にはプライドっていうのがあるんです。だから、男の人が本気になったときには、女の子は信じて待つしか出来ないんです」
セシルは悲しげに言った。
目の前で、レニーがバロンの魔法をさらに受ける。
レニーは地面に頭を打ちつけて倒れた。
倒れながらも、かすかに体が動いている。
まるでもがいているようだ。
どうやら、立ち上がろうとしているらしい。
「レニー…」
ラーサが涙声になっていた。
バロンが一歩下がった。
それから、バロンはラーサのほうを見た。
相手を威圧するような、怖い顔をしていた。
「もういいだろう、ラーサ」
バロンが言った。低い声だった。
ラーサがこれまでに聞いたことのない、暗く恐ろしい声だった。
「これ以上続けてどうなる?もう分かったはずだ。俺は強い。誰よりも強い。だから、俺にはお前を迎える権利がある。お前には俺しかいないんだ」
いつもの自信に満ち溢れた、バロンの声だった。
それから、バロンは少し息をついて、ラーサをまっすぐに見て続ける。
「これが最後だ。お前は自分の意志で、俺のもとに戻ってくるんだ。それで、終わりにしてやろう。これ以上、誰も傷つかない。この男も命だけは助けてやろう。それですべて終わりだ」
「もしも、断ったら?」
ラーサが力ない声で聞く。
バロンは悲しげに首を振った。
「誰も助からない。その時には、ラーサ、お前も死ぬことになる」
ラーサの頭をいろいろな考えがよぎった。
もういい。
もう無理だ。
これ以上、意地を張ることはできない。
もう十分だ。
だって、レニーは私のことを助けに来てくれた。
私なんかのために、命がけで戦ってくれた。
これ以上、レニーに何を望むのだろう?
レニーは精一杯、私のために戦ってくれたんだ。
私がバロンのもとに戻れば、すべてが丸くおさまる。
これ以上、誰も傷つけることもない。もちろん、レニーも…。
そう、それでいいんだ。
だって一度はその覚悟ができていたはずなんだから。
一歩、二歩と前に進み出た。
覚悟は固まりつつあった。
ようやく、ラーサが何か言おうとした。
ちょうどその時だった。
もがいていたレニーが、ようやく立ち上がった。
全身、傷だらけだった。
あちこちの皮膚が裂け、血が噴出し、レニーは全身自分の血で赤く染まっていた。
それでも、レニーは槍を杖のようについて、なんとか立ち上がっていた。
「そんな…悲しそうな顔…するんじゃねえ…」
とぎれとぎれのレニーの小さな声。
レニーはラーサをまっすぐに見ていた。
「俺の知っているラーサは…もっと楽しそうに笑っていた。もっときれいな笑顔をしていた。ああ、今はちょっと苦戦してるよ。でも、必ず守ってやる。絶対に助けてやる。だから、そんな悲しそうな顔、するんじゃねえ」
ボロボロに傷ついて、それでもレニーはいつものような笑顔を見せて、言った。
「姫。今は少しだけ苦戦しているかもしれません。でも…必ずラーサのことは俺が守って見せるから。たとえ世界中のすべてを敵に回したとしても、俺だけはラーサの味方でいる。俺がラーサを守ってみせる…」
どうして?
どうして、この状況で、そんなふうに笑えるの?
ラーサはまた泣きそうになった。
でも、レニーの言葉を思い出して無理に笑顔を作って笑って見せた。
再びバロンの声がした。
「最後のチャンスだ!ラーサ、自分の意志で戻ってくるんだ」
ラーサはバロンを見た。それからレニーを見た。
もう迷わなかった。
だって、兄のケインが死んだあの時から、私は死に場所を探していたはずなんだから…。
レニーと一緒なら、バロンに殺されたって、こんな素敵なことはない…。
ラーサは、レニーのところまで、自分の足で一歩一歩、ゆっくりと歩いた。
死ぬかもしれないと知っていて、それでも出かけた兄ケインの最後の言葉が、不意に頭に浮かんだ。
「俺は行かなければならないんだ。あいつが待っているんだ。約束したんだ」
あの時、ラーサには分からなかった。
死ぬかもしれないと知っていて、それでも出かける兄の気持ちが分からなかった。
でも今、ようやくラーサにも分かった。
殺されるかもしれないと知っていて、それでもラーサはレニーを選んだのだ。
レニーがそぐすこにいた。
ラーサは傷だらけのレニーを、しっかりと抱きしめた。
満月の夜、私なんかのことを迎えに来てくれた、私だけのオオカミさん。
命をかけて、ここまで迎えに来てくれたレニー。
もう迷うことなんてなかった。
信じてる…。私のオオカミさん…。
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