第31話 満月の夜、白いドラゴンに乗ったオオカミさんが私のことを迎えに来てくれる…(1)
ラーサはベランダから、真っ白に輝く満月を見ていた。
戻ってきたラーサに、バロンはやはり前のように優しかった。
豪勢な料理が用意されていて、高価なワインも並んでいて…。
それからバロンは、ラーサに大きなダイアモンドのついた指輪を渡した。
婚約指輪だった。
もう一度、ラーサは満月を見上げた。
満月の夜、白いドラゴンに乗ったオオカミさんが、赤ずきんちゃんを迎えにやってくる。
私のオオカミさんは、バロンだった…。
もう決まったこと。
そう、それでいいんだ…。
結婚か…。
ラーサは、初めて結婚という言葉を口にした日のことを思い出した。
ラーサにとって、英雄はずっと兄のケインだった。
ケインはいつも強くて、優しくて、かっこいい、みんなのリーダーだった。
ケインは頭もよくて、ケンカも強くて、いじめられてるラーサを守ってくれる、たった一人の英雄だった。
物心ついた時には、もうラーサは兄のケインと、結婚すると決めていた。
まだ十歳になったばかりの頃。
ラーサは兄に言った。
「私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するんだ」
ケインは少し驚いて、それから答えた。
「でも、兄弟は結婚できないんだって」
「どうして?いやだ!ラーサは絶対、お兄ちゃんと結婚する…」
兄はしばらく困った顔をしていた。
それからも、ことあるごとにラーサは言い続けた。
「ラーサは大きくなったら、お兄ちゃんと結婚するんだ」
そのたびに、兄は困った顔で言った。
「だから、兄弟は結婚できないんだって」
ラーサは、その考えをあきらめることになった日のことをよく覚えていた。
それはよく晴れた、気持ちのいい日だった。
ラーサとケインは草原にいた。
ラーサはいつものように、必要以上にケインに抱きついていた。
「ラーサは大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになるね」
兄は悲しそうに微笑んで、それから力強く言った。
「ラーサ、ごめんな。兄弟は結婚できないんだって。でも、結婚なんかしなくても、兄弟はずっと兄弟なんだから。ずっとお前は、俺が守ってやるから…」
兄はまっすぐにラーサの目を見て、真剣な顔をしていた。
ラーサは、その言葉が本気で、もう揺るがないことを悟った。
それでも兄のこの言葉に、ラーサは安心した。
「ずっとお前は、俺が守ってやるから…」
その日から、ラーサは「お兄ちゃんと結婚する」と言わなくなった。
お兄ちゃんとは兄弟なんだ。
結婚なんかしなくても、ずっと私のそばにいるんだ。
そう思うようになっていた。
ちょうどその頃だった。
兄は軍学校に通い始め、家でもその話をよくするようになった。
なかでも、真っ赤な髪の毛の魔法使い。
親友だという、その魔法使いの話をする時、兄の目は輝いていた。
「ねえ、お兄ちゃん。その魔法使いさんって、お兄ちゃんより強いの?」
ある日、ラーサは兄に聞いた。
「いや、槍とか剣で戦ったら、たいしたことないよ」
「なんだ…」
「でも、魔法はすごいんだぜ。あっという間に、炎の海を作り出してしまう。それに頭がよくて、いつも冷静で、あきらめないんだ」
「へえ…」
それからも、軍学校の演習。テストの結果。模擬戦闘でのこと。
兄はいろいろなことを話してくれた。
そのうちに、ラーサの頭にも、その魔法使いの姿がばくぜんと浮かぶようになった。
「ねえ、お兄ちゃん。私、大きくなったら、その魔法使いさんと結婚する」
ある日、ラーサは兄に言った。
兄は少し驚いたようにラーサを見て、それから答えた。
「ああ。それなら、ちゃんと気に入ってもらえるように、ラーサも女の子らしくしなきゃな」
それからラーサは女の子らしさを求めて、おしゃれに気を使うようになった。
毎日のように、かわいい服を見に行った。
化粧も覚えた。
鏡の前で、笑顔の練習をしたこともある。
満月の夜、白いドラゴンに乗ったオオカミさんに、迎えに来てもらうんだ…。
レオネシア大陸ベストセラー、「赤ずきんちゃんの絵本」は、ラーサにとってもバイブルだった。
いつしか私を迎えに来る、まだ見ぬ魔法使いさん。
その姿を思い浮かべて、幸せに暮らした。
ちょうど大陸は平和な時で、ラーサとケインは幸せな時間を過ごしていた。
しばらくシリアスが続きますこと、宣言しておきますね。
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