第3話 ただの「通りすがりの女の子」が金貨・銀貨をそんなにザクザク持ってるはずがないっ!
「ひどーい!女の子を殴る男は最低ですー!」
セシルが頭を押さえながら、涙声で言う。
「いや、命よりも大切だって言っている槍を、あっさり売り渡そうとするほうがよっぽどひどいと思うぞ」
「だって、世界にひとつしかない、幻の剣が手に入るって…」
「だからそれがウソなの。だまされてるの。ああ、もういい。俺の目の前を離れるな!」
セシルのすぐ後ろを、レニーは槍を構えて歩いていた。
商人がセシルに近づこうとするや否や、槍で追い払うためだった。
怖い顔をしたレニーが後ろで槍を構えているのを見て、さすがに商人たちも寄ってこなくなった。
空にはさんさんと赤い太陽が輝いている。いいお天気だった。
しばらくして、二人はようやく目指す町、レシチアへとたどり着こうとしていた。
レオネシア大陸の中心にあるレシチア。
小麦の生産が盛んで、食料にあふれた活気のある町だとレニーは聞いていた。が、なぜだか町からは活気が感じられない。
ところどころ家からかすかな煙が上がっているのみ。
静まり返った町の様子にレニーは首をかしげる。
「なんだか静かな町ですね」
レニーの心を見透かしたかのように、セシルが言う。
「うん。もっと活気のある大きな町だと思っていたんだけどな」
「レニーはどうしてこの町に来たんですか?」
「セシルは何をしに来たんだよ?」
「私はただの通りすがりの女の子ですから。行くあてもない旅の途中にふらふらと寄っただけです」
レニーは絶対ウソだと思いながらも、あいまいにうなずく。
「俺は強いやつを探しに来たんだ」
「強いやつ?戦士ですか?」
「いや、戦士でも魔法使いでも誰でもいい…」
あの大戦からもう五年…。
そう、それは、五年前におきた「アスカルトの戦い」。
レオネシア唯一の軍事大国ダーラ帝国。
南にある野心的な国で、あの時も一万をも超える軍隊を編成して、大陸制覇を掲げて攻め入った。
ダーラ帝国のすぐ北にある小さな国アスカルト。
その軍備は千にも満たない小さなもので、ダーラ帝国に踏みつぶされるのは時間の問題だ、と誰もが思っていた。ところが…。
その小さなアスカルトが驚くほどの健闘を見せて、ダーラ帝国に壊滅的なダメージを与えたのだ。
あっという間に兵隊を減らしたダーラ帝国は、一時的に平和条約を結んで撤退するしかなかった。
もちろん、アスカルトのほうも壊滅的なダメージを受けていた。
それでも、ダーラ帝国の侵略で、大陸中が戦争に巻き込まれるはずが、最初の戦いで戦争は終わったのだった。
ダーラ帝国を退けたアスカルトの戦いは今でも「大陸を救った勇者たちの伝説」として人気が高い。
なかでもアスカルト司令部の竜騎士と魔法使い。
二人の英雄の名声は大陸じゅうにとどろいていた。
あの戦いで、多くの戦友が死んだ。
そして今。また、ダーラ帝国は軍備を確実に増強している。
レニーはもう戦いたくない。
でも、自分の国は守らねばならない。
ということで、レニーは大陸の中心部にある大きな町、レシチアへと強い傭兵を求めてやってきたのだった。
二人はどうにか町の中心部までやってきた。レニーは町の広場にて、立て看板を掲げた。
「挑戦者募集!
強いやつ、求む
俺に挑戦して勝てたら、一万ペニー進呈する」
レニーはセシルから預かった金を返して、竜の槍を取り戻していた。
ウォーミングアップに槍を構えて、振り回してみる。
が、レニーはあたりの町の様子を見て、首をかしげた。
そんなレニーに同調するかのように、セシルがつぶやいた。
「でも、強そうな人なんていないですねぇ。なんだかおじいさんと女の人ばっかり」
そのとおりだった。まだ外は明るい。
でも、外に出歩いている屈強そうな男は一人も見かけない。
とぼとぼと歩いている老人がやたらと目についた。
やがてレニーたちを見て、何人かの男…といってももうかなりの年ではあったが…が、立て看板を見て集まってきた。
「この一万ペニーくれるというのは本当かね」
一人の男が聞く。
「ああ、俺に勝てたらな」
言いながら、レニーは絶対にそんなことがあるはずないと分かっていた。
年寄りばかり…。ひどいのになると腰も曲がって、歩くのがやっとといったところだったからだ。
「よし。わしが挑戦しよう」
一人の男が言った。中ではまだ若い方だが、それでも六十歳は過ぎているだろう。
「やめてくれ。無理だって」
レニーがあわてて答える。
冗談じゃないぞ。戦う前からぽっくりいってしまいそうじゃないか。
いくらなんでも目の前で死なれたら寝覚めが悪い。
「いや、やるんじゃ。一万ペニー手に入れるんだ」
「その前に死んだらどうにもならないだろ」
「どうせこのまま生きていても、金がなくて飢え死にするしかないんだ。やらせてくれ。ここで死ねるなら本望じゃ」
なんだなんだ?
レニーは本気で困っていた。
男はその辺に転がっていた棒切れを持って、レニーに挑んできた。
レニーはひょいと軽くかわす。
それだけで男は息が上がって、立ち上がれなかった。
「じいさん、無理だって。もういいだろう」
「いやじゃ。一万ペニー手に入れるんだ」
苦しそうな表情で、それでも立ち上がろうとする男。
「わかった。わかった。やめてくれ。百ペニー渡すから、もう無理しないでくれ」
「本当か?」
急に男の目が輝いた。
結局レニーは百ペニー渡して、男に引き取ってもらったのだった。
まったく。なんだっていうんだ。
何で俺が金を払わなきゃいけないんだ?
でも、レニーの災難は終わらなかった。
それを見ていた別の老人たちがずらっと並んでいたのだ。
「わしらも挑戦するぞ!」
なかには立つことでさえやっとのおじいさんまでまざっていた。
「ええい!いいかげんにしてくれ!」
「わしらも金を手に入れるんじゃ」
レニーは怒って声を張り上げるが、老人たちも一歩も引かない。
「どうして?わしらも挑戦するんじゃ。わしらも金を手に入れるんじゃ」
結局レニーは百ペニーずつ払うしかなかった。
いったいなんなんだ?
俺はお年寄りにお金を恵むためにここまで来たのか?
レニーは笑うしかなかった。
「なあ、この町には若い男はいないのか?」
最後の老人に百ペニー払いながら、レニーは聞いた。
「ああ。若い男は、みんなバロン様の農園へ働きに出ておる」
レニーは、来る途中の広大な麦畑を思い出した。
「あの大きな小麦畑のことか?」
「そうだ。あれはバロン様の農園なんじゃ。バロン様は、この町をすべて取り仕切っていて、動ける男はみんな駆り出されている」
どうりで年寄りと女ばかりだと思った。活気がないわけだ。
でも、村中の男を駆り出すバロンというのは何者だろう?
レニーはバロンという名をどこかで聞いたような気がした。でも、詳しくは思い出せない。
金を受け取った老人たちはさっさと帰っていった。
収穫、ゼロ。いや、かなりの金をむしりとられて大幅なマイナス。ついていない。
セシルは広場の隅のベンチから、そんなレニーを見ていた。
レニーはため息をついて、その場を離れようとして、ぎょっとした。
「僕たちも挑戦するんだ!僕たちも金をもらうんだ」
気がつくと、広場にはまた行列が出来ていた。
今度は子供ばかり。
十歳から十五歳ぐらいまで。さっきの老人たちを見ていたのだろう。
年寄りの次は子供?レニーは頭を抱えた。
「お前ら、いい加減にしろよ」
「僕たちも挑戦する!お金をもらうんだ」
レニーはあ然として、言葉もなかった。困った様子で逃げ回りながらも、ふと思った。
まあ、さっきの老人たちと違って、子供ならすぐに死んだりすることはあるまい。
レニーはにやりと笑った。
「よし、相手になってやろう!」
レニーは容赦なく子供たちに襲いかかった。
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