第29話 「悪い魔法使いを倒して、この町に平和を取り戻すんです」なんて、そんなに簡単に言うんじゃない!
「これが、アスカルトの戦いのすべてだ…」
話し終わっても、レニーの目から涙が止まらなかった。
セシルは気付かないふりをして、窓の外を見ていた。
レニーはすぐ目の前の机に置かれた、二つのお守りを見ていた。
ひとつはケインが最後にくれたものだ。
「ケイン」の文字が刺繍してある。
ケインは、それが妹が作ってくれたものだと言った。
そして、もうひとつ…。
ラーサがレニーのカバンに置いていったもの。
「レニー」の文字が書かれていた。
そう…。
どうして気付かなかったのだろう?
ケインの妹…それがラーサだった。
ケインはかわいくて、おしとやかで、上品な妹だと言っていた。
人見知りして、男の人とはろくに話も出来ない妹だと言っていた。
まったく…。
ウソつきめ。
でも、たしかに、ラーサはあいつの形見の「竜の槍」のことを気にしていた。
ラーサはレニーが魔法使いだと思い込んでいた。
ラーサは「正義は勝つ」などと、バカげたことを信じていた。
それがケインの口癖だったから…。
でも…。
ラーサはバロンのもとへと行ってしまった。
なぜ?
たぶん、バロンに負けたレニーの弱さに、愛想をつかした。
あるいは、魔法を使わないレニーに、違うと思いこんでしまった。
どちらにしても…。
レニーはラーサを守れなかったのだ。
ケインと約束したくせに、何も出来なかった…。
レニーは悲しげなラーサの笑顔を思い出した。
レシチア新聞の、バロンと一緒の写真。
違う。ラーサの笑顔はあんなものじゃない。
ラーサはもっと楽しそうに笑った。心から楽しそうに、笑っていた。
レニーは立ち上がって、セシルの隣りから、窓の外を眺めた。
真ん丸な白い月と、無数の黄色い星が美しく輝いていた。
美しい空だ。
ちょうど、あの日のように…。
「行かなきゃ…」
レニーがつぶやいた。
となりでセシルがうなずいた。
何の話だか分かったらしい。
レニーは部屋に置いてあった槍を手にした。
竜の槍。
ケインの残した形見。
「待ってください。私も行きますー」
セシルが、立ち上がっていた。
「え?セシルも行く?何をしに行くか、分かっているのか?」
「知ってます。悪い魔法使いを倒して、この町に平和を取り戻すんですよね」
「いや…。まあ、それほど間違ってはいないけど…」
「わくわくしますね。正義の味方かあ…。一度、やってみたかったんです」
いつもの夢見がちな瞳は、完全に妄想に入り込んでいる…。
うーん、ちょっと違うような…。
いいのかなぁ?
レニーは少し戸惑っていた。
セシルはあわてて出かける準備をしながら、レニーに言う。
「それに、私がいないと、バロンのところまでたどり着けないですよ」
「どうして?」
「だって、どうやってバロンのところまで行くつもりですか?歩いて行ったら、明日の朝までに、たどり着けませんよ」
「じゃあ、セシルはどうやって行くつもりなんだよ?」
「簡単です。リリーちゃんに乗っていけばいいんです。それならすぐです。リリーちゃんは、私の言うことなら、ちゃんと聞いてくれますから」
レニーは、あの性格の悪そうな竜の顔を、思い出した。
ものすごく気は進まなかったが、他に方法はないようだった。
「竜騎士ケインに、紅のレニーかあ。やっぱりかっこいい!キャー!」
準備をしながら、不意にセシルが言った。
「どこで聞いたんだよ、そんな名前を…?」
「私は勇者マニアで、レオネシア勇者カードもコンプリートしましたから。当然、知ってますよ。アスカルトの戦いで国を救った二人の若き英雄。竜騎士ケイン、通称翠玉のケインと、炎の魔法使いレニー、通称紅のレニー。ただでさえ最強レベルに強いのに、二人そろうと攻撃力も防御力も飛躍的に上がるんです」
レオネシア勇者カード。
この大陸の勇者たちがカードになったもので、人気のコレクションだ。
カードには英雄の絵とともに、攻撃力、防御力、魔力などのステータスや特殊能力などが書いてある。
「二人とも全部でたった9枚しかないウルトラレアカードの人物ですよ。しかも紅のレニーなんて、魔力90オーバーで『逆転』の特殊能力まで持ってるくせに、知力まで90オーバー!ずるーい!チートですよね。でも、今回はたくさんすごい勇者にあえてうれしいな。ウルトラレアと言えば、紅のレニー、翠玉のケイン、暗黒のバロンでしょ。あとは透明のロミー、閃光のゼノ、極冷のエリオス、虚無のシーラ、全神のオルテウス…。ああ、早く会えないかな…」
おいおい。数が合っていないぞ。
レミーは心で小さくつっこみを入れる。
ウルトラレアカードになった9枚。
レオネシア大陸では有名な英雄たちだ。
でも、セシルが挙げたのは8人。
残ったあと1人。その名前もレニーは思い出していた。
最後の1人。
それは若干10歳そこそこにして光の魔法を操り、かつて天才魔法使いと呼ばれた北の国の皇女だった。
その後、突如として、表舞台から姿を消してしまった少女。
魔力90オーバーだが、知力がたったの7しかないその女の子。
光の魔法使いセシル。通称、純白のセシル。
それが9人目の英雄の名前だった。
ようやく準備を終えて、やってきたセシルの顔を、レニーはじっと見る。
「え?どうかしましたか?」
「いや、別に…」
2人は部屋の明かりを消して、外に出る。
ドアを閉める時、セシルがぽつりとつぶやいた。
「でも、アスカルトの戦いからもう5年ですね…」
「ああ…」
レニーは突然のセシルの言葉に、あいまいに答える。
「5年、ずいぶん長い年月ですよね…。だったら、もうそろそろ忘れてもいいころかもしれません…」
ときどき見せる、大人びたセシルの横顔。
5年。たしかに長い年月だった。
でも、セシルの言うように簡単に忘れられるはずなどないことも、レニーはよく知っていた。
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