第28話 何も出来なかった俺のことを、英雄だなんて呼ぶんじゃねえっ!(5)
ようやくたどり着いた平原。
そこはまさに地獄絵図と化していた。
血みどろになって倒れている人、人、人。
切り刻まれた竜も混ざって、あたり一面、真っ赤に染まっていた。
動ける人など残っていない。
折り重なるように倒れた兵士ばかりだった。
そんな戦場の真ん中。
やはり真っ赤に染まった一人の男が立っていた。
槍を杖代わりにして、ようやく立っているその男。
「よう、遅かったじゃねえか」
頭からつま先まで、全身血で真っ赤に染まりながらも、その男はそこに立っていた。
今にも消えてしまいそうな弱々しい声。
それは確かに聞き覚えのある声だった。
竜騎士ケイン。
間違えようがなかった。
ケインが生きていた。
あちらこちらから血がふき出して、満身創痍。
立っているのが精一杯、いや、生きていることさえ不思議な状態だった。
「お前が戻ってこないから、相手を全員やっつけてやったぜ。どんなもん…だ…」
そう、草原には当たり一面血みどろになって倒れた敵の兵士たちの山。
本当にこの男は10倍近い敵を、すべてなぎ倒してしまったというのか?
そうなのだ…。
だから、ダーラも休戦条約を結ばざるを得なかったのだ。
大部隊をケインたちに殲滅されて、もう戦える兵はいなくなってしまったから。
「分かっただろう。俺はお前が思ってるよりずっとずっとすごいやつなんだって」
「もういい、しゃべるな。そこに寝ろ」
知っていたよ。
お前がどれほどすごいやつなのかなんて、とっくの昔から知っていたよ。
だから、もうしゃべらないでくれ。
今は少しでも、体を休めてくれ。
レニーはケインの手当てをしようとした。
どこから手をつけていいのかも分からない大ケガ。
血で染まった体。
ケインはわずかな動きでそれを制した。
「いいよ。座ったら二度と動けない。いや、今すぐにでも意識が飛びそうだ。だから、このまま話していたい」
レニーはそのまま血にまみれたケインの体を抱きしめた。
「戦争は終わったよ。これだけの死者を出したダーラはもう戦いを続けることができなくて、休戦条約を申し出た」
「そうか…。よかったな。だから言ったじゃないか。『必ず正義は勝つんだ』って。お前の力だ。お前の戦略勝ちだな」
違う…。
俺の戦略なんて何の役にも立たなかったんだ。
すべてお前の力だよ。全部、お前のおかげだよ。
ケインの体が重くなった。
力が抜けていくのが分かった。
「ありがとう…ありがとうな」
レニーが言えたのはそれだけ。
「こっちこそ。お前のおかげで楽しかったぜ。本当ははもう少し楽しみ続けたかったけどな」
どんどんケインの体が重くなる。
レニーは必死でその体重を支えた。
この手を離せば、もうケインは帰ってこない。そう思ったから…。
「じゃあな…。もうダメらしい。そうだ、妹のことをよろしくな」
分かった。
全部分かったから、じゃあななんて言わないでくれ。
ケインの体から完全に力が抜けた。それでもレニーはその体を支え続けた。
どれくらいの時間がたったのだろう?
気付かないうちにレニーはその場に座り込んでいた。
いつの間にか夜になっていた。
白く真ん丸な月が輝いていた。
無数の星が美しく輝いていた。
すぐ横にはケインの遺体があった。
レニーはその体を持ち上げると、アスカルトのほうへと歩いていった。
背には血にまみれたケインの槍。竜の槍。
レニーはアスカルトにてケインの墓を作り、その遺体を自分で丁寧に埋めた。
ごめんな。
それからありがとうな。
ケイン…。そのうちに俺もそちらに行くから、そうしたらまた一緒に二人でつるもうな。
その日から、その瞬間からレニーは魔法を捨てた。
代わりにケインが持っていた竜の槍を使って、槍の練習を始めた。
今度戦争が起こったときには、自分がケインの代わりになれるように。
自分が生贄となって、仲間を、国を守れるように…。
そして最強だったあいつの槍を受け継ぐために…。
しばらくシリアス展開が続きました。
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