第26話 何も出来なかった俺のことを、英雄だなんて呼ぶんじゃねえっ!(3)
夜になっていた。
「最高の作戦だな。感謝するぜ…」
出来上がった作戦を見て、ケインはたった一言、そう言った。
バカか…。
この作戦の意味が、分かっているのだろうか?
レニーは苦い顔だった。
残ったアスカルトの軍、およそ400人。
そのうちのたった50人で、この場所を守る。
そう…。
3000人以上のの敵がやってくるこの場所を、わずか50人で守る。
はっきり言えば、生贄だった。
敵の総攻撃に、ほんのわずかな人数で立ち向かう。
もちろん、勝てるわけなどない。
全滅することは覚悟していた。
それでも、時間を稼ぐ必要があった。
そして…。
それができるとすれば、ケインしかいなかった。
魔法使いでは乱戦に持ち込めない。
兵力差はどうにもできない。
圧倒的な兵力差。
それでも乱戦に持ち込んで暴れられるとしたら、それは機動力に優れ接近戦に強い部隊。
つまり竜騎士部隊だった。
ケインを見殺しにして、この場で時間を稼いでもらう。
その間に、レニーはダーラ帝国の城まで攻め込む。
敵がアスカルトに攻め込む前に、レニーがダーラ帝国の城を占拠できれば、勝てるかもしれない。
そこまでいかなくとも、敵の城を脅かせば、戦争をやめる交渉もできるかもしれない。
でも、レニーはそんなに簡単にいかないことを知っていた。
敵の城だって、守りは堅い。
そんなにすぐ攻め落とせるものじゃない。
でも…。
他に方法はなかった。
「悪い…。本当は…俺がこの場に残りたかった…」
レニーがうつむいて言った。
ウソじゃない。
明日にはこの場所は地獄と化す。
それならば、自分がここにいるべきだと思ってた。
だけど…。
「おいおい。魔法使いに、そんなことができるはずないだろう。これは騎士の役割だ。俺の仕事だ。敵の大軍を相手に、乱戦に持ち込んで、一人で千人の相手をする。これは俺の最高の晴れ舞台じゃないか…」
そうなのだ。
魔法はそうそう連打できるものではない。
魔法使いは、最初は敵を追い返せても、すぐに取り囲まれて終わる。
竜騎士ならば、戦場を駆け抜けながら、体力の続く限り、大軍と渡り合える。
もちろん、3000人もの大軍相手に、勝てるわけはない。
でも、時間は稼げる…。
「悪い…」
レニーは謝るしかなかった。
「おいおい。俺は感謝してるんだぜ。戦いのクライマックスで、最高の舞台と役割をくれた。こっちが礼を言いたいくらいだよ」
ケインは、その場にあおむけに寝転がった。
星のきれいな夜だった。
真ん丸な満月の白い光にまじって、黄色い星が無数に輝いていた。
レニーも、その場にあおむけになった。
昔は二人して、よくこうやって夜の空を見ながら、話をしたものだった…。
「軍学校で演習が終わった夜、よくこうやって二人して空を眺めていたよな…」
ケインも同じことを考えていたらしい。
「ああ…。演習でも先頭切って、次々と手柄を立てるケインを、ずっとかっこいいと思ってみてた」
「よく言うぜ。こっちは学科でカンニングさせてもらったり、ずいぶんお前には世話になった。戦略、魔法理論、レオネシア史…。学科は全部お前がトップだったじゃないか」
二人ともしばらく黙っていた。
たぶん、同じことを考えているのだろうと、レニーは思った。
ずっといた軍学校での楽しかった思い出…。
ケインとはいつも一緒にいた気がする。
「あ、そうだ。お前に持っていてほしいものがあるんだ…」
不意に、ケインは胸のポケットから何かを取り出した。
それはかわいい花のついたお守りだった。
すみに小さく「ケイン」の文字が入っていた。
「これは?」
「ああ、幸運のお守りだ。この戦争に出かける時、俺の妹がくれたものなんだ。これを、持っていてくれないか?」
レニーはそのネックレスを受け取る。
レニーはケインがよく妹の話をしていたことを思い出した。
「ケインの妹か…。今、何歳になったんだっけ?」
「15歳。お前より一つ下だな」
「かわいいか?」
「ああ。兄の俺が言うのも変だが、それはもうかわいくて、美しくて、上品で、おしとやかで…」
「本当かよ?ケインの女の子を見る目は、あてにならないからなあ…」
「本当だよ。これは誰が何と言っても、絶対に譲れない」
「じゃあ、軍学校にいたレナと、どっちがかわいい?」
「断然、妹だね。ちょっとおとなしくて、人見知りするのが問題なんだが…。おかげで、男とはろくに話が出来ないんだ。でも、かわいさ、きれいさ、性格の良さ。すべて完ぺきだよ。俺が保証する」
そこまで言うので、レニーはケインの言うことを信じることにした。
そういえば、レニーはケインの妹に会ったことはなかった。
「妹は、昔はよく『大きくなったら、お兄ちゃんと結婚する』って聞かなかったんだ。でも、『兄弟は結婚できないんだ』って、俺が何度か言っているうちに、ようやくあきらめたらしい」
ケインのかわいい妹の様子が、レニーにも想像がついた。
「それで、俺が家でよくお前の話をするようになって、今度は『その魔法使いさんと結婚する』って、言い始めた」
「光栄だな」
「そんな軽い話じゃないぞ。妹は今でも『その魔法使いさんと結婚する』って、本気で言い続けているんだから…」
「お前の言う通り、その妹さんがかわいくて、美しくて、上品で、おしとやかなら、喜んで引き受けるよ」
「ああ、よろしくな。俺がいなくなっても、ちゃんと守ってやってくれ」
レニーには、答える言葉が、見つからなかった。
「お前がいなくなる?そんなことはありえないさ」と笑い飛ばしたかった。
でも、出来なかった。
ケインはこの戦争で、死んでもおかしくない。
いや、おそらく生きていられないことを、レニーは知っていたからだ。
もう一度、レニーは空を見た。
美しい空だった。
レニーは今日のこの空を、ずっと忘れないだろうと思った。
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