第25話 何も出来なかった俺のことを、英雄だなんて呼ぶんじゃねえっ!(2)
それからも、アスカルトの軍はダーラに対して、何度も奇襲を仕掛けた。
兵力の差は圧倒的だった。
だから正面からぶつかったら勝ち目はない。
常に身を隠しながら、奇襲を繰り返しては逃げる。
ヒット&アウェイ。それがレニーの立てた作戦だった。
味方のみんなもよく動いてくれていた。
魔法使い、騎士、剣士…。それぞれが自分の力をおもいっきり奮っていた。
今のところ順調だった。
右から、左から、後ろから…。
アスカルトの軍は、突然あらわれては消える。
ダーラの軍はかなり減っていた。
もちろん、味方に全然被害がなかったわけではない。
味方の兵も、すでに半分以上が死んだり、負傷して動けなくなったりしていた。
これが戦争なのだ。
敵だけが消耗するような、都合のいい戦争はない…。
それでも、相手のほうが被害ははるかに大きかった。
最初の圧倒的な兵力の違いにもかかわらず、このペースでいけば、何とか互角の戦いに持ち込める。レニーはそう思っていた。
しかし…。
ちょうどそんな時だった。
偵察に出ていた竜騎士のひとりが帰ってきて、レニーに告げた。
「敵は残った兵をすべてまとめて、まっすぐにこちらに向かっています」
それを聞いた瞬間、レニーは凍りついた。
最悪の展開。
相手がチョロチョロと動き回るこちらに合わせて、戦い続けてくれるのがベストだった。
まともに戦っては、アスカルトに勝ち目はない。
「敵はどれくらいでここに着く?」
「明日の日中には到着するでしょう」
「相手の兵力は?」
「おそらく3000人くらいかと…」
終わった…。
レニーに、もう、打つ手はなかった。
こちらの兵はもう400人程度。
こちらが身を隠したら、おそらく敵はまっすぐにアスカルトの国内へと攻め込む。
そうすれば、負けは決まってしまう。
真正面からぶつかって止めるしか方法はない。
でも、それは圧倒的な相手の兵力に、そのうち踏みつぶされるだろう。
どうする?無理だ。
もうなすすべはない。
レニーは報告してくれた竜騎士を引き取らせた。
それから一人で頭を抱えた。
長い時間、レニーはひとりきり、そのまま動かなかった。
「なんて顔してやがるんだよ」
聞きなれた声がした。ケインだった。
「そんな悲惨な顔するんじゃねえ。お前には似合わないぞ」
レニーにとって、そんな問題ではなかった。
レニーは顔色を変えて、ケインに詰め寄った。
「似合う?似合わない?そんな話じゃないぞ。敵が総力をあげて、ここを襲ってくるんだぞ」
「ああ、聞いたよ。残った3000人がまっすぐ襲ってくるらしいな」
相変わらずのんきなケインに、レニーはいらだった。
「どうするんだよ!こっちは400人もいないんだぞ。しかもケガしてる奴も多い…。このままだと全滅するぞ!」
「ああ…」
「ああ、じゃないぞ。正面からぶつかったら、勝ち目なんてないんだ。それなのに、なんでそんな平気な顔していられんだよ?」
レニーは今にもケインにつかみかかりそうな勢いだった。
ケインは一瞬、悲しそうな表情を見せて、それからまっすぐにレニーを見て言った。
「それは、お前を信じているからだろうな」
レニーの動きが止まった。
ケインは襟をつかんだレニーの手を、ゆっくりと振りはらって続ける。
「俺だけじゃないぞ。みんなお前を信じてるんだ。だから、そんな顔するんじゃねえ。もともとこの戦いは、圧倒的な負け戦のはずだったんだ。1万人を超えるダーラの軍。1000人もいないアスカルト。一瞬で踏みつぶされる戦いだったんだ」
ケインは一息おいて、レニーを見た。
レニーは少しだけ落着きを取り戻していた。
「でも、ここまで互角。いや、それ以上の戦いだ。お前が立てた奇襲戦。それで互角以上の戦いだ。よくやってるじゃないか…。お前のおかげで、ここまで戦ってこれた。だから、みんなこれからも戦っていけると信じてる…」
「でも、もうおしまいだ。向こうはまっすぐに、決戦に来た。もう小細工は出来ない…」
「ああ…。そうかもな。でも、そうだとしても、お前はそんな顔してちゃいけない。あきらめちゃいけない。だって、みんなお前を信じているんだから。きっとまた新しい作戦を立てて、勝てると信じてる…」
「バカ言うんじゃねえよ。もう何もないぞ。このままダーラの大軍に踏みつぶされて終わるんだ…」
「お前がそんな事を言ったら、俺たちは何を信じて戦ったらいいんだよ?」
ケインが激しい口調で続ける。
「わかってるよ。絶望的なんだろう。知っているさ。でも…。それでも、お前は勝てると信じて戦う。勝てる作戦を作る。たとえそれが、どんな無謀であったとしても、どんなウソであったとしても、だ。お前が崩れたら、この軍は終わりだ。みんな怖いんだよ。でもお前を信じて、戦ってきた。これからも戦えると信じている。だから、お前はそんな顔をするな。絶対勝てるって顔して、戦い方を考えるんだ」
それから、ケインは少し穏やかな表情に戻った。
「なーに。死ぬかもしれない。本当はこの戦争がはじまったときから、そんなことは知っていたさ。みんな心の底では、それくらいのこと、覚悟していたさ。だったら、勝てる夢を見て、最後まで戦いたいじゃないか。たぶん、次で最後の戦いになる…。できるだけ派手に暴れて、終わりにしたいな…。最後に花火を打ち上げる。そんな派手な作戦を、よろしく」
まるで他人事みたいに、ケインはレニーに言った。
涼しげに笑っておどけてみせた。
だから、レニーも無理に笑ってみせた。
ここで自分が崩れたら、全員が恐怖に耐えられなくなることに気づいたからだ。
たしかに、ここにいるみんなの目はあきらめていなかった。何かを信じている瞳だった。
それならば、レニーも勝てると信じるしかないのだ。
たとえ、それが幻であったとしても…。
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