第23話 少しだけ昔話をしてもいいかな。それは5年前、竜騎士と魔法使いの二人が主人公となるお話…
また夜が来た。
ラーサのいない夜だった。
「やっと二人きりで眠れますね、レニー」
セシルがいつもの無邪気な顔で、おもいっきり誤解されそうなことを言う。
「えっと…。あのー…。僕もここにいるんですが…」
申し訳なさそうな声がした。
ファンサーガだった。
ファンサーガが、もう一つのベッドに横になっていた。
セシルがキッとファンサーガをにらむ。
「なによ。どうしてそんなところにいるの?ちゃんと気をきかして、夜の散歩にでも、出かけなさいよ」
「そんな…。ケガしてるんだから、無理ですよ」
「ダメ!せっかく、今夜はレニーと二人きりの夜なんだから。はやく消えなさい!」
かわいそうに…。
レニーはちょっとファンサーガに同情した。
「消えろって言われても…。僕はまだケガをしているんですから。無理ですよ…」
泣きそうな声で答えるファンサーガ。
セシルは少し困った顔をしていたが、やがて不気味な笑いを浮かべた。
「そうよね、ファンサーガ。いきなり消えろと言われても、無理よね。じゃあ、私が存在を消せるように協力してあげるね」
「え?」
セシルは笑顔でファンサーガのベッドに飛び乗った。
そのままファンサーガの後ろに回って、スイーパーホールドでファンサーガの首を締めあげた。
「え?ちょっと待って!セシル様。なに…?やめて!やめて…」
締めあげられて、ファンサーガの声はだんだんよわよわしく消えてゆく。
しばらくして、ファンサーガの声が完全に消えた。
セシルに締めおとされて、完全に気を失ったのだ。
「さあ、レニー。これで今度こそ、二人きりの夜ね」
笑顔のセシルと、ベッドで完全にぐったりとしたままのファンサーガ。
二人を交互に横目で見やるレニー。
いや、それはちょっと強引…というか、めちゃめちゃ無理があると思うな。
レニーは自分の荷物の整理をしていた。
もうレニーは、この町にこれ以上とどまるつもりはなかった。
もちろん、明日のバロンとラーサの結婚式など、見に行くわけがない。
結婚式で、ラーサの幸せそうな顔も、悲しそうな顔も、見たくはなかったからだ。
荷物をまとめるため、カバンのポケットを開けた。
レニーは中を探っていて、何かやわらかいものに手が触れたのに気づいた。引っぱり出してみると、それはかわいい花をあしらったお守りだった。
え?どうしてこんなところに?
たしかあれは財布に入れていたはず…。
あわてて財布を持ってくるレニー。
あった…。
ちゃんと、それは財布の中にあった。
かわいい花をあしらったお守り。
すみに小さく「ケイン」の文字が彫ってある。
それは、親友ケインが最後にくれたものだった。
妹がケインのために作ってくれた、幸運のお守りだと言っていた。
え?それじゃあ、カバンの中で、今見つけたお守りはなんだ?
レニーはもう一度、そのお守りを手に取る。
大きさも形も全く同じ。
ただ、今見つけたもののほうが、新しい。
そして、そのお守りのすみには、ちいさく「レニー」の文字が刺繍してあった。
同じものが二つ。「ケイン」「レニー」の文字。
レニーの心臓が、急に鼓動をはやめた。
レニーはカバンのポケットを探って、さらに一枚の手紙を見つけた。
女の子らしい、かわいい文字だった。
「ありがとう。それから、さよなら、レニー。
このお守りは、私が作った幸運のお守りです。本当だよ。
持っていてくれるとうれしいな。
レニーは私が今まで出会った中で、最高に素敵な男の人でした。 ラーサ」
まさか…。そんな…。
レニーはその場に固まったまま、動けなかった。
そうだ。どうして気付かなかったんだろう?
ラーサは初めて出会ったときから、この竜の槍のことを気にしていた。
ラーサは初めから、俺が魔法を使うと思い込んでいた。
ラーサは「正義は勝つ」などと、今どきあり得ないことを、平気で信じていた。
そんなやつ、他にいるはずないじゃないか…。
レニーの目から涙があふれていた。バカか…。俺はバカだ…。
長い時間がたった。
しばらくレニーは一歩も動けなかった。
やがて、レニーはゆっくりと立ち上がった。
セシルが心配そうにレニーを見ていた。
「どうかしましたか?」
レニーは大きく息をついた。
少しだけ、心臓の鼓動はおさまっていた。
「少しだけ…。昔の話をしてもいいかな」
レニーは静かに言った。
「あーっ!昔話ですね。むかーしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」
レニーは苦笑した。
「いや、この話には、おじいさんとおばあさんは出てこない。代わりに、竜騎士と魔法使いの二人が主人公なんだ。それに、昔話といっても、ほんの五年前の話…」
そう、それは五年前。
レオネシア大陸の南にある、アスカルトという国でのお話だった…。
少しでもいいなとか思っていただけましたら、ブックマーク、高評価、感想などいただけますと、セシルも少しお嬢様らしくしおらしくなる…わけないですね(???。