第22話 「男は逃げる女を追いかけるものじゃない」、そう言ったのは俺のほう…
「セシル様、大ニュースです。これを見てくださいよ」
次の日の昼下がり。
まだ治っていない右足を引きずりながら、ファンサーガが部屋へと飛び込んできた。
手には一枚の紙を持っている。
「レシチア新聞 号外!」
町の広場で配っていたという。
セシルに渡されたその紙を、レニーも横からのぞきこんだ。
「バロン様 結婚へ!」
大きな見出しがおどっている。
そのすぐ下の写真を見て、レニーは凍りついた。
そこには正装をして気取ったバロンのすぐ隣に、美しいドレスを着たラーサがいたのだ。
やはりラーサはバロンのもとへと戻っていたのだった。
「ここレシチアを守ってくださる伯爵、バロン・ドレーク様が、ついに結婚なさることを宣言された。相手はラーサ嬢。由緒正しい、二十歳の美しいお嬢さんだ。結婚式は明日、正午より村中を挙げて行われる。もちろん、明日は記念日として、急遽、すべての仕事を休みとするよう決定がなされた。これに応えて、村中のすべての人は、明日の正午より、バロン様のお屋敷前にて、この記念すべき結婚式に参加されるよう望まれている」
記事ではバロンのこれまでの素晴らしい経歴とともに、ラーサとの結婚が大々的に報じられていた。
どうして?
レニーは、バロンとラーサが大きく写った写真を見る。
赤いドレスを着たラーサは、悲しげに微笑んでいた。
「ラーサさん、なぜだか悲しそうですね…」
セシルも同じことを感じたのだろう。ぽつりと言った。
でも、だからといって、俺に何ができるのだろう?
ラーサは自分の意志で去ったのだから。
確かにラーサの笑顔は悲しそうだ。
でも、別にナイフを突きつけられて、おどされているわけじゃない。
もう俺には関係のない話だ…。
レニーはそう思い込もうとした。
それに、男は逃げる女を追いかけるものじゃない…。
そう言ったのは、自分のほうだ。
それでも、ラーサとの思い出が、どうしてもレニーの頭をよぎってしまう。
バロンのところから逃げてきたラーサ。
セシルとケンカしてるラーサ。すぐ隣で眠るラーサ。
そして、バロンと戦っているレニーを、心配そうにじっと見つめるラーサ…。
ラーサは、もっと楽しそうに笑っていた。
こんな悲しげに微笑んだりしなかった。
もしも…。
もしもあの時、あの闘技場トーナメントの時、俺がバロンに勝っていたなら、また違う結末が訪れていたのだろうか?
俺がバロンを倒していたなら、ラーサの本当の笑顔を守れたのだろうか?
俺がもっと強ければ…。レニーは少し自分を責めていた。
でも、もう関係のない話だ。
ラーサは自分でバロンのもとへと戻ったのだ。
俺に愛想をつかせたのだ。
ラーサは弱い俺を捨てて、強いバロンを選んだ。ただそれだけの話だ。
レニーは自分に言い聞かせていた。
気がつけば、レニーは自分の拳を血が出るほど強く握りしめていた。
「大丈夫。レニーにはセシルがいるよ」
そんなレニーの気持ちを知ってか、それともただのどさくさ紛れか、セシルが後ろからレニーに抱きついてきた。
でも、今日ばかりはレニーは、それを振りほどく気になれなかった。
レニーの気持ちとは反対に、外は気持ちいいほど、きれいに晴れていた。
窓の外を見つめながら、レニーは思いっきり窓ガラスをたたき割りたい衝動に駆られていた。
読んでいただいてありがとうございます。
少しでもいいなとか思っていただけましたら、ブックマーク、高評価、感想などいただけますと、凹んだレニーも少し元気になるかもしれません(?)。