第20話 お前らの寝相の悪さは一度どうにかしたほうがいいぞ!
真夜中。
窓から入り込むかすかな月明かりだけが、室内を照らしていた。
パジャマから、きっちりした普通の服に着替え、荷物までまとめ終わったラーサがそこにいた。
ラーサはベッドのすぐ横に座って、レニーの寝顔を見ていた。
「レニー…。ありがとう。あなたは今まで私が出会った誰よりも優しくて、誰よりもかっこよくて、誰よりも素敵だった…。ううん、本当なんだから」
静まり返った真夜中の闇。
もちろん返事をする声も人もなかった。
「でも…。でも、あなたも私が探していた人ではなかったみたい…」
ラーサの瞳から涙があふれていた。
どうして?
今まで、一度だってこんなことなかったのに…。
自分の感情なのに、自分で戸惑うラーサ。
やがて、ラーサは立ち上がると、自分のカバンから花の飾りのついたお守りをひとつ取り出した。
手作りのお守り。
その新しいお守りには、“レニー”の名が刺繍されていた。
ラーサはそれに短い手紙を添えて、レニーのカバンのポケットに放り込んだ。
それからラーサは立ち上がろうとした。
でも、またレニーのベッドへと吸い込まれるように戻ってしまう。
「レニー…。ごめんなさい。それから、ありがとう。さよなら…」
ラーサの瞳からは、さらに大粒の涙があふれていた。
どうして…?どうしてなの…?
ラーサはもう一度、レニーの寝顔を見た。
意外に無邪気で、無防備な寝顔だった。
ラーサはレニーと過ごした日々を、思い出していた。
全然関係ない私を、バロンの手下から守ってくれたこと。
同じベッドで眠ったこと。
セシルとレニーを奪い合ったこと。
そして……。
たった一人の私のために、バロンと戦ってくれたこと…。
楽しかったんだ…。
私もレニーたちと一緒に過ごして、楽しかったんだ…。
ラーサは、今さら自分の気持ちに気づいて、戸惑っていた。
でも…。
もう行かなきゃ。
さよなら…。
さよなら、レニー…。
ラーサはベッドにかがみこむと、眠っているレニーをもう一度見つめた。
それから、ゆっくりと自分の唇を眠っているレニーの唇に近付けた。
はじめてのキス。
それは、とめどなくあふれるラーサの涙で、しょっぱい味がした。
長い長いキス。
やがて、ラーサはレニーから離れると、ゆっくりとした動作で荷物を持って部屋から出ていった。
「さよなら…」
部屋を出る時、もう一度つぶやいたラーサの言葉が、夜の闇に響いた。
朝、レニーが目を覚ますと、やけに左手が軽いことに気づいた。
そう、ラーサがいない…。
右手はがっちりとセシルが抱えたまま、眠っていた。
まだ朝早い。
ラーサはどこへ行ったんだろう?
レニーは起き上がろうとしたが、セシルが腕をつかんで離さない。
「むにゃむにゃ。シャイニングウィザード!とうっ!」
レニーは無理やり引き離そうとして、寝ぼけたセシルのひざ蹴りを腹に食らった。
いいかげんにしろ。
レニーはセシルの腹に二・三発けりをいれて、ようやくセシルの手を外した。
ごめん。
緊急事態かもしれないんだ。許してくれ…。
レニーはベッドから出ると、部屋をぐるっと見回す。
部屋のどこにもラーサの姿はなかった。
そればかりか、ラーサの持ち物もすべてなくなっているようだ。
もしかして、バロンの手下たちにさらわれたのだろうか?
いやな考えが、頭をよぎる。
いや、それなら夜中でも、レニーが気付かなかったとは思えない。
それに、持ち物まですっかり消えているのは変だ。
レニーは昨日の元気のないラーサの表情を思い浮かべた。
ラーサは自分からここを去ったのだろうか?
いったいどうして?
部屋の入口のドアの鍵は、あいたままだった。
やはりラーサは自分から姿を消したようだ。
「ううん…。おはようございますー」
まだ寝ぼけた顔で、セシルがベッドに起き上がった。
「うう…。なぜだか、お腹が痛いんですよね。まるで誰かにけられたみたい。どうしてだろう?」
「え?きっとセシル、寝相が悪いから、どこかにぶつけたんだよ」
平然とレニーが答える。
「そうかなあ?」
納得いかない様子のセシルに、レニーは聞く。
「それより、朝起きたら、ラーサがいないんだけど…」
「え?どうしてですか?」
「それが分からないんだけど…。どうやら夜中にいなくなったみたいだ。セシル、何か知らないかな?」
「まったく分かりません」
レニーもあてにはしていなかった。
レニーは外に出て、ラーサをしばらく探してみた。
でも、手がかりは何一つつかめなかった。
あきらめてレニーが宿に戻ると、ファンサーガも起きだしていた。
「朝起きたら、ラーサが見当たらないんだけど…。何か知らない?」
レニーはファンサーガにも聞いてみた。
「ええ。僕はセシル様さえいれば、大丈夫ですから」
起きたばかりのファンサーガは、まだ寝ぼけていた。
レニーは早く目が覚めるように、ファンサーガの頭を殴ってあげた。
「イタイッ!」
「私はレニーさえいればいいんだから」
セシルまで、わけのわからないことを言い出した。
こいつらはまったく…。
まだ寝ぼけた顔で起き上がったファンサーガは、部屋にあったテーブルから、なにかをつかみ上げた。
「レニーさん。なんだか、こんなものが…」
レニーが奪い取ると、それは一枚の紙。
そこには「今日の夜七時 アレシアの大平原に来てください」と几帳面な文字で書かれていた。
なんだろう?
これはラーサが残していったものだろうか?
「アレシアの大平原って?」
「ああ。ここより北にある、見渡す限り草原っていう場所ですよ」
ファンサーガが答える。
なぜラーサはいなくなったのか?
この手紙は、ラーサが残していったものなのか?
いや、もしかしたら、この手紙も何かのワナなのかもしれない。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
セシルもレニーのすぐ隣に来て、その手紙を見ていた。
「これ、ラーサさんが書いたのかなあ?」
「さあ…」
「まあ、行ってみればわかりますよね」
セシルの物事をよく考えない楽天的なところが、レニーにはうらやましかった。
「そういえば、昨日のラーサさん、元気なかったですよね」
やはりセシルも気づいていたらしい。
レニーはその手紙を前にしたまま、椅子に座ってじっと考え込んでいた。
読んでいただいてありがとうございます。
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