第2話 だから、どうしてお前は何の疑いもなく全財産を俺に渡すなんてことが出来るんだよっ?
「お嬢さん。これは魔法の薬草なのじゃ。どんな病気も疲労も毒も一瞬で治してしまうという幻の薬草なんだよ」
「すごーい!」
「そうだろう。それがたったの五百ペニーで…」
レニーの後ろで、もう何度も聞いたような気がする展開がまた繰り広げられていた。
レニーは頭を抱えて、後ろを振り返る。
そこには目を輝かせて、今まさに金貨を取り出そうとしているセシルがいた。
レニーはあわててセシルをかっさらうと、道端へと引っ張り込んだ。
「何度行ったら分かるんだよ。こんな田舎の道端にそんなすごい薬草はない!」
「でも、おばさんはどんな病気も疲労も毒も一瞬で直してしまうって…」
「だから、だまされてるの。ああ、何回同じことをやっているんだろう」
さすがのセシルも何も言えずに黙ったまま。
それもそのはず。
さっきからもう何人もの商人に、首飾りやランプや魔法を売りつけられようとしているのだから。
「いいか。道端でものを売っている商人を見かけても立ち止まるな。目を合わせるだけでもダメ」
「はーい」
再び歩き出したレニーの後ろを、また小走りにセシルがついてゆく。
歩きながら、後ろからセシルがポツリとつぶやいた。
「でも…。せっかくおばさん嬉しそうだったのに…」
「それでだまされて何でも買っていたら、あっという間に金がなくなるぞ」
「でも…。それでも、だますくらいならだまされる方がいいですよね」
うつむき加減でつぶやくセシルの横顔を、レニーは見た。
セシルの美しい瞳に引き込まれて、あやうくうなづいてしまいそうになる。
違う、違う。言葉だけ聞けば、いいことを言っているような気がしてしまう…。
ふと気がつくと、またセシルの姿が消えていた。
「お嬢さん。これは伝説の魔女の巻物なのじゃ。それがたったの五百ペニーで…」
「すごーい!」
あわててレニーはかけよって、セシルをかっさらった。
もうなにか言う気力もなかった。
「分かった。お前に『何も買うな!』って言っても無理なんだな。お前がそんなにお金を持っているからいけないんだ。よし、そのお金を全部渡せ。俺が預かる」
「はい!」
セシルは相変わらずのすんだ瞳で、何の疑いも持たずに金貨の入った袋をレニーに差し出した。
そこには金貨銀貨がざくざくと詰まっていた。
これだけで一体いくらになるのだろう?想像もつかない。
でも、その金額以上に、レニーはセシルが何の疑いも持たずに全財産を差し出したことが信じられなかった。
「はいって…。どうしてそんなに間単に人を信用する?そんなお金を全部渡して、もしも俺が悪いやつで、全部持って逃げたらどうするんだよ」
「でも、レニーはそんなことしませんよね」
「そうだけど…。いや、そういうことじゃなくて、みんながいい人じゃないんだから。もしも俺が悪いやつだったらどうする?」
「え?レニーは悪い人なんですか?」
「違うけど。ああ、もう自分でなにを言っているのか分からなくなってきた…」
セシルの全財産を持ったまま、レニーは頭を抱える。
「いいや。とりあえずこのお金は預かる。でも、町に着いたら必ず返すから。証拠にこれを預けておくよ」
レニーはそう言って、自分の背中に背負った槍をセシルに渡した。
「これは『竜の槍』と言って、親友の形見だ。俺の命の次に…いや、命よりも大事な宝物なんだ。これを渡しておこう。そうすれば、俺がお前のお金を持って逃げることもないし、お前も安心していられるだろう」
「そうですね」
セシルは細い体に似合わず、軽々と槍を持ち上げる。
「なんだか自分が強くなった気がしますー」
セシルは槍を振り回しながら、はしゃいでいた。
いや、大切なものだから、大事に扱って欲しいんだけどな…。
レニーは思ったが、何も言わなかった。
セシルが無邪気でうれしそうだったからだ。
とりあえず、これでセシルも商人から変なものを売りつけられることもなく、町までたどり着けるだろう。
レニーは少しほっとして、また町への道のりを急いだ。
はるか彼方に見えていた集落も、少しずつ近づいてその姿がはっきりしてくる。
ふと気がつくと、またセシルの姿が消えていた。
後ろのほうから、また何度も聞いたような声がした。
「そこのお嬢さん。これは世界でひとつしかない、幻の剣なんじゃ」
「へえ、すごーい!」
「そうだろう。今しか手に入らないよ。お嬢さんには特別に二千ペニーで売ってあげよう」
「でも、私、お金持っていないんです」
しばらくの沈黙。レニーはひそかにうなづく。
やがて商人が言った。
「そうか。仕方がない。今日は特別だ。お嬢さんが持っている槍とこの剣を交換してあげよう。それならお嬢さんもこの幻の剣が手に入る」
「えー、いいんですか?」
あわててレニーはセシルのほうへと走った。
レニーがたどり着いたとき、セシルは笑顔で竜の槍を商人が持っていた剣と交換するところだった。
レニーは何も言わずに、後ろからセシルを殴った。
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