第18話 この竜、絶対分かっていてわざとやっているだろっ!
すっかり高く上った太陽。
窓からの日差しのせいで、レニーは目を覚ました。
レニーは重い体を引きずって、ゆっくりとベッドの上で起き上った。
見覚えのある風景。
そこはレニーが泊まっていた宿屋だった。
闘技場トーナメント。
バロンとの戦い。
闇の魔法に突っ込んだ自分。
色々な出来事が、レニーの頭を駆け巡る。
そっか。
俺はバロンに負けたんだな。
どうやら、俺は死にそこなったらしい…。
ベッドから出た時、ちょうどラーサが入ってきた。
レニーはラーサに、何を言っていいのか分からなかった。
ラーサも気まずそうに、目を伏せる。
「ごめんよ。負けちまった。かっこ悪いな、俺…」
小さくつぶやくのが、レニーの精一杯だった。
「ううん、かっこよかったよ」
ラーサはそう言って、レニーに抱きついてくれた。
でも、その声には元気がなかった。
レニーには、ラーサが悲しげに見えた。
そして、負けてしまった弱い自分がちょっと悔しかった。
「最高に、かっこよかったんだから」
レニーの腕の中で、もう一度ラーサは小さくつぶやいた。
「えー…。あのー…」
その時、部屋にもう一つの声が響いた。
ラーサがあわてて、レニーから離れる。
その声の主、それはファンサーガだった。
もう一つのベッドで、ファンサーガが座って、レニーたちを見ていた。
「ごめんなさい。邪魔をするつもりはなかったんですが…」
いつもの人なつっこい笑顔で、頭をかきながら、ファンサーガは言う。
「なんだよ。なんでファンサーガまでここにいるんだよ?」
レニーが聞いた。
「ひどいなぁ。だって、レニーさんに足をやられて、僕はけが人なんですから。一人じゃ何も出来ないんですから。ここなら、みんないるから困らないし。それにここなら、セシル様の近くにいられるし…」
憎めない笑顔だった。
レニーはそれ以上何も言わずに、部屋を出た。
宿の外は、相変わらずのいいお天気だった。
雲ひとつない明るい日差しがまぶしい。
「あ、レニー。見てください!」
外にいたセシルが、レニーのほうへと走ってきた。
いつもどおり元気いっぱいのセシルを見て、こいつだけは変わらないな、とレニーは思った。
セシルのすぐ横には、緑の竜がいた。
「なんだ、その竜は?」
「リリーちゃんです。セシル、あの後トーナメントの女の子の部で優勝したんですー。その賞品なんです。かわいいでしょ」
「いや。『かわいい』っていう言葉は、違うと思うぞ」
ちょっとぽっちゃり気味の竜を見て、レニーは首をかしげる。
「えー?かわいいじゃないですかー。しかも、ちゃんと芸も出来るようにしつけたんですよ。ほら…」
セシルは、竜に「お手!」と言いながら、手を出す。
リリーは右手をさっとセシルに差し出してみせた。
セシルが「伏せ」と言うと、竜はさっとしゃがみこんでみせる。
どうせ竜に教えこむのなら、もっと他に覚えさせることがあると思うぞ…。
レニーは心の中でつぶやく。
そんなレニーの考えを読み取ったかのように、セシルが竜に「ブレス!」と言った。
その時、竜の瞳があやしく光るのを、レニーは見た気がした。
おい、まさか…。
レニーが恐れたとおりだった。
竜は横を向いて大きく息を吸い込むと、レニーのほうに向って、一気に炎を吐き出した。
「ちょっと待て!あちあちあちち…」
レニーは必死で炎から逃げ出そうとする。
でも、炎の勢いは止まらなかった。
レニーのシャツに、ズボンに炎が広がっていた。
「あち、あち…」
レニーはすぐ近くにあった池まで走って、そこに飛び込んだ。
「このバカ竜が…」
レニーはずぶ濡れになりながら、うらみがましい目でリリーを見る。
リリーはふてぶてしくも、そっぽを向いたままだ。
あの顔は、絶対わざとやりやがったな…。
レニーはずぶ濡れのまま、竜に飛び蹴りを食らわせようと走りよる。
「レニー!リリーちゃんをいじめちゃダメです!」
逆にレニーがセシルに怒られてしまった。
いや、俺のほうがいじめられたんだと思うけどな…。
レニーは心の中でつぶやく。
竜がレニーのほうを見ながら、目で笑っている気がした。
「リリーちゃんをいじめたら、私が許さないからね」
セシルはもう一度言って、宿へと歩いていく。
戻る直前、セシルはふとレニーのほうを振り返って、無邪気な笑顔で、言った。
「あ、レニー。バロンとの戦い、かっこよかったですー」
「でも、結局負けたみたいだけどな…」
浮かない顔で、レニーは答える。
「それでも、かっこよかったんだから。闇の中をまっしぐらに突っ込んでいくレニーは、誰よりもかっこよかったです。キャー!さすが私のオオカミさん…」
両手を胸の前で組んで、上目づかいでレニーを見ているセシル。
それから、ふと思いついたように続ける。
「でも…。レニーって、本当は魔法が使えたりしませんか?」
「え?どうして?」
レニーは、驚いてセシルに聞き返した。
「だって、バロンの闇の魔法。あんなものすごい魔法を食らって、生きていられるなんて、よっぽど魔法防御が強いはず…。普通、魔法防御が強いのって、魔法使いですよね」
レニーは何も答えなかった。話せば長い話になるから…。
「まあ、いいか。どっちにしても、レニーはレニーだし。かっこいいレニーに変わりはないか…」
セシルは勝手に納得して、宿の中へと消えた。
さすがに鋭い…。
レニーは空を見て、少し考え事をしていた。
やがて、レニーはリリーのほうへと近寄っていった。
相変わらず、竜はそっぽを向いたままだ。
レニーはまわりを見回す。
あたりには誰もいなかった。
「お手!」
レニーは小さく言って、竜に手を差し出してみた。
でも、竜は何も聞こえないかのように、知らん顔だ。
「伏せ!」
やっぱり、竜はそっぽを向いたまま。
犬じゃあるまいし。やっぱり言うことなんて聞かないじゃないか。
「ブレス!」
一応、レニーはつぶいてみた。
どうせ聞いちゃいまい。
その時、また竜の瞳があやしく光った気がした。
竜は首を曲げて、大きく息を吸い込むと、一気にレニーのほうへと炎のブレスを吐き出したのだった。
「あつい!あち、あちち…」
レニーは再び池へと走り、飛び込んだ。
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