第17話 目の前のたった一人の女の子さえ守れないのなら、世界なんていらない!(3)
バロンは静かに、自信満々の表情でレニーを見ている。
ゆっくりと時が流れる。
レニーは大きく一つ、息をついた。
それから静かに答えた。
「そうしたら、ラーサはどうなる?」
驚いたようにレニーを見るバロン。
レニーの答えを予想すらしていなかったようだ。
「ラーサは俺のものだ。彼女は俺が手に入れた女だ」
無表情にバロンが首を振る。
思ったとおりのバロンの答え。
レニーは強く槍を握りしめて答えた。
「目の前のたった一人の女の子さえ守れないのなら、村や国なんて意味がない。悪い魔法使いにおびえるラーサすら守れないのなら、俺には世界を支配するなんて資格はない」
バロンは驚いて、それから少し悲しそうな表情をみせた。
「お前はバカか?この状況が分かっているのか?言っておくが、お前は俺に勝てない。お前の槍では100万回やろうが、俺の魔法にはかなわない」
知っていた。
レニーにもそれはどこかで分かってた。
バロンの魔法をなんとかかわすだけで精一杯。
かすり傷一つ与えただけで、上出来なのかもしれない。
でも…。それでも…。
レニーには譲れないものがあった。
「ああ。自分でも嫌になるくらい、俺は意地っ張りで、素直じゃないんだ」
レニーは槍を構え直した。
バロンはレニーをにらんで言った。
「それなら、死ぬだけだな」
別に死ぬことは恐くなかった。
逆だ。もしかしたら、あのときからずっと死に場所を求めていたのかもしれない。
バロンが呪文を唱え始めた。闇が急速に、レニーたちのまわりを取り囲んだ。
「破滅陣」」
闇の中。
真っ昼間なのに、ますますその闇は深くなり、レニーを包み込む。
レニーは槍を見た。
竜の槍。親友の残した形見。
ケイン…。たぶん、お前ならまっすぐにバロンへとこの槍をたたきつけるんだよな。
レニーはもう一度槍を握りなおした。
槍を構えたまま、まっすぐに前にいるバロンのほうへと飛び込んだ。
暗闇がレニーに襲い掛かる。
この闇を抜けて、バロンに槍を貫くことができれば勝てる…。
レニーは前しか見ていなかった。
闇の向こうに、バロンの姿が見えた。
レニーは渾身の力を振り絞って、槍を突き出した。
その瞬間、レニーは体の芯から響く衝撃を受けた。
体の中から破壊されるかのような衝撃に、レニーは気を失った。
闘技場の真ん中。
昼間なのに、真っ暗に覆われた闇。
それは、少しずつ晴れてゆく。
闇が晴れて光を取り戻した時、そこには、相変わらずふてぶてしく立ち尽くすバロンと、そのすぐ前に倒れているレニーがいた。
「レニー…」
叫びながら、観客席からセシルとラーサが走ってやってくる。
レニーはぴくりとも動かなかった。
「はっはっはっ…」
バロンは笑っていた。低い、自信にあふれた笑い声だった。
「ラーサ、また犠牲者が増えたな。もう分かっただろう。お前には俺しかいないんだ」
相変わらず青い顔をして、立ち尽くすラーサ。
「今度の生贄は、なかなかのものだったぞ。でも、お前の選んだ生贄は、また俺の前にひれ伏したんだ。かっこ悪いだろう。弱い者は強いものの前にひれ伏すんだ。この世の真理だ。だからラーサ、もう無駄なことはやめることだ」
バロンはもう一度大きな声で笑った。
腹の底まで響くいやな笑い声だった。
セシルは涙を流して、床に倒れたレニーに抱きついていた。
青い顔をしたラーサは、何も答えられない。
その時、セシルがバロンをキッとにらんで、言った。
「違う…。違う!レニーはかっこ悪くなんてない!かっこいいんだから…」
バロンが少し驚いたように、セシルを見る。
「レニーはかっこいいんだから。あんなものすごい魔法見せられて、それでも少しも逃げずに飛び込んでいくレニーは、誰よりもかっこいいんだから。死んじゃうかもしれないって思いながら、それでもまっすぐに飛び込んでいくレニーはかっこいい!誰が何と言ったって、レニーは絶対かっこいいんだから!」
セシルは泣きながら叫んでいた。
バロンはしばらくの間、セシルを見ていた。
やがて、バロンは背を見せるとゆっくりとその場を立ち去った。
会場は静まり返っていた。誰一人、口を開くものはいなかった。
セシルはそっとレニーの上半身を起こすと、抱きしめた。
まったくバカなんだから。
あんな魔法の中に正面からぶつかっていくなんて…。
魔法が迫っても、レニーはまったくよけるそぶりも見せなかった。
むしろ真正面から突っ込んでいった。
もしかして…。
レニーは死にたがっていたのかも知れない。
そう、ちょうど私と同じように…。セシルは、ふと思った。
その時、セシルはレニーの体からかすかな音を聞いた。
周期的に震える低い鼓動。
レニーの心臓の鼓動だった。
それから、セシルはレニーの顔に頬を近付けた。
かすかな生温かい息が、セシルの頬にあたった。
「生きてる…。レニーは生きている。心臓が動いてる。息だって、ちゃんとしている」
「え、本当に?」
ラーサが涙声で聞き返す。
「うん…。たぶん、気を失ってるだけだ」
セシルとラーサ。
涙でぐちゃぐちゃになった二人の顔に、笑顔が戻る。
セシルはレニーの体を揺さぶったり、軽く頬をたたいたりしてみる。
「間違いない。レニーは生きてる…」
セシルとラーサはほっとして、体の力を抜いた。
「でも、一応、念のために人工呼吸しなきゃ」
思いついたように、セシルが言った。
レニーの顔だけを起こし、その唇に自分の唇をゆっくりと近づけるセシル。
「それは、いらない!」
二人の唇が触れ合う直前、ラーサがセシルを突き飛ばした。
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