第16話 目の前のたった一人の女の子さえ守れないのなら、世界なんていらない!(2)
意外にも楽し気なバロンの表情。
やがてバロンは笑い声を上げた。
低く、不気味な、それでいて楽しそうな笑い声だった。
「まさか、これほどの戦士がまだいたとはな。これは戦場で戦いを重ね、修羅場をくぐってきた戦士の戦いだ。魔法に対して逃げるのではなく、逆にこちらに向かってきた。認めてやろう。お前は本物の戦士だ」
「魔法相手に距離をあけたら、相手の思うつぼだ。まっすぐ突き進む戦いしか俺は知らない」
バロンはなぜだか満足そうにうなずいた。
「知っていても、人は恐怖で前に進めないものだ。ああ、おまえは強い。しかも頭もいいようだ。気に入った。ならば話そう。お前は、この世界が間違っているとは思わないか?」
「はあ…?」
突然の成り行きに、レニーは戸惑っていた。
バロンは構わず続ける。
「ああ、この世界がおかしいと思ったことはないか?お前も軍人だったことがあるのだろう。それなら、きっと分かるはずだ」
「なにが?」
「俺たち軍人は戦いになると、駆り出された。戦争になって、命をかけるのはいつでも軍人だ」
「それが?当然のことだろう」
「違う!戦争で命をかけるのは、まあいいとしよう。でも、その結果、何かを手にするのは俺たちじゃない。命をかけて、ほかの国から領地を奪っても、それで得をするのは、勝った国の王だ。城にいる高官だ」
バロンはあたりを、すべての観客のほうをぐるりと見回す。
それから、視線をレニーへと戻して、続けた。
「おかしいだろう。自分の力で奪い取っても、それは自分のものにならないんだ。戦争が終わると、軍人など見向きもされない。ひどい王になると、裏切らないよう、刺客を差し向けることすらある…」
レニーにはバロンの言いたいことが、少し分かる気がした。
その考えを先回りして、バロンが言う。
「そうだ、違うんだ!この世界がおかしいんだ。強いやつが、国を支配するべきなんだ。強いやつにこそ、その資格があるんだ。俺たちは、王に使われる駒じゃない。俺たちこそ、国を支配するべきなんだ。だって、俺たちが力で手に入れたものなんだから。戦いになると、他人を送って、自分は安全に隠れていた王なんていらない。城にいる高官なんて関係ない。力のあるものほど、自分で奪い取って、領地を支配していいんだ。そうでなきゃ、おかしいんだ。頭のいいお前になら、分かるだろう」
バロンの言葉には、力があった。
おそらくずっと思っていた本心だろう。
少し間があいた。
バロンは、ふと体の力をぬいて、レニーに語りかける。
「お前は強い。お前には村を、いや、国を支配する資格がある。お前にこの村をやろう。近いうちに、国をひとつやろう。最終的には二人で世界を山分けしようではないか。お前にはそれだけの価値がある。その強さで、それを手にするだけの力があるんだ」
あたりは静まり返っていた。
観客もみんな、黙ったまま闘技場を…黙ったままレニーをじっと見ていた。
「俺はこの腕で、自分の力で、レオネシア大陸のすべてを制覇する。やがて、世界を制覇する。力がすべてを統一するんだ。俺はお前を認めた。お前にもこの大陸すべての半分をやろう。いや、俺と一緒に二人でこの大陸のすべてを支配するんだ。お前にはそれだけの力がある。それだけの権利があるんだ」
レニーは呆然と立ち尽くしていた。
世界を支配する?そんなこと、考えたことすらなかった。
「力が、俺たちの力が大陸を支配する。力で平和を作り出す。これこそが軍人の夢だろう。どうだ?お前も一緒に来ないか?」
バロンがレニーに手を差し出した。
その手も、瞳も、大きな体も…。なにもかもが力に満ち溢れていた。
その手で、自分の力で何かを成し遂げようとする男の自信がみなぎっていた。
レニーはすぐに答えることが出来なかった。
そう…。
例えば五年前、レニーも戦争に明け暮れた。
人を殺し、仲間を殺され…。
その結果、何を手に入れたのだろう?
失ったものなら、たくさんある。
たくさんの戦友。
平和な生活。
住んでいた家。
やさしい心。
そして何よりも親友だったケイン…。
レニーはあたりを見回した。
なぜだか期待をこめたまなざしで、レニーを見ているたくさんの村人がいた。
それから、レニーはセシルを見た。
いつもの無邪気な顔は、ちょっと心配しているように見えた。
それからラーサを見た。
ラーサと目があった。
ラーサは少し悲しげに微笑んでいた。
そんなラーサを見た瞬間に、レニーの心は決まっていた。
「さあ…」
バロンが一歩前に出て、再び手を差し出す。
まるでレニーに誘いかけるかのように…。
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