第12話 男女別のトーナメントなんだから、お前と戦うことなんてないっ!
「見て、見て、レニー。トーナメントDの7番ですー。レニーは何番ですか?レニーと戦えるかな?」
相変わらずの緊張感ゼロの笑顔で、セシルが走ってきた。
「いや。男女別のトーナメントだから、俺とセシルが戦うのは、無理だと思うぞ。ちなみに、俺はAの2番だ」
そう言いながら、レニーは自分の抽選券をセシルに見せた。
「なんだ、つまらない…。せっかくレニーと遊べると思ったのに…」
闘技場での戦いは遊びじゃないと思ったが、レニーは何も言わなかった。
その時、向こうから大きな声を上げて、ファンサーガが走ってやってきた。
「セシル様、見てください。ファンサーガ、1番引きましたよ。Aの1番です…げほっ…」
ファンサーガはセシルのひじうちを食らって、悶絶していた。
「何度言ったら分かるの?セシルは通りすがりの女の子だから、『様』はいらないの。『セシル』でいいの」
ファンサーガの耳元で、セシルがささやいている。
レニーは自分の抽選券を見て、目をパチパチさせていた。
今、たしかファンサーガは、Aの1番って言ったような…。俺はAの2番。
え?1回戦はファンサーガと戦うのかよ?
セシルも気づいたようで、もう一度ファンサーガの抽選券を見て、それからレニーの抽選券を見る。
「あーっ!レニーの一回戦の相手、ファンサーガだ!やったぁ。遠慮なく、ボコボコにしてやってくださいね」
無邪気な笑顔で、えぐいことを言うセシル。
「そんなぁ。セシル様…いや、セシル。僕はどうすればいいんですか?」
ファンサーガの泣き声に、セシルは、ファンサーガの後ろから、首を締め上げて答える。
「ファンサーガは抵抗せず、ボコボコにされればいいの。間違っても…」
セシルはもう一度、ファンサーガの首に巻きつけた腕を握りなおすと、がっちりと締め上げる。
「間違っても、レニーに勝ったりしたら許さないからね」
「そんなぁ…」
そのうちにファンサーガの顔が赤くなっていき、だんだん元気がなくなっていく。
ちょっと締めすぎじゃないのかな?大丈夫だろうか?
でも、そんなことを気にしていられなくなる出来事が起こった。
レニーたちの前方でざわめきが広がり、人が左右にきれいに分かれる。
そうして出来た道を、数人の男たちがゆっくりと歩いてくる。
その真ん中の男。
竜に乗って、長い槍を持った大柄な男が、レニーたちの前で立ち止まった。
「そいつが今度の生贄か、ラーサ」
よく響く、低い声だった。
ラーサがレニーの腕を持ったまま、後ろに隠れる。
ラーサの腕に力が入っているのが、レニーにも分かった。
「闇の魔法使いバロン。通称、暗黒のバロンだな」
レニーが代わって答える。
「ほう。俺のことを知っているのか。だったら分かるだろう。今すぐ、ラーサを渡すことだ」
さすがに威圧感がある。
何もしていないのに、レニーは汗びっしょりだった。
「断ったら…?」
「うんと残酷な方法で、死ぬだろうな。よく考えろ。今なら命ぐらいは助けてやらないこともない」
「本当か?」
「ああ。まあそうだな。ムチで百回たたいて、そのあと火あぶりにして、さらに一週間、市中で磔にするぐらいで許してやろう」
それだけで、十分死んでしまうだろっ!レニーは毒づいた。
どのみち、死ぬまで狙われる運命にあるということだ。
レニーは、自分の顔がこわばっていくのを感じた。
そんな顔するんじゃねえ。
ウソでもいいから、笑え。余裕な顔を作れ。
そして、信じろ。きっと勝てる…。竜騎士ケイン、親友だったあいつなら、そう言うんだろうな。
バロンは続けて、ラーサのほうを向いた。
「ラーサも、いい加減に理解することだ。もう何人の男が、犠牲になったんだ?これ以上、続けてどうしようというんだ?お前にふさわしい男は、俺しかいない。もう分かったはずだろう」
ラーサは青い顔をしたままで、何も言えない。
レニーは自分の太ももを軽く殴ると、バロンをにらみかえした。
「それは違うな。女の子が男を選ぶんだ。男は逃げる女を追いかけるもんじゃない。ちゃんとお前の部下に言っておいたはずなんだが、聞いていないのか?」
バロンが一瞬驚いて、それから怒りの表情にかわった。
でも、レニーはもうひるまなかった。
どうせ殺るか殺られるか、それしかないらしい。
だったら、最後まで付き合ってやる。
なに、死んだってかまないさ。そうしたら、またあいつに会える…。
「どうやら、お前もトーナメントに出るらしいな。せいぜい望みの死に方を考えておくことだ。俺に当たるまで負けるんじゃないぞ」
捨てゼリフを残して、バロンは後ろを向いて去っていった。
レニーの血が出るほど握り締めたこぶしから、汗が滴り落ちた。
まだ恐怖で、うまく体が動かない。
ラーサもレニーに抱きついたまま、硬直したように動かなかった。
一ミリも動かず、でもその瞳からは、絶え間なく涙があふれていた。
長い長い静寂。時間が凍りついたかのようだった。
「あーっ!ずっと抱きついていて、ずるーい!」
やがて、セシルの緊張感のない声が、凍った時間を一気に粉々に砕いた。
そのセシルの腕の中には、すでに気絶して、完全に血の気を失ったファンサーガがいた。
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