第105話 守るべき大切なものを探して…(1)
「ワーレンの軍によるタナシスの総攻撃。それは失敗に終わりました」
シーラはその報告を聞いても、意外だとは思わなかった。
昨日、ジュリアとロミーが、シーラのもとに現れなかったこと。
そこから想定できる結果だったからだ。
でも・・・。
それでもシーラには意外だった。
ジュリアは、自分の身を犠牲にしてさえも、タナシスを守ろうとしたのだから。
いや、ジュリアが本当に守りたかったのは、透明のロミー・・・彼と、そのプライドだったのだろう。
いずれにしても、シーラにはジュリアの気持ちなど分からなかった。
シーラは、ジュリアに出会った日のことを思い出していた。
まだ少女のジュリアは、行くあてもなく町から逃げ出してきた。
そんなジュリアにシーラが声をかけたのだった。
「もしもお前が『大切なものを守れる強さ』が欲しいのなら、ついてくるといい」
そして今、ジュリアは「大切なものを守れる強さ」を手に入れたということか・・・。
シーラには、守るべき「大切なもの」などない。
自分でずっとそう思っていた。
でも、ジュリアの死を知ったとき、なんとも言えない胸の痛みを感じたのだ。
もしもジュリアとロミーが、ワーレンノ城まで来ていたならば、シーラは2人に解毒剤を渡した上で、解放しただろう。
その後は、2人で自由に生きればいい、本当にそう思っていたのだ。
諜報員なんて、ずっとやるべき仕事じゃない。
ジュリアにそう言ったのは本音だった。
いずれにしても、タナシスの攻略は失敗した。
責任は自分にある。
相応の責任を、とらされることになるだろう。
そんなことを考えていた矢先に、ひとりの男が現れた。
サディアス。
ワーレンの諜報機関のナンバー2。
シーラの後釜を虎視眈々と狙っている。
いや、もうワーレンの諜報機関は、すでに彼の手の内にあると言ってもよかった。
あとは、ナンバー1であるシーラを追い落とすのみ。
本当は、サディアスが、裏でダーラ帝国とつながっていることを、シーラは知っていた。
サディアスは、ダーラ帝国から援助された莫大な金を使って、諜報機関に味方を増やし、権力を牛耳ってしまったのだ。
ただし、証拠はない。
しかも、今やワーレンの諜報機関の人間は、ほとんどがサディアスの味方だった。
簡単にはシーラにも手が出せなくなっていた。
「虚無のシーラ様。王様がお呼びです」
わざとらしいうやうやしさで、サディアスがシーラに頭を下げた。
分かっていた。
失敗の責任をどうするかという話だ。
そして、それはサディアスに、諜報機関のナンバー1を渡す結果しかなかった。
サディアスが仕切る諜報機関。
その場所にシーラの居場所などないことは、分かっていた。
シーラは窓から外を見た。
気持ちいいほどの快晴だった。
なにかをやり直すには、ちょうどいい天気に思えた。
シーラは部屋を出て、廊下を歩いた。
突き当たり。
左に曲がれば、王様の待つ部屋。右に曲がれば、城の出口。
さて、どちらに行くべきか?
シーラは袖口に隠した小さなナイフを、手のひらへと握り込んだ。
少し立ち止まるシーラ。
それから彼は、ゆっくりと右への道を歩き始めた。