第1話 お前らなぁ、「矛盾」って言葉の意味を考えたこと、あるのかよ?
小高い丘から続く大きな街道沿い。
目の前には、一面の果てしない小麦畑が広がっていた。
それはレニーがこれまでに見たことがないほど大きな畑だった。
そこからはるか彼方に集落を見つけて、レニーは一息ついた。
「やっと見えた。なにしろここ三日ぐらいずっと田舎道ばかりで、家一軒見かけなかったからな…」
二十歳ぐらいだろうか?
まるで燃えるような見事に赤い髪。
お世辞にもきれいとはいえないシャツ一枚。
茶色いズボンもつぎはぎだらけで、あちこち破れている。
でも、背中に背負った大きな槍だけは金色に輝いていて、高価なものにみえた。
レニーは少し休憩しようと、足を止めた。
町まであと十五分ぐらいだろうか?
その時、二人組の男たちが近づいてきて、レニーに声をかけた。
「お兄さん。その格好、戦士だね」
「いや、まあ…」
「ちょうどよかった。それなら聞いておいて、絶対に損しない話があるんだ」
レニーはうさんくさそうな目つきで、二人をながめる。
ずんぐりした体格の男と、か細い背の高い男。対照的な二人だった。
「話?」
「そうさ。兄さん、幸運だよ。こんな時にめぐり合えるなんて…。実は俺たちは戦士には絶対欠かせない、それはもうすばらしい盾を持っているんだ」
どうやら二人は商人らしい。
ずんぐりした男が袋をガサガサやっていたかと思うと、盾を取り出した。
レニーにはごく普通の盾にしか思えなかった。
「あ、普通の盾だと思ったでしょう。違うんだな。これはどんな武器も防いで絶対突き通させない魔法の盾なのさ。その名も『最強の盾』」
「はあ…?」
「それもこの辺の戦士たちにはものすごい人気で、これが最後のひとつになってしまったところだ。これもなにかの縁だから、兄さんには特別に安く売るよ。五百ペニーでどうだい?」
レニーはため息をつくしかなかった。
どう見ても普通の鉄の盾。
五百ペニーどころか、五十ペニーでも高いくらいだ。
レニーは何も言わずに、背中に背負った槍を手に取ると構えた。
「分かった。じゃあ、その盾を構えてくれ。今からこの『竜の槍』で攻撃する。もしも本当にこの槍をその盾で防げたら、千ペニーで買ってやるよ」
レニーは槍を構えて、今にも攻撃に移る体勢になった。
二人組みは一瞬顔を見合わせると、あわてて逃げ出したのだった。
「まったく。あんなおんぼろの盾を買うやつが、どこにいるんだよ」
レニーはすぐそこにあった茶屋で、お茶とお菓子を注文して、腰を下ろした。
目の前にはのどかな田園風景が広がっていた。
平和な風景だ…。
激しかった戦争が終わってからもう五年がたつ。
あの頃の事がまるで夢だったかのようだ。
その時、例の二人組の声がまた遠くから聞こえてきた。
「ちょっとそこのお嬢さん。その格好、戦士だね」
「ええ…」
「ちょうどよかった。それなら聞いておいて、絶対に損しない話があるんだ」
「話って?」
「そうさ。お嬢さん、幸運だよ。こんな時にめぐり合えるなんて…。実は俺たちは戦士には絶対欠かせない、それはもうすばらしい盾を持っているんだ」
どこかで聞いたようなそっくりそのままの話をしながら、一人の男が盾を取り出す。
「これはどんな武器も防いで、絶対突き通させない魔法の盾なのさ。その名も『最強の盾』」
「えー、すごーい!」
「もうこの辺の戦士たちにはものすごい人気なんだ。最後のひとつしか残っていないけど、お嬢さんには特別に五百ペニーで売ってあげるよ」
「えー、本当ですか?でも、これで足りるかな?」
まるで疑う様子もなく、少女は持っていた袋の中を探る。
遠くからその様子をぼんやりと見ていたレニーは、思わずお茶を吹き出しそうになった。
少女が袋の中から金貨を取り出したのだ。
金貨といえば十万ペニーに相当する。
この国には通常の銅や鉄で出来た通貨以外に、ひとつで一万ペニーに相当する「銀貨」。十万ペニーに当たる「金貨」がある。
だが、金貨や銀貨は高価すぎて、普通の庶民はまず目にすることなどない。
二人組の商人のほうも、思わぬ成り行きに、キョトンとしている。
だが、少女の取り出した金貨を見て、二人は目を合わせると、さらに弾んだ声で続ける。
「ああ。お嬢さん、かわいいから特別にとっておきの商品も見せてしまおう。本当はこれは誰にも売りたくなかったんだけど…」
「何ですか?」
ノッポは銀色に輝く矛を取り出すと、惜しそうに見つめる。
「ああ、これはどんな盾でも貫いて、相手を攻撃してしまうという伝説の矛なんだ。その名も『最強の矛』」
「すごーい!」
「これさえあれば、誰だって最強の戦士になれること間違いなし」
レニーは頭を抱えると、思わず立ち上がって、商人の方へとかけよった。
「あのなぁ。お前ら『矛盾』って言葉、知ってるか?」
「矛盾?」
「そのなんでも突き通せる『最強の矛』で、どんな攻撃も防ぐ『最強の盾』を攻撃したらどうなるんだよ?」
しばらくの沈黙。やがてノッポが苦し紛れに答える。
「えっと…。きっと最強の盾と矛とが合体して、攻防一体のすばらしい道具に…」
「すてきー!」
「なるわけないだろ!」
レニーは思わず背の高いほうの男を殴っていた。
二人の商人はこそこそと逃げていく。
レニーは少女に向かって言う。
「お前もお前だ。こんな普通の盾と矛が五百ペニーもするはずないだろう」
「でも商人さんは『最強の盾』と『最強の矛』だって…」
「こんなみずぼらしい盾と矛が最強のはずないっ!」
「でも商人さんたち、うれしそうだったのに…」
少女はまだ名残惜しそうに、逃げていく商人を目で追いかけていた。
やがて商人が見えなくなると、少女はあきらめたように、茶屋のほうへと歩いて、レニーの横に座った。
「私、セシルっていいます」
かわいらしい少女だった。
長い髪。無邪気な笑顔。
きちんとした白い戦士服に、腰に巻いた高そうな剣。
剣にはこれ見よがしな宝石がちりばめられていた。
「それで、どこのお嬢様なんだ?」
セシルは困ったような顔をして、澄んで瞳でじっとレニーを見つめていた。
「いいえ。私は旅の途中の通りすがりの女の子です」
「うそつけ!」
ただの通りすがりの女の子が金貨なんて持っているはずがない。
セシルは相変わらず澄んだ瞳でじっとレニーを見ている。
レニーはなんだか恥ずかしくなって、目をそらすと答えた。
「まあ、いいや。レニーだ。よろしく」
「レニーさんですか。きれいな髪ですね」
「『さん』づけで呼ぶのはやめてくれ。ただの『レニー』でいいよ」
なんとなく調子の狂う少女だった。
レニーは残ったお茶を一気に飲み干すと、立ち上がって歩き出す。
セシルもあわてて自分のお茶を飲み干すと、レニーの後を追いかけた。
「あ、待ってください」
「なんだよ?」
「いいえ、別に…。私もこっちに行くんですよね」
セシルはレニーのすぐ後ろを、小走りになってついてきたのだった。
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