「その時々の感情」
目の前の状況に追いつけなくて、ふと我にかえると思っていた以上に大変なことになっているのはよくあることで。
それは多くの人が共通項として持ち得ているとも思い込んでいたが、なんでも私のレベルになると障害と呼ばれるらしい。
どうも幼い頃から、親からも、弟からも、親友からも言われていると忘れがちだが、私は私であると思い続けたとしても、周囲との違いや平均値を大きく下回る能力に目がいってしまう。
多分、周りは私が思っている以上に私のことを知っていたのだろう。それと同時に私は甘やかされていたのだろうとも感じる。多少の嫌悪感はあるが、いままでも甘んじて受けていた施しに感謝していないわけではない。そして、それを突っ撥ねるほど憤慨もしていない。
ただ人と違うことを認めたことで、私も色んなことが考えられるようになれたらと強く思う。
「もっと人と話したい。会話がしたい。あの子どもを観るような目ではなく、ちゃんと大人として扱って欲しい。」
でも、そんなことは言えない。相手に伝える術がないのだ。あと、そんなことを思うことがまず出来ないんだろうな。
さて、そろそろお時間なのでいきますか。
いつも、外に出してくれるのは嬉しいけど、ボロが出そうで怖いんだ。だからいつも消極的になる。だから気を遣わなくていいのに。
ありがとう。
そう言って僕は私になる。