プロローグ
大陸の真ん中、まるで型抜きをしたかのように真円を描く湖がある。
湖は絶対不可侵の条約により、いかなる争い事もしてはならない。もし、これを破った場合は…
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広大な大陸を、真ん中の湖を除いて4つに分けられたその内の一つ。
水竜一族が治める水国の王宮の一室で、ゆっくりと水竜の王が息を吐き出した。
その途端、ペキペキと音をたててガラス窓に霜が張り付き、床に机や椅子などの備品が固定されていく。
もちろん両開きの扉は鍵がかかっていないにも関わらず、開けるのに苦労する仕様へと変貌していく。
「ちょっと!」
部屋の外で、この水竜の王にもの言えるただ一人の人物が声を張り上げた。
「なんだ?」
王の返答に、扉が破壊される。破壊しないと入室できないので仕方なく扉を木端微塵にし、その破片を踏みながら一人の男性が奥の椅子に座っている王に近づいた。
「…兄様?また、王宮を壊すつもり?」
王の弟である彼が王に苦言を呈するのも無理はない。
実はこの王宮は仮のもの。 力の強すぎる王のせいでそれまであった王宮は無惨にも崩れ落ちた。他の竜王に攻め入られ崩れ落ちたならまだしも(それもまた問題があるが)自国の王のブレス一つで崩れ落ちる等外聞が悪すぎる。
決して、老朽化が進みすぎていたわけではない。
ただ、ただ、王の力が強すぎるだけ。
「だから言っただろう?俺のせいではないと」
それがわかっているからこそ少しは自重してくれと、部屋に入ってきた、王の弟は言葉を重ねた。
「いくらここが仮の王宮だとしてもそう、何度も壊されたら修繕費だけでいくらかかると思う?」
王宮を建てるのも一苦労、そして王の力を抑える役目の火竜の登用も一苦労。
力が強いというのもまた考えものだった。
「なら、なおさら早くお前がこの席に座ればいい。
…そうだな、おれは火竜のところの火山にでも住むか」
普通の水竜がそんなところにすめばたちまち力を失い溶岩に巻き込まれ死んでしまうが、目の前の王ならば、逆に火山を凍結させるだろう。
そして、火竜の国から猛抗議が届くという未来しか思い浮かばない。密かにため息を吐き出し、手にした書類を王に向けて差し出した。
滅亡したと言われる、自国の眷族の資料。
彼らがいれば、王が力を暴走させることなく、平穏に暮らせるだろう。
そうでなくても、力の制御を覚えるまで力を貸してくれれば…。
巨大な力を持った兄、国王を守れるのに。
「無理があるな。彼らの滅亡のきっかけを作ってしまったのは我らだ」
「そうだとしても…」
その類まれなる能力をただの道具として他国の竜王たちに分け与えたのは三千年も前の水竜王。
その能力の有用性によって起きたのは、
【人魚狩り】
水の眷族でありながら、長寿のために繁殖力の衰えた各々の竜族に繁栄をもたらした一族としてかれらは世界中から狙われた。
水竜王の元に逃げ込んだものもいたが、当時の水竜王は彼らを水竜を産む道具としてしか見ずにその命を刈り取ってしまった。
「いないものを探しても仕方あるまい。生きていたとして…今更、王を頼るものもいないだろうが、な」
深い悲しみがこもった王の言葉に王弟も軽く頷き窓の外をそっと見上げた。
なぜかその窓は、王のブレスで凍っていたものが一度解けたにも関わらず、もう一度凍っており、王弟の口元には苦笑いが浮かんでいた。