第29話『月下の情』
大浴場から出た後は、俺は入り口の横にあったコーヒー牛乳を買った。エリカさん、リサさん、愛実ちゃんにはフルーツ牛乳を奢り、みんな美味しそうに飲んでいた。何故なのか、こういうところで飲むものってとても美味しく思えるんだよな。
その後、702号室にお邪魔して、4人でトランプをすることに。エリカさんやリサさん曰く、ダイマ王星にもトランプのようなカードゲームがあるらしい。
やるゲームは大富豪やババ抜き。エリカさんやリサさんにルールを教えて、ゲームを進めていく。
2人ともルールの飲み込みは早かった。ただ、リサさんはとても強いけれど、エリカさんは俺や愛実ちゃんと毎回最下位争いをする展開となった。それでも、2人はとても楽しそうに遊んでいた。
トランプに盛り上がったこともあってか、あっという間に夕食にしようと決めた6時半になった。
バイキング形式の夕ご飯はとても美味しい。夏海町は漁業も盛んであり、今日捕れた魚の刺身はとても美味しかった。地元の日本酒とよく合う。売店にあったら、両親と自分のお土産に買おうかな。
リサさんは俺と同じように地元の食材を使った料理を中心に食べ、エリカさんとリサさんは肉料理を中心に食べていた。また、3人ともフルーツやスイーツはたくさん食べていたな。それに加えてお酒やジュースも飲んでいるので、お腹が痛くならなければいいけど。
ちなみに、食事中、エリカさんやリサさんは子供に可愛いと言われることはあったけど、宿泊客に変に絡まれることはなかった。正直、ホテルに人が多いので不安な気持ちもあったけれど、何事もなく過ごすことができて一安心した。
夕食を食べ終わった僕らは、ホテルの周りを散策することに。
「いやぁ、たくさん食べた。満足だよ」
「私もたくさん食べてしまいました。地球の料理も美味しいですね」
「エリカちゃんとリサちゃんの食べる姿は、見ているこっちも幸せになるほどだったよ。先輩もそう思いませんでしたか?」
「そうだね」
楽しみにしていた食事に満足できて良かったなと。
それにしても、自然の多い海沿いの町ということもあってか、夜になると結構涼しい。これなら、お酒の酔いも覚めそうだ。夏川市の方も夜はこのくらい涼しいといいんだけれど。
「結構涼しいねぇ」
「ええ。昼間の暑さが嘘のようですね、エリカ様」
「自然が多いからだろうね。あたしが住んでいるところよりも涼しい」
ダイマ星人は地球人よりも暑さに強いとは聞いていたけど、今くらいの気温の方が心地よく感じるのか。
立派なホテルがあって、ホテルの近くにはコンビニや居酒屋などちらほらあるけれど、夜になったからか歩いている人の姿はあまりない。
「夜の地球の街はほとんど歩いたことがないので、新鮮でいいですね」
「地球に来たときは夜中でしたけど、あのときは?」
「エリカ様のいる場所は分かっていましたので、人気のないところに宇宙船を着陸させて、テレポート魔法で宏斗様のご自宅に行きました」
「そうだったんですか」
テレポート魔法を使わなければ、戸締まりをしている自宅の中に入ることはできないもんな。
「テレポート魔法って凄いよね。あたしの家まで一瞬だったし。ここにも一瞬で来ることができたから、今日は海やプールで思う存分遊んじゃった」
「一瞬で旅先に行けるっていうのもいいなって俺も思ったよ、愛実ちゃん。ところで、こういった魔法を使って疲れたりはしないんですか?」
「魔法によっては体力や気力を奪われるものはありますけど、テレポート魔法やテレパシー魔法、透視魔法くらいであれば全然気にするほどではないです。小さい頃から使い慣れていますし」
「リサの言う通りだね。ただ、練習し始めた頃は何度もやるとヘトヘトだったな」
「そうなんですね」
それを聞いて一安心だ。一瞬で移動できるのは便利だけれど、それが2人の体の負担になってしまうのは申し訳ないと思ったから。
「みなさん、月が綺麗ですよ。満月に近いですね」
ホテルから少し離れ、広い景色が見え始めたところで愛実ちゃんがそう言った。彼女の指さす先には、彼女の言うように満月に近い月があった。
「本当だね、愛実ちゃん。月明かりに照らされている海も綺麗だ」
「そうですね! あたし達の住んでいるところでは見られない景色ですよね。旅先の夜なんだなってより実感できます」
「うん。今日は楽しい一日になったよ。そうさせてくれたきっかけを作ったのは愛実ちゃんだ。ありがとう」
「……いえいえ、こちらこそ」
そう言って笑みを浮かべる愛実ちゃんはとても艶やかに見えた。普段は後輩として見ているけれど、彼女も今年で24歳になる女性なんだよな。この旅行を通じて大人っぽいところがあると何度も実感している。
「宏斗さん……」
すると、エリカさんは俺の腕から離れて、俺の目の前に立った。彼女はうっとりとした表情を浮かべながら俺のことを見つめている。
「……どうしてなのかな。あの月を見ていたら、段々とドキドキしてきて。宏斗さんへの想いがどんどん膨らんでいくの」
「エリカ様もですか? 私もあの月を見た瞬間からドキドキしてきたのです。だからなのか、視線が……自然と宏斗様の方に向いてしまいます」
「エリカちゃんもリサちゃんもどうしたの?」
「……どうやら、月の影響を受けていると考えた方が良さそうだね」
リサさんもドキドキした様子で、俺の方を見てきている。
映画やアニメで、狼男が満月の夜に狼へと変身するシーンは見たことがあるけれど。まさか、実際に月の影響を受ける人がいるとは。月光にダイマ星人を興奮させる成分があるのだろうか。
エリカさんが俺に対して想いが膨らむのは納得だけど、リサさんが俺に視線が向いてしまうのは意外だ。当初抱いていた嫌悪感がなくなった証拠なのかな。それとも――。
「ねえ、宏斗さん。……キスして?」
「……今はまだできません」
俺はエリカさんのことを抱き寄せる。
「せ、先輩!」
「月を見なければ、少しは気持ちが落ち着くかもしれないと思って。安直な考えだけどね。愛実ちゃんもリサさんのことを抱きしめてくれるかな」
「分かりました!」
愛実ちゃんはリサさんのことを抱きしめる。夜だし、人もあまりいないから少しの間はこうしていよう。
涼しいからか、エリカさんの温もりが心地よい。彼女の髪からシャンプーの甘い匂いがしてきて。
やがて、エリカさんは両手を俺の背中に回した。
「段々と気持ちが落ち着いてきたよ、宏斗さん。でも、こうやって抱かれていると、それはそれでドキドキする」
エリカさんは上目遣いで俺のことを見て、にっこりと笑った。夜だからなのか、さっきの愛実ちゃんのように、普段よりも艶やかな印象を抱かせる。
「愛実様、ありがとうございます。気持ちが落ち着きました」
「良かった、リサちゃん」
「ただ、月はこれまでに何度も見たことがあるのに、ドキドキしたのは初めてです。お酒に酔っていることも関わっているのでしょうか」
「そうかもしれないね、リサ。昨日の夜も家のバルコニーから月を見たけれど、綺麗だなって思うだけでドキドキすることはなかったから。こういった経験はダイマ王星ではなかったね」
お酒などで酔った状態で月を見ると、さっきのようにドキドキするということか。今日のように満月に近い状態だと確率が上がるのかな。もちろん、個人差はあるだろうけど。
「旅行を終えたら、このことは女王様に伝えた方がいいですね」
「そうだね。地球にいるからこそ気づけたダイマ星人の体質だし。今後、地球と関わりを持つことになったときのことを見据えて、対策を考えないといけない」
さっきのように気持ちが大きくなって、地球人を襲ってしまったということになったら大問題だもんな。ダイマ星人は地球人よりも力が強いし。
「今の真面目なエリカちゃんと見ていると、本当に王女様なんだなって思えるよ」
「私だってダイマ王星にいた頃は、何十年も公務をやり続けたからね」
そう言って、ドヤ顔で胸を張るエリカさんは王女様に見えないけれど。ただ、愛実ちゃんやリサさんはそんなエリカさんを見て楽しそうに笑っていた。
2人への月の影響が心配なので、俺達はホテルへと戻るのであった。
 




