その7・月面のドッグファイト
惑星サンミゲルで厄介な「荷物」を預かったことから始まった今回の一件も、決着の時が近づいている。話はいたってシンプルだ。シンジケートの幹部によって不本意ながら連れ去られたリコリス・ホームステッドを救出すればいい。
大魔王に囚われたお姫様を救うナイトの物語。
違いは大魔王の城に乗り込むのが騎士じゃなくて、ただの運送屋だってことだ。伝説の剣も精霊の加護もない。ただ宇宙をかっ飛ばすために改造した非戦闘用の宇宙機と、使い古しのブラスターで、さしたるバックアップも無しで虎穴に入らなくちゃならない。
そのお姫様の忠実な護衛を自称する携帯端末のAIは、ノリオ・ヴェントゥーノの目を盗んでこまめに通信を送ってきていた。
ジェリコは人口が少ないとはいえ、通信設備が全くない星ってわけじゃない。辺境だけあって、星系内通信網は普通に惑星間メールを送るのも厄介なほど細いが、同じ惑星圏にいる相手に短文を送るならばなんとか問題なくやり取りできる。
しかし、それもこっそりやれている間だけの話だ。
〈トトからまた通信よ。メール、見つかっちゃったって。この後の連絡は無理そうね〉
「仕方ねえな。もう十分だ、よくやった、って返しとけ」
〈おっけー。でもって、間もなくお出迎えが来るみたいよ〉
フジコが予告してからそれほど時間を置かないうちに、敵意を持った影が複数、視界に現れた。
〈団体さんね。シンジケートの鉄砲玉みたい〉
「ノリオの子分か」
機影から、フジコは相手宇宙機の型番を探って補助画面で報告してきた。
TYM-100「センチュリオン」。シンジケート傘下の地回りヤクザ御用達の四人乗り宇宙機だ。いずれも、ノリオのカマロと同様に、近寄ったら顔が映るくらいの光沢のある黒で塗装され、光のない宇宙空間では背景に溶け込むようになっている。
どの機体も左右のマニピュレータに、イーサン・アレンの「ペッパーボックス」ピストルを模したブラスターを一丁づつ、計二丁持ちで装備している。元ネタの銃は、束になった複数の銃身を回転させて連発する仕組みだったが、このブラスター・キャノンはその複数の銃口から一斉に荷電粒子ビームを発射するってのが厄介だ。その分威力は低いし射程も短いが、相互干渉して拡散するので、集団で弾幕を張られると近づけなくなる。
〈全部で七機いるわね。例のカマロはいないみたい〉
「甘く見られたもんだな」
フロンティア15の太陽が照らす衛星の地表近くを、電子的な隠蔽もかけずに飛ぶマスタングの白銀の機体は、とっくに奴らに見つかっているに違いない。撃ってこないのは単に射程の問題だ。低出力の奴らの銃では、こっちに届く前にビームが威力を失う距離だろう。
だが、今のこの距離からでも、単発のネイビー・ブラスターは十分な威力で届く。
「狙い撃ちだぜ」
高い軌道から侵入してくる黒いセンチュリオンの陣形は、こっちからも丸見えだった。月が惑星の昼側にいる限り、保護色の黒塗りにはあまり意味がない。
俺は精密射撃用のスコープをスクリーン上で起動し、拡大映像で照準を定めてロックするのと同時に、ネイビーのトリガーを引いた。
青い光条が放たれ、センチュリオンの隊列の左端を飛んでいた一機が火を噴いて四散した。隣にいた一機も、その破壊によって生まれた破片を食らって大きくよろめく。そこに至って初めて、センチュリオンの隊列は解かれた。そして速度を緩めて重力に身を任せ、個別に俺が飛んでいる軌道に降下してきた。
「加速だ。衛星重力圏を離脱」
〈あいあーい〉
鼻歌でも歌うようにフジコが答えるのと同時に、マスタングの六つのスラスターは同軸方向に全力で噴射を開始し、機体は軽やかに舞い上がって、イズトラカンの重力を振り払った。
最初の一撃で破片を食らっていたセンチュリオン一機が、減速後の制御に失敗してそのまま衛星の表面に落ちていくのが見えた。これで残り五機。
惑星にも匹敵する大きな衛星の低軌道上で、いったん減速した宇宙機が再加速して重力圏を離脱するには時間がかかる。残りの五機も、最初から低周回軌道速度を出していた快速のマスタングには追い付けないだろう。
「トトの奴の連絡では、リコリスがいるのは惑星と月の間にある人工宇宙島って話だったな?」
〈そうね。どの島かまでは特定できないけど、彼女を乗せたノリオの宇宙機のカーゴが廃棄された人工宇宙島に入港したって〉
「人の住んでない人工宇宙島はいくつある?」
〈ネットで拾った最新版の星系データだと、去年の段階で十七あるわ。そのうち予備動力で生命維持機能が作動したままなのは九。さらに宇宙港に甚大な損傷が無いのは六つね〉
「六分の一か……」
〈ロシアンルーレットね〉
「そりゃ確率が逆だろう」
回転弾倉に弾が五発入ってるロシアンルーレットを試したいって奴がいたら、それは勇者でもチャレンジャーでもなくただのバカだ。
しかも、フジコが絞りこんだ条件に合ってない人工宇宙島を使っていないって確証すらない。
「運任せやしらみ潰しってのは効率が悪すぎる。さっき撃破したセンチュリオンのデブリは、今どこを周回してる?」
〈月の裏側。――運行記録データが残ってるかどうかなんてわからないわよ?〉
「手掛かり無しってよりゃマシだろう」
迎撃に出てきたセンチュリオンには、もともと駐機していたスフィアのデータが残っている可能性が高い。さっき振り払った残敵とまた交戦する羽目になるのは間違いないが、こんな宙域で迷子になってウロウロしてる間に増援を呼ばれたりしたらことだ。
「衛星周回軌道に遷移だ」
〈しかたないわね〉
しぶしぶ、という感じの口調で、フジコはマスタングの取るべき進路をスクリーン上に表示した。
俺にとって幸いだったのは、さっき生き残ったセンチュリオン五機が分散して飛んで行ってくれていたことだ。出くわしたとしても一機か二機なら相手にできる。軌道の高さもそれぞれ違う。マスタングがどの機体からも捕捉されない遷移軌道を取るのは、それほど難しいことじゃなかった。向こうさんだってお互い連携しながら俺を探し回ってるんだろうが、見つけてから合流するまでには余裕があるはずだ。
そして、結局センチュリオンには遭遇することなく、目的の破片を視認できる位置に到達する事が出来た。
俺が最初の一発で撃破した機体は、爆発の衝撃もあって、大きな部分二つ、小さな部分が十数個に分断されていた。それと、ネジやら細かいパーツやら機体の破片やらが、数えきれないくらい飛び散ったはずだが、もしドラレコがそこまで細かく破壊されたのならデータを取れる可能性は無い。
俺はとりあえず、大きな破片のうちの近い方と同期するようにフジコに指示した。
それはセンチュリオンの機関部を含むパーツ群で、熱と衝撃に歪み、一部は融解してしまっている。運行記録は制御AIシステムのメイン記録デバイスか、緊急用のバックアップユニットの中にあるはずだった。いずれも事故なんかで壊れないように、耐久性の高いボックスに入ってるはずだ。
マスタングのスクリーンに映し出される黒い破片がだんだんと近づき、細部まではっきり観察できるようになると、期待は確信に変わった。
「ビンゴだ。レコーダーボックスがスラスターの破片の横に浮いてる。発光ビーコンを出してる」
〈すんなり見つかったわね。回収するわ〉
マスタングの左腕が前にのび、機体はそのままの軌道を保って破片に近づいて、目的の物をつかんだ。
さて、もうここに用はない。すみやかに離脱して、人工宇宙島群のある|重力均衡点《ラグランジュ-1・ポイント》に近づく軌道に入らなければならない。
「ドラレコの解析は移動しながらやれるな?」
〈まーかせて。――それより、また来てるわよ。合計五機〉
「さっきの奴らか」
前方から黒塗りのセンチュリオン五機が、イズトラカンの地平線の向こうから、再び隊列を組んで向かってくるのが見えた。
〈!――まずいわ。後ろからも来てる〉
フジコが言い終わらないうちに、背後から高威力のブラスター・キャノンの一撃が放たれ、マスタングのメインスラスターをかすめていった。
「後ろからは一機だけか?」
〈そうね。でも最悪――カマロよ〉
「フン、ようやくお出ましか――ノリオ・ヴェントゥーノ」
多分ノリオのカマロは、センチュリオン部隊と一緒にL1ポイントから出撃した後で、逆周りに衛星周回軌道にアプローチしてきたんだろう。最初から二手で挟み撃ちにするつもりだったわけだ。
「あれ? ヒューガさんじゃないっすか。お久しぶりっす」
スクリーン上の通信ウィンドウに、もう見飽きたノリオのとぼけ顔が映った。
「人違いだな。俺はマイケル・J・マクノウィッチだ。リコリスを返してもらうぞ」
「おや、俺っちの花嫁に横恋慕っすか。馬に蹴られて死んじゃうっすよ?」
カマロの右手に握られたS&W No.2のレプリカ荷電粒子砲のシリンダーが回り、二発目の光条が放たれた。
俺はマスタングのアークジェットエンジンの出力を臨界まで上げて、機体後方に長く燃料プラズマの尾を引きながら急上昇する。荷電粒子砲とアークジェットエンジンは、噴射するものが違うだけで原理的には兄弟みたいなものだ。アーミー・レプリカの粒子束線は急加速によって生じたプラズマの磁界と絡み合い、衛星重力によって大きく軌道を変え、マスタングの腹の下を通り抜けていった。
「逃げ切れると思ってるっすか?」
不敵な笑みを浮かべて、通信ウィンドウの中のノリオが言った。
次の瞬間、高度を上げたマスタングの前方に、無数の光の柱が下から上へと槍衾のように突き上がり、俺は慌てて逆噴射をかけて減速した。センチュリオンのペッパーボックス・ブラスターから放たれた、拡散粒子砲だ。
「チッ、横だ、フジコ。左へロールアウト」
〈うぇーい〉
味方のブロッカーもいない状況で六機がかりのラッシュを食らったら、QBサックされるのは必至だ。方向を変えて、センチュリオンの隊列を回り込んでいくしかない。衛星重力に引かれながら、フライホイールとサイドスラスターをフジコの精妙な制御で稼働させ、マスタングは滑るように敵前回頭した。
ノリオのカマロとの軌道高度差がまたゼロに近くなる。アーミーの三発目が横っ面をかすめ、左の機外マニピュレータが吹っ飛んだ。
「まずい、ドラレコが!」
〈ギリでセーフよ。解析、いま終わった〉
「……愛してるぜ、相棒」
〈知ってるから、さっさと撃ち返しなさい〉
言われるまでもない。俺はマスタングの機体を横にロールして、背面飛行の状態にした。そして方向転換中のカマロに向けて一発、ネイビーをぶっ放した。――が、外した。
短時間にアクロバットが続いたのと、めまぐるしくスクリーンの景色が変わるのとで、流石の俺でも酔いそうになる。一発目が外れたのはそのせいだろう。
「チッ」
間をおかず二発目を叩き込んだが、それはマスタングとカマロの間に割り込んできた一機のセンチュリオンに阻まれた。音も立てず爆散するセンチュリオンの破片を避けつつ機体の姿勢を戻して、俺はふたたび上昇した。
しかし弾は当たらなかったものの、今の爆発でノリオも減速か方向転換を強いられた筈だ。このままの距離でイズトラカン周回軌道を離脱できれば、奴を振り切れるかもしれない。
だが、シンジケートはそう甘くなかった。
ペッパーボックスの拡散粒子砲のシャワーが、今度は上から降り注いできた。
「新手か! くそッたれめ」
幸い距離が遠かったので、深刻なダメージにはならなかったが、上昇中のマスタングの前方から、新たに七機の機影が隊伍を組んで迫ってきていた。おそらく、奴らのアジト、L1ポイントからの増援だ。後方からも、態勢を立て直したノリオが残り四機のセンチュリオンを率いて上がってくる。
「ひゃっはははは! これで終わりっすね、マクノウィッチさん!」
ノリオの高笑いが通信ウィンドウから聞こえてくる。
確かに、このままじゃあ、前後から拡散荷電粒子の檻に閉じ込められちまうだろう。
(万事休す、か……)
あきらめかけた、その時だ。
前から迫る新手の側面を、突然、数十条の青白い光弾が刺し貫いた。
完全な奇襲だった。
シンジケートのセンチュリオン部隊は、隊列を崩して軌道を下げ、回避運動に入る。
〈右前方にELドライブアウト反応多数!〉
見ると、フジコの言う通り、先ほどまで何もなかった空間に、カーキ色に塗られた軍用宇宙機が何機も転移して来るのが見えた。それを率いているのは、真っ赤に塗装された隊長機。
〈FDM-970M「マベリック」の大軍……と、赤いのはGMC-06Z「コルベット」みたいね〉
シンジケートのセンチュリオンを攻撃したのは奴らの手の中にあるコルト・SAA・レプリカ・キャノンのようだ。
軍用機は訓練された機動で、整然と陣形を整え、シンジケートのチンピラたちを上から制圧し始めた。
現役の軍用宇宙機が団体で辺境に現れるってのは剣呑だ。おかげで助かったが、しかし味方と断定するにはまだ早い。
「フジコ、引き続き警戒を――」
〈通信来てるわよ。つなぐね〉
「――誰からだ?」
〈あたしの知らない女~〉
フジコは不機嫌そうにそう言いながら、通信ウィンドウをもう一つ開いた。
「はろー、マクノウィッチさん。遅くなってごめんなさい」
「だから、誰だ?」
「第七騎兵連隊参上!……です。申し遅れました。チョップスティック・パーマー中佐配下、第七騎兵連隊A中隊長のアリッサ・メイフィールド大尉です」
騎兵隊だって? パーマーの部下?
「……お分かりになりませんか? 先日サンミゲルでお会いしたんですけど」
「?」
通信ウィンドウの画像を拡大してみると、映し出された女性士官の顔には確かに見覚えがあった。
「俺の愛銃を返してくれたお嬢さんか!」
「はい。その節はどーも」
アリッサ・メイフィールドと名乗った女性士官は、満面の笑みを浮かべながらウィンドウの中で敬礼した。
俺が酔いつぶれて砂漠に放り出されたあの日、フジコの手配でサンミゲルの騎兵隊詰め所に預けられていた俺の持ち物の返却手続きをしてくれたのが彼女だ。
「大尉だって? あの時は階級章が違わなかったか?」
「さあ、覚えてないですねー。――とにかく、あの時にあなたの携帯にちょっと仕掛けをさせてもらいました。おかげでヴェントゥーノ一家のアジトの場所を掴むことができました。感謝します」
「ちょっとまて。俺の携帯がどうしたって?」
位置情報をこっそり送信するアプリを仕込まれていたってことか。騎兵隊といやあ、辺境の治安を守る正義の味方のはずだが、方法論がシンジケートと大差ない。善良な一般市民のプライバシーを何だと思っていやがる。
しかしまあ、そのおかげで命拾いしたのは事実だった。千々に散開したセンチュリオンたちは、騎兵隊のマベリックに追い回されている。
「とりあえず、礼は言っておく。パーマー中佐にもよろしく」
「どういたしまして、マクノウィッチさん。――でも、中佐の命令だとあなたも協力してくれることになってまして」
「なんだって?」
「雑魚は私たちが片付けますんで。ノリオ・ヴェントゥーノはお任せしますね」
「おい! そんな暇はねえ。こっちにはこっちの事情が――」
「よろしく~、早撃ちヒューガさ~ん」
俺の反論をあっさり無視して、アリッサは通信を切った。
「……付き合ってられるか!」
第一目的はノリオを倒すことじゃない。リコリスを助けることだ。
さっきの破片の機体運行記録は、フジコが吸い上げて解析済みだ。
「惑星と衛星の中間に浮かぶ人工宇宙島群の中から、奴らが発進したアジトを割り出してそこへ直行するんだ」
俺はフジコにそう指示してから、マスタングの推力を上げるべくスロットルを入れた。が、加速がいつになく緩慢だ。
「どうしたフジコ?」
〈主推進装置、一番と四番が不調。さっきペッパーボックスのシャワーを食らった時かしら〉
「ほかの四基で加速を続けろ。最終的に衛星の重力を振り切れればいい」
推力は三分の二に低下している計算になるが、単体でもアークジェットを噴射し続ければ加速は十分なはずだ。機動性が低下したのは難儀だが、致命傷ってわけじゃない。
〈そうするつもりなんだけどね。あいつのカマロがまた上がってきてるわ〉
騎兵隊とシンジケートの雑魚同士が打ち合って乱戦の様相を呈している低軌道面から、ひときわ足の速い黒い機体が全速力で再度、マスタングのいる軌道まで昇って来つつあった。
「しつこい野郎だ」
「いやあ、ちょっとビックリしたっす。騎兵隊を呼んでたとはねえ」
「俺が呼んだわけじゃねえよ」
ノリオに悪態をつきながら、俺はネイビーを後方に向けて一発放った。当たりはしないが牽制にはなるだろうって積もりだった。しかし奴の黒カマロはそれに惑わされることなく、減速も軌道変更もせずに猛然と追いすがってきた。
〈このままだと五分と経たずに追い付かれるわね。エンジンの不調が直れば別だけど〉
「――フジコ、遷移軌道変更。惑星ジェリコの周回軌道に入れ」
〈了解〉
イズトラカンの重力を脱してL1ポイントに直行するコースでは、加速が足りない今の状況じゃあ、いずれノリオに追い付かれるだろう。となれば、機体をジェリコの周回軌道にそうような遷移軌道に乗せて、公転の力を借りて加速する方がいい。
ノリオのカマロの猛追は続いている。躊躇している暇はなかった。
マスタングは一路、荒野の惑星ジェリコへと機首を向けた。