その1・サンミゲル港の出会い
惑星サンミゲル。
銀河連邦の中央宙域から遠く離れた、まだまだ開拓途上の惑星だ。
フロンティア15、なんて味気ない名前の太陽の周りを公転する、十二の惑星の中の一つで、内側から数えて二番目の星だ。
この宙域の開発が始まってから百年は経とうってのに、いまだ食用ウシバッタの放牧ぐらいしか目立った産業が無い、田舎の中の田舎惑星。だが、この恒星系の超空間ゲートが近いってんで、星系外から来る宇宙機の溜まり場みたいになってる。
そのサンミゲルの宇宙港に続く軌道エレベーターの根元に、宿泊施設や歓楽街が雑多に並んだ小さな町がある。
町の片隅にある安宿に戻った俺は、熱いシャワーを浴びたあと、バスタオルで頭を拭きながら愚痴った。
「もう少し早く起してくれ、フジコ」
〈そうね。マイクの熟睡を邪魔してやりたいのは山々だったんだけど、コッチも色々忙しかったの〉
頭蓋骨に直接話しかけてくるのは、インプラント式携帯端末の骨振動スピーカーだ。軍にいた頃に首すじの辺りに埋め込まれたもので、さすがにこいつを盗んでいくことはできない。
通信の相手はフジコと言って、俺の仕事上の相棒だった。フルネームはカワセ・フジコ・クヴェルティ。
相棒――っていっても、人間じゃない。AIだ。
軌道上にある俺の宇宙機「マスタング」の制御をつかさどる人工知能。なぜかこいつのインターフェイスは人語で話しかける以外受け付けない仕組みになっていて、しかも、お聞きの通り口の悪い跳ねッ返りだ。彼女のご機嫌を取りながら、俺は宇宙を旅してるってわけだ。
「色々? というと?」
シェービングジェルをあごに塗りつけながら、俺が首をひねると、フジコはため息をついた。
〈具体的に言うとね。アンタの持ち物を盗んでった奴らの顔の映像から、ID特定して騎兵隊に連絡したり、アンタの単座浮遊機動機に遠隔でロックかけて動かないようにしたり、アンタの居場所を地元の警察に届けたり、色々よ〉
「そりゃすまなかった」
恩着せがましく言いやがるぜ。
でもまあ、確かに今回は俺が悪い。
仕事がひと段落ついて、実入りも良かったんで、この星の港の盛り場でたむろってる同業者と一緒に大騒ぎしてたのがそもそもの始まりだ。
俺の仕事は運送業。個人経営の運び屋だ。星から星へ、手から手へ。荷物を運ぶのが俺の本業。
宙域流通の中継点にもなっているこの星の港には、同業者が多い。
はしご酒で、俺は一人で三軒目まで行ったんだが、そのころにはもう正体が無かった。実のところ、酒にはあまり強くない。だが、それでも飲みたいって時もあるじゃないか。
その後の記憶ははっきりしないんだが、店で会った見知らぬ女とくだらない話をしながら、ショット二つを空けたところでカウンターに顔をついて寝ちまったらしい。
フジコが言うには、俺が寝た後その女の手引きでゴツい男たちが現れて、店の外の物陰で持ち物やら衣服やらを引っぺがされ、砂漠の真ん中に放り出された。監視カメラの映像は、被害届を出した後で合法的に見た、って言ってたが、フジコのことだ、ハッキングしてリアルタイムで盗み見ていたに違いない。とんだ生中継だ。
で、ついさっき地元のおまわりさんに担がれて、俺は街場に連れ戻されたってわけだ。
〈騎兵隊の詰所に、盗まれてたアンタの荷物が届いてるハズよ。コーヒー飲んだら取りに行ってね〉
至れり尽くせりだな。俺がパンツ一丁で寝てる間に、何もかも片付いてやがる。
警察が着替えまで持ってきてくれたのも、彼女の手回しだろう。
「段取りがいいな」
〈まあね。あと、メールきてるわよ。二通〉
「差出人は?」
〈一通は、騎兵隊のパーマー中佐。もう一通は〉
フジコはそこで、もったいをつけるように言葉をためた。
〈……知らない名前ね。同業者のデータベースにも該当なし〉
スパムか。フィルタに引っかからなかったのか。
〈スパムじゃないわね。内容はアンタ名指しよ〉
「?」
〈仕事の依頼みたい〉
この町の郊外にある、騎兵隊――銀河連邦宇宙軍第七軍四〇六六師団フロンティア15駐留治安維持群――の地上勤務者詰所に俺が足を運んだのは、それから間も無くのことだ。
昔のこととはいえ、命令違反で軍を不名誉除隊した経歴を持つ俺は、軍関係の施設に近寄ることさえ気が重い。
民間人向かいの窓口担当者は、俺のことなんて知らないから、愛想のいい笑顔を交えて明るく対応してくれた。だがその明るさが、却って気を滅入らせる。
「……これで全部ですか? 間違いありません?」
「ああ。ありがとう」
押収品を預かってる部屋に通されて、事務机の上に並べられた物を一つ一つたしかめる。
大事なものは、そう多くない。
まずは、手で持つタイプの携帯端末。インプラントだけじゃ不便なので持ってる。金銭の支払いはこっちのIDでやってるので、無いと宿屋のチェックアウトもできない。戻ってきてくれてなによりだ。
そして、荷電粒子銃。ブラスター無しで辺境宙域を疾るのは、素っ裸で往来を歩くようなものだ。
「へえ、ネイビーですか」
係の姐さんが、興味ありげに俺のブラスターを覗き込んだ。
「わかるかい」
俺はちょっと自慢になって、手の中の銃をくるりと回してみせた。
ブラスターの外観のデザインが、人類が地球にいた頃に使われていた化学反応爆発式の拳銃を模して造られるようになったのは、ここ二十数年の間の文化だ。
高エネルギー荷電粒子を放射する仕組みの部分の直径が百分の二十EPLインチ未満まで小型化されて使い捨てになり、いわば「銃弾」として供給されるようになり、それを装填発射する部分のデザインには余裕を持てるようになってからの話だ。
俺の愛銃は、西暦一八五一年に合衆国で生まれたパーカッション式リボルバー、コルトM1851の精巧なレプリカだった。通称は「ネイビー」。銃身に帆船の軍艦が彫刻されているからそう呼ばれる。
根強いファンもいる名銃だが、一般にはそれほどメジャーじゃない。この姐さん、見かけによらずガンマニアだったりするんだろうか? とおもったが、どうやら違うらしい。
係の姐さんは首を横に振って言った。
「詳しくはないんですが、昔騎兵隊にいた凄腕のブラスター使いで、ネイビーを使ってた人がいた、って話をパーマー中佐――うちの隊長から聞いたことがありまして。名前は何て言ったかな。ヒューイ? ヒューズだったかしら」
「おっと、この後仕事の打ち合わせがあるんだった。悪いが手続きを頼む」
あぶねえ、こいつ、パーマーの部下だったのか。話がマズい方に流れないうちに、とっとと退散する事にしよう。
彼女が提示したタブレットノードにIDパスを読み取らせて、手書きのサインを入力すると、俺は荷物をまとめて詰所を後にした。
昨日の飲み屋街の駐機場に寄ってスピナーを取り戻した俺は、知らない名前のメールの送り主の指示で、軌道エレベーターの上層、衛星軌道居住区に向かった。
地上から衛星軌道までを一気に登り、エントランス区画を出ると、半球形の高い天井に覆われた居住区の風景が広がる。地上の町の猥雑さと比べて、閑静で面白みのない住宅街だ。
住んでいるのは宇宙港とエレベーターの管理事業者の従業員くらいだが、ここにある飲食店やカフェなどは、地上に降りる予定のない奴ら同士の打ち合わせによく使われる。
今回の依頼主も十中八九、この星の住人じゃなくて他所から来た奴って事だろう。
スピナーに跨って、メールの内容をフジコに確認してみる。
〈依頼主の名前はアラン・スミシー〉
知らない名前ってわけじゃないな。ジョン・スミスの次くらいによく知ってる。
〈言うまでもないけど偽名ね。東口から出て一筋目にあるファミレスで待ってるってさ。詳しい内容はそこで、ですって〉
「目印は?」
〈アンタが席に着いたら向こうから来るって〉
監視されてるってことか。
指定されたレストランの前まで来ると、駐機場にある小さなトラックが目に付いた。二世代前の軍用ホバートラックだった。信頼性のある機種で、払い下げ品が今もこうして民間では現役って訳だ。
そのトラックの前で、上等のスーツを着た男が気ぜわしげに周囲をキョロキョロ見ている。人工都市の中なのにサングラスをかけた、大柄だが細面の男だ。派手な色のネクタイを宙ぶらりんに巻いていて、一見して堅気じゃないってのがわかる。
そいつは俺の顔に目をとめると、慌てて懐からノードを取り出し、誰かと小声で話し始めた。
(これから会う奴の仲間か)
見て見ぬフリが正解だろうか。どこのチンピラか知らないが、あれじゃあバレバレだ。
俺は少し警戒を強めながら、スピナーをとめて店内に入り、新人バイトらしい店員のおぼつかない案内で、四人がけのボックス席の、窓の外が見える席に座った。
店員が水を置いて去るのと入れ違いに、見知らぬ男が俺の向かいの席に、何も言わずに座った。
「アラン・スミシー?」
「はい。お待たせしました、ミスター・マクノウィッチ。この度は不躾な依頼で申し訳ございません」
スミシーはニコニコした表情で馬鹿丁寧に謝辞を述べた。
「仕事の話だ」
俺は促しながら、目の前の男を観察した。
四十がらみの小太りの男で、縞の入ったシャツの袖を捲り上げて着ていた。商社の営業マンと言っても通りそうな風体だ。
「表のトラックはあんたのか?」
尋ねると、スミシーは意外にも、素直にそれを認めてうなずいた。
「もうご覧になりましたか」」
「中はまだ見ていない」
「ご希望なら、これからお見せします。こちらとしても、急ぎの仕事ですので、話が早い方が助かる」
注文を取りに来た店員に一言断ってから、俺たちは表に出た。
駐機場に出ると、さっきのスーツの男が、驚いたようにスミシーに駆け寄ってきた。
「話、もう終わったんすか?」
「これからだ。お前はあっちにいってろ」
「うす」
どうやら彼は、スミシーの子分てところのようだ。言われたとおりに、車の影の方に走り去っていく。
「失礼しました。こちらへどうぞ」
スミシーに促されて、俺はトラックの後方ドアの前に歩み出た。スミシーがドアロックを操作すると、観音開きにドアが開き、同時に荷台の中に照明がついた。
中を覗き込むとそこには荷物らしきものは何一つ積まれていないように見えた。
「……どういうことだ?」
「運んでいただきたいのは、このトラックそのものです」
スミシーは澄ました顔で言いながら、手に持ったカバンから古い型のゴツい携帯ノードを取り出して、画面を見せた。
「届け先はこちらで。報酬は――」
「トラックの中古販売のための星域間移送なら、専門の業者が安く請け負ってくれる筈だが?」
「それがそうもいかんのですよ。このトラック、出所が出所なもので。まっとうな業者に頼むとお縄を打たれるわけでして」
「なるほどな」
まあたぶん、盗難機ってところだろう。
「ほかにも何台かありますが、個別に個人輸送業者にお願いしているところでして。これ以上はお話できませんが」
「だいたい分かった。詮索しすぎるとこっちもヤバいってことだな」
あくまで、何も知らなかった体で第三者としてこの仕事を請け負うように、ということらしい。危ない橋を渡らせようっていうんで、ノードの画面で提示された報酬もそれなりの額ってわけだ。
〈アラン・スミシー氏の外観に一致する個人情報が特定できたわ〉
俺の頭にだけ響く声で、フジコが話しかけてきた。
〈ベン・タノウエ。「シンジケート」の息のかかったダミー企業の幹部ね〉
シンジケート、か。
銀河連邦のあちこちで幅を利かせる巨大な犯罪組織。内部抗争なんかもあるみたいだが、政府も軍も警察も、モグラたたき以上の対応ができない、銀河の裏社会そのもの。中心になる組織が特定できておらず、単に「シンジケート」とだけ呼ばれている。
〈断ったら消されちゃうかもね〉
いや、そこまでの大事じゃないだろうと思うんだが。
これまでにもヤバめの荷物を預かったことが無かったわけじゃない。盗品だったり、何かの理由で表立って運べないようなものを、小口の個人事業者に頼んでくるのは普通のことだ。条件が合わなくて断ったこともあったが、それでどうのこうのされたってのは、今のところ皆無だった。
シンジケートがらみってのは確かに初めてだが、こっちからいらない詮索をしないうちは大丈夫だろう。
それに、そもそも断るつもりもなかった。
「俺の宇宙機はわかるか? 港の八十六番ゲートに運搬機がつないである。ゲート前に回しておいてくれれば、あとは俺がやる。行先の情報は念のためメールでもよこしといてくれ」
「契約成立ですな」
アラン・スミシーことタノウエは、トラックのドアを閉める操作をしながらホッとしたような顔で言った。
ファミレスに戻って食事を済ませた俺は、スピナーを飛ばして、港へ急いだ。
〈いいの? 請けちゃって〉
内心はともあれ、表面上は咎めだてする風でもない口調で、フジコが訊いてきた。
犯罪組織に関わってるブツを運ぶリスクについては言うまでもない。バレたら業務停止どころじゃ済まない。だが――
「条件は悪くなかった」
〈悪い人みたいだったけど〉
「俺だって、まったき善人てわけじゃないさ」
〈金次第ってことね〉
「シンプルでいいだろ」
正直なところ、金はいくらあっても足りないぐらいだった。
マクノウィッチ&クヴェルティ星間運送社は今のところ、大食らいの暴れ馬とじゃじゃ馬AIって二頭の馬の維持費だけで儲けのほとんどを持っていかれるような経営状態で、出資者兼共同経営者である我が友人にしてフジコの製作者、ドクター・クヴェルティの個人資産運用益が無けりゃ、とっくに焦げ付いてる。
堅気の仕事だけで食っていける状況じゃあない。
宇宙港につくと、動力の無い運搬機だけを停泊させる桟橋の方に向かい、「86」と大きなアラビア数字がペイントされた入口からゲートに入った。
タノウエの部下がそこで退屈そうにノードを弄りながら待っていた。
「スミシーはどうした?」
「あ、兄貴……スミシーなら、帰ったっす。マクノウィッチさんが来たら、こいつを引き渡して俺も帰れって言われて、待ってたっす」
彼の背後には、さっき見たトラックが、偽装のためのナンバープレートを外された状態で置いてあった。俺は男に礼を言って、胸ポケットに五ドル分のマネーポイントカードを突っ込んでやった。
彼がホクホク顔でゲートから出ていくのを待って、俺はトラックを運転し、自分の運搬機の中に運び入れた。
「フジコ、どうだ?」
カーゴの中では各種センサーが働き、フジコが積み荷のチェックを常に行っている。俺がファミレスでレトルトのハンバーグを食ってる間に、トラックに何か仕込まれていたとしても、ここで判明するって寸法だ。
〈そうね――あら、荷台の床下に何かあるわ〉
「床下?」
〈そう。荷台の床の真ん中あたり。床下に収納スペースがあるみたい。そこに――生鮮食料品かしらね。生肉みたいなのが入ってる〉
俺は舌打ちして、荷台のドアを開けると、中に踏み込んだ。カーペットをはがすと、フジコの言う通り、床下収納の蓋があった。
蓋を開けるとそこには確かに生肉が入っているのが見えた。
〈……カーゴの庫内温度を下げればチルドで持っていけるけど、どうする?〉
「洒落にならねえからやめとけ」
その肉が人間の形をしてなけりゃ、フジコの提案に乗ってるところだが。
体を丸め、手足を縛られて、猿ぐつわをかけられた状態でそこに押し込められていたのは、年の頃十七、八の、小柄な女の子だった。