異世界? ザマア
人間国家で最大規模を誇り聖光神を崇める聖王国。
その日は勇者が魔王を倒したことで国中がお祭り騒ぎであった。
老いも若きも女も男も関係なくこれからの明るい未来に対して笑顔で宴に興じている。
そして首都の中心部にある王城では今まさに凱旋した勇者が王に謁見していた。
「よくぞ来た勇者よ。こたびの働きご苦労であった」
「いえ、もったいなきお言葉です」
王冠を被った初老の男が黒髪の勇者に向かってねぎらいの言葉を掛ける。
謙遜して受け答えする勇者は謁見の間の様子を瞬時に捉える。
その場には王と勇者の他に王家や貴族、大臣や将軍といった国でも高位の者たちが勢ぞろいしていた。
全員が魔王討伐に喜んでいる顔だが勇者を見る目は冷ややかだった。
「異世界から勇者を召喚した時はスライムすら倒せなくて心配したが、よくぞここまで立派に成長してくれた。これも聖光神の思し召しであろう。余は嬉しく思うぞ」
「いえ、俺一人の力ではここまで来れませんでした。頼れる仲間たちの協力があってこそです」
そう言って後ろにいた聖女と剣聖と賢者を紹介する。
勇者の後ろに並んでいた彼らはいずれも人類最高の戦力である。各人が一騎当千に猛者であり勇者が弱かった時から共にいた。
「そんな謙遜なさらないでください勇者様。魔王討伐の偉業もあなた様の存在があってこそですわ」
「おう、そうだぜ。勇者様のおかげで俺達もさらに強くなれたんだからお互い様だぜ」
「誰か一人でも掛けたら魔王は倒せませんでした。今は過去よりも未来のことを喜びあいましょう」
三人が勇者に笑いかけてくる。
仲間同士の絆で結ばれた彼らだがその顔はどこか作り顔じみていた。
勇者はそんな彼らを一瞥してこれから先のことを思って笑い合う。
「それでは勇者よ。聖剣を国に返してくれないかね。脅威となる魔王がいない今、聖剣の力を振るう場はないだろう」
「はい王様。国宝であった聖剣をこの場でお返しします」
勇者の腰の聖剣が王の元に渡る。
それまで光り輝いていた聖剣は持ち主から離れてその力を封じられる。
聖王国が危機に陥った時、再び聖剣は光り輝きだすだろう。
「それでは王様。約束通り魔王討伐の暁として俺を元の世界の時間に戻してください」
勇者が元の世界に戻るには魔王を倒さなければいけなかった。
そして今、その魔王は倒され勇者がこの世界にいる意味はなくなった。
「うむ、そのことだが……もうお前に用はないので即刻死んでくれ」
「はい?」
勇者は王の言葉に呆けてしまう。
言葉の内容も態度も一変して尊大になり勇者を虫の如く睥睨している。
そこには先ほどの好々爺とした王は存在しなかった。
「異世界のゴミには高貴なる余の言葉を理解できないようだな。おい、お前たち!」
王の一声で勇者の後ろに控えていた剣聖が瞬時に勇者を組み伏せる。
賢者はいつでも発動できるよう対人魔法を展開し、聖女は勇者に封印結界術を掛けようとしていた。
勇者はただ黙ってなすが儘になっていた。
「あー疲れた! やっといい子ぶらなくていいのね。早く勇者の力も封じてしまいましょうか」
「おいおい、無駄口叩いてないで早くこの馬鹿に術を掛けろよ」
「そう焦らずとも心配ないですよ。聖剣の力がなけれ人間基準の力しか発揮できません。勇者の力とて魔物相手にしか効きませんよ」
勇者の頭上で彼らは好き勝手話し出す。
持ち主に絶大なる力を与える聖剣がない勇者は彼らにとって赤子も同然だった。
「くっ、王様。これはどういうことでしょうか」
勇者は剣聖に頭を抑えられながらも口だけ動かして王に問いかける。
その顔に表情らしきものはなく淡々としていた。
「まだ自分の状況を分かっておらんのか。今まで何度も繰り返したことだが、お前の様な召喚勇者は用さえ済めば国にとって害悪でしかない。潔く死ぬがよい」
「ふざけるな! だったら俺を元の世界に戻せよ!」
「ほっほっ! ゴミらしく汚らしい言葉を使うのう。馬鹿な奴だ。最初から元の世界に戻る方法なぞあるものか」
「騙したのか!」
「弱者のたわ言は聞き飽きたぞ。お前たち、早くこのゴミを片付けるのだ」
王に命令されて賢者が勇者に近づく。
未だ剣聖に体を押さえつけられて動けない勇者はなんとか顔を上げて賢者を睨みつける。
「賢者! お前たちも俺を裏切っていたのか」
「裏切るも何も魔王を倒した貴方を殺すのは最初から決められていたことです。貴方を殺せば富と名誉が私たちのものになります。貴方の死で世界も私たちも幸せになれるのですよ」
「俺が死ぬことがお前たちの望みだっていうのかよ」
「正しくはこの場にいる全員の総意であって国民は知りませんがね。まぁ、死にゆく貴方には関係ありません」
「……そうかよ」
「それでは頭を一思いに貫いて苦しまずに死なせましょう。私からの情けです」
勇者の頭上に石槍が出現する。
長さは槍の範疇だが電信柱並みに太いため頭を潰されて即死は免れないだろう。
勇者にとって絶体絶命の状況である。
そうしてついに石槍が勢いよく落とされた。
至近距離からの目にも留まらぬ石槍の射出だ。
誰もが頭の無くなった勇者の姿を想像した。
しかし彼らが見たのは組み伏されたままの勇者だった。
その頭に傷はなく、それどころか肝心の石槍すら無くなっていた。
全員が不可思議な事態に顔を歪めていた。
謁見の間が静かになる中、無事だった勇者の笑い声が起こった。
「あっはっは。ここまでシミュレーション通りだと笑うしかないな」
絶望的な状況は変わらないはずが勇者は打って変わって余裕の表情になっていた。
それを見て憤慨する王。
「何がおかしい!」
「こうもこちらの思惑通りに動かれると笑う以外にどうしろって言うんですか」
「思惑通りだと? まさか我々の考えを知ってて動いていたというのか!?」
「いくつか想定した行動シミュレーションで最悪のパターンですがね。ちなみにこの最悪はあんた等にとってという意味だからな。とはいえこのまま話すのも面倒だな」
勇者が立ち上がろうとする。
しかし関節を決めた剣聖が重しとなってどうすることもできない……はずだった。
「馬鹿な真似すんじゃねえ。それ以上動くと関節を外すぞ」
剣聖の脅迫を無視して勇者は体中に力を入れる。
その威圧を無視して勇者は体に力を入れる。
するとゴキンという耳に残る関節が外れる音を発して勇者が無理やり立ち上がる。
巨体の剣聖を背負い大人でさえ泣き叫ぶ激痛があるはずが涼しい顔だ。
「ちっ、なんだお前は!?」
危険を感じた剣聖は自分から勇者から離れた。
同時に勇者の外れていた関節が触れもせずに戻り始める。
それは異様な光景だった。
「外れた間接が勝手に戻ってる? 治癒魔法……にしては魔力の流れがありません。どういうことだ?」
「全身サイボーグですからね。これくらいの芸当は出来て当然ですよ」
賢者はこの現象を魔法を使ったものだと考えたが魔法に欠かせない魔力の動きが見られない。
「サイ……ボーグ?」
万物を知る賢者でさえ聞いたことのない単語に周囲は固まる。
国難にあった時は召喚勇者に頼り用済みとなれば処理する。そんないつも通りの流れとは違う流れに周囲は戸惑っていた。
「僻地の未開拓惑星の原住民には分からないか。まあ、いい。俺は銀河連盟地球支部の特殊捜査官イチロウ・ヤマダ。お前たちは長年にわたり地球人の拉致及び殺害。その他諸々の罪を言うと長すぎるから残りは省くが、俺が調べただけでも五十人以上は被害者が分かった。関係者全員が銀河法に則り裁判無しの全身機械化の後、無期懲役が決まっている」
「ふんっ! ゴミが頭まで腐りよったか。何をしているお前たち。早くゴミを殺すのだ!」
王の一声で聖女と剣聖と賢者が戦闘態勢に移る。
イチロウは彼らを一瞥して最終通告に入る。危険な現場に単身潜入し逮捕する段になって犯罪者が抵抗するのはよくあることだった。
「大人しく拘束されず抵抗する場合、俺には犯罪者に対して生死不問で武力行使が許可されている。死にたくなければ膝をつき両手を上げろ」
イチロウの言葉に誰も従わない。
たった一人でこの場の全員をどうにかできると思っていなかった。
高貴な自分たちに対して減らず口を聞く異邦人に対して嘲るばかりだ。
「やはりこうなるか」
溜息をつくイチロウに剣聖が接近する。
龍鱗の鎧とアダマンタイトの剣を持った偉丈夫は隙だらけの体を無拍子で一閃する。
回避不可能の全てを斬る必殺の技は龍の首すら一刀両断した。
「なに!?」
しかし剣聖の技も剣があってのもの。
今の彼の手には刃の無くなった鞘しか握られていなかった。
当然イチロウには傷一つない。
「剣聖に抵抗ありと判断。それでは武力行使に移ります」
イチロウが剣聖に手を向ける。
瞬間、空気が一斉に動き剣聖に何かがまとわりつく。
「風の拘束魔法か!? だが龍鱗の鎧には効かんぞ!」
単純な防御力だけでなく抗魔力の特性を持つ龍鱗の鎧は魔法に絶対の防御力を誇る。
武器がなくとも磨かれた肉体と技がある剣聖の自信は揺るがなかった。
「残念ながら魔法じゃないよ」
イチロウの言葉と同時に何かが動き出す。
億単位で存在する何かはイチロウから受けた電子信号を受信して命令を実行する。
その効果はすぐさま目に現れた。
「痛ッ! な、なんだこれは!? 体が何かに食われている!?」
剣聖の顔が苦痛に歪む。
何かによって龍鱗の鎧が無くなりその下の衣服や体までもが無くなっていく。
「ぎぃぃ! や、止めろ! 俺の指を食うな!」
近くの勇者を無視して体に付いた何かを手で張るも何かの動きは止まらない。
指や足先から順に皮が無くなり肉が無くなって骨まで消失する。
不思議なことに溢れ出る血が血管から出た先から無くなるのだ。
何かの攻撃に剣聖はなすすべがない。
「どれだけ大きく強かろうが細胞一つ一つまで分解されていけば形無しだな」
何かの正体は極小のナノマシンだった。
イチロウの脳内の電子信号で億単位のナノマシンが動く。
サイボーグの指先から対象の周囲に散布されたナノマシンは細胞単位で対象を分解する。
賢者の石槍も長話の最中にナノマシンを散布して移動させて事なきを得ていた。
「室内や近距離限定だけど効果は抜群なんだよね」
イチロウがナノマシン兵器の感想を述べる時には剣聖の姿かたちすら残っていなかった。
人一人が消えたことに謁見の間の人々は凍り付く。
当代一の剣豪が力を奪われたはずのイチロウにやられたのだから無理もなかった。
戦闘経験豊富な賢者や聖女は何が起こったのか考える。
「おそらく不可視の攻撃でしょうか。攻撃を受けたら最後だと思ったらいいでしょうが対策は幾つかあります。見た限り空気を伝う攻撃の様なので聖女は絶縁結界を私たちに張ってください。攻撃は私が請け負います」
空気すら遮断し外界の影響を内側に及ばさない絶縁結界。
聖女は謁見の間の人間全員分の結界を張る。
「絶縁結界は数分が限界よ。早くしないと中の人たちが窒息してしまうわ」
「問題ありません。遠距離から最大火力の魔法をお見舞いします。城に大穴が開きますが、この化け物はここで息の根を止めねばなりません」
賢者が発動まで時間が掛かるも魔王にすら致命傷を負わせた陽炎励起砲を準備する。
彼の前面に小型の太陽が生まれる。あまりの熱量に周囲の空間が歪みだす。
直撃すれば全身サイボーグのイチロウも無事では済まない。
「だからと言ってフレアは言い過ぎかな。何度か見たけどマグマと同じ温度の千度だと計測済みだから。過信しすぎ。それに俺の攻撃がもう効かないという前提が甘い」
イチロウは体内に収納されていた兵器を取り出す。
そして手榴弾に似た黒色の球のピンを外して賢者に放り投げる。
「ふっ、どれだけの威力があろうが絶縁結界の中には届きませんよ」
イチロウの行動を鼻で笑った賢者は完成間近の大魔法の構築を急ぐ。
球は放物線を描き賢者に張られた絶縁結界にぶつかる。
賢者はそれを見て余計に笑みを深める。
「ほら見たことで……」
賢者が続けて言葉を吐くが彼の最後の言葉は誰にも聞かれることはなかった。
なぜなら球から黒い穴が出現し賢者を結界と魔法ごと飲み込んでしまったのだ。
空中に浮かぶ穴は瞬時に閉じて何もなかったように消え去る。
「えっ……賢者は? ど、どこに行ったの?」
聖女の呆然とした声は絶縁結界によって誰にも聞こえなかった。
しかし誰もが同じような事を思っていた。
剣聖に続き賢者までもが消えてしまったのだ。穴の向こうの賢者の安否は不明だが今この瞬間に戻ってくることはないと思えた。
「ブラックホールの向こう側は解明されていません。だからその問いには答えられないが、生きて戻ることはないよ」
イチロウが投げたのは手榴弾と同じ使い方で小規模の人口ブラックホールを起こす物だった。
大規模運用だと自分や味方まで消えるが対人用に開発された確実に相手を消す兵器だ。
百年前から使われだしたが吸い込まれた人間が戻った報告はなかった。
「さて、まだ俺に抵抗するなら多人数を想定した戦闘に移行しないとならないけど……」
「ひいっ! も、もう私は歯向かわないわ。だからお願い殺さないで!」
聖女が投降するのを皮切りにその場の全員が投降を願いだした。
それでも王だけは顔を屈辱と憤怒に赤らめてイチロウに牙をむく。
「ゴミの癖に余をここまで侮辱したことを褒めてやろう。だがその蛮行もここまでだ。余の後ろには神が付いているのだぞ。――おお、至高の聖光神様。敬虔な信徒を踏みにじる悪魔に裁きを与えたまえ」
王が祈りを捧げると頭上にあった王冠が天井高くまで浮かび上がる。
王冠の輪が広がりゲートが出来上がる。
そこから純白の衣をまとった精悍な男性が現れる。
「我こそは聖光神ルキフォウス。神の意向に逆らいし愚か者に天の裁きを与えようぞ」
紫電を纏った宙に浮かぶルキフォウスをイチロウは呆れた目で見る。
なぜなら彼にとって一番捕まえるべき存在が自ら出てきたのだ。
ここまで暴れればどこかで尻尾を出すと思っていたがこうも堂々とされると頭が痛くなってくる。
「どうだゴミが! 神の御威光の前に震えるがいい!」
その内心を知らない王は虎の威を借りた狐の如くはやし立てる。
この茶番劇にいちいち付き合うのが馬鹿らしくなってくるイチロウだった。
「えっとルキフォウスさんでしたっけ……本名はボルボックス星人のルゲルアさんですよね。あんたには未開拓惑星に超長距離転移技術を流出した罪の他に彼ら以上の罪状があります。既に自宅は俺の仲間が突入済みなので大人しく逮捕されてください」
「…………し、知らねーしそんな奴」
「ご両親や交友関係も洗ってあるからもう逃げられませんよ」
「すみませんっした――!」
聖光神ルキフォウス改め犯罪異星人ルゲルアは潔い土下座を決めたのだった。
銀河法に死刑制度はないが信徒たちと共に狂うほど永遠の中で働かされることだろう。
終始、魂が抜けた表情だった傲慢な王もそれは同じだった。
「やっと終わったか。しかし今回は現地生物の魔物や魔王を瞬間転移で跡形もなく殺したよう演出した方が疲れたなぁ。後は護送する前に傍流の王族や下級貴族に手紙を出して国を乗っ取ってもらわないとな。出来るだけ原住民に被害を出さない決まりだから面倒ったらないよ」
こうして特殊捜査官イチロウの仕事はまだまだ終わらないのだった。