卑怯者
久々の更新の為、前話と設定が間違ってる場合がございます……
あれから3日後の今朝のホームルームでオリエンテーションの組み分けが決まった。まず2年のクラス内で2人組を作り、代表者が他の学年の箱から1つずつくじを引いて合計6人の学年を越えたグループを作るシステムだった。
2年だけが他の学年のくじを引けるのは真ん中だから文句が少ないだろという先生たちの雑な判断によるものなのは少し納得がいかない気がしないでもない。
私はもちろん明里と組み、自分からくじを引きたいと言い出した彼女は見事に奏くんの名前が書かれた紙を引き当てた。ちなみに3年生も男子2人組らしい。どちらも知らない名前だった。
それにしても恋する乙女の何という運の良さだろう。私だったら無理だったな、なんてちょっとだけ彼女を羨んだ。これが好きな男の子に愛してもらえる女の子のなせる技なのだ。
……やっぱり、私じゃないよね。
小さく心を濁す言葉なんて聞こえないフリをして私は教科書を詰め込んだ鞄を持ち上げる。明里は相変わらずサッカー部のマネージャーに勤しんでいるため、私は大抵一人で帰る。自分が所属してる書道部は自由気ままで、学園祭までに作品を1つ提出してあれば良いという気楽さだ。
この前書き上げた作品に想いを馳せつつ、私の足はふらふらと屋上を目指す。入り口のドアの手前にかけられた鎖を越え、ドアを捻る。初めてここに来たときは屋上は封鎖されているようにしか見えなかった。けれども『鎖ぶら下がってるけど、実は開いてるのよー!泣きたくなったらおすすめの場所なのよ!なーんてね』とけらけら笑う書道の水川先輩を思い出し、恐る恐る扉の取っ手を捻ると簡単に開いたのだ。あのときはなんて呆気ないなんて思ったけれど、今はとても感謝している。
見上げた空は曇っていて、なんとも寂しくて冷たい灰色。私の心みたい、なんて嘯いて自分を嘲る。冬の冷たいはずの風が吹き付けても寒さを体が感じないのが少しだけ面白かった。
ここならばどんなに自分の気持ちを表に出してもバレないから。
青い空だけが広がる誰もいない屋上は私だけの場所。いつもの定位置に座り込む。
ほとんど人が来ないここならば、泣いたって問題ない。
泣きたかった。私の中の恋心はもう咲くことはないのだ。私が手紙を渡せばきっとあの二人はすぐに付き合うのだろう。彼らはお互いを愛して合っている。片想いを寄せているだけの私では駄目なのだ。
悲しくて悲しく膝の上のスカートにぽろぽろと大粒の涙が溢れ落ちる。冬の寒さなど感じず、唯はひたすらに悲しみだけが私を覆い尽くす。彼に愛されたかった。彼と一緒にいたかった。
震える指で鞄を開き彼の手紙が入ったファイルを掴む。和紙で作られた封筒は彼のように柔らかで美しい。
彼の想いが詰まった手紙を渡したら私の恋は完全に報われずに終わりを告げる。だったらこれを渡さなければ…?そうだ、手紙を渡さなければまだチャンスはあるかもしれない!
けれど渡さなければ彼から失望されてしまうだろう。でも、でも……!心の声が囁く。チャンスがあるかもしれない。チャンスが欲しい!彼に好いてもらえるかもしれない!
これがなければ……手紙がなければ!!!
「それ、どうすんの?」
突然投げつけられた言葉に私はハッとした。私は何をしようとしていた……?
「答えろよ」
私はだらりと手を下ろし、俯いた。ファイル越しに彼の手紙が見える。やや右上がりの彼らしい繊細なタッチで書かれた『三笠木 明里様へ』という文字。明里への愛に溢れた字。
「それ、どうするかって聞いてんだろ?」
私の背後、屋上の入り口から来た声の主は目の前まで足音を立ててやってきた。私は彼を見ることもなく、黙ったままじっとクリアファイルを見つめた。
「あいつの手紙どうするつもりだった?まさか捨てるなんてことはしないよな?」
少し大きめな逞しい手が私の手首を掴み上げ、私は痛みで彼を見る。鋭い切れ長の黒目が私の泣きはらした顔を映し出していた。なんてみっともない顔してるんだろう。
「あなたには、関係ない」
「あるぜ。俺はあいつの友達だからな。あんたがそれを捨てるんなら、あいつの気持ちを踏み躙るのなら俺はそれを阻止するためにここにいる。」
「長坂冬夜…?」
「あぁ。どうして俺の名前を?」
「くじに書いてあった……」
「なるほど。そうだ、俺は長坂冬夜。あんたがここにいることをあいつに教えたのは俺だ。そして、あんたがいつまでも三笠木先輩に手紙を渡さないから理由を聞きに来た。まぁ、実際には渡すどころか手紙の存在を無くそうとしていたところに出会ったわけだが」
彼は口元を少しだけ皮肉そうに歪めた。彼の固そうな長めの茶髪がさらりと揺れる。
何も言えなかった。
だって手紙を渡したくなかったのは事実だし、まだやってはいないけれどなかったことにもしようとしたのだから。
「奏のこと好きだから邪魔したいんだろ?でもそんなことしてもあいつはあんたのことは好きにならない。卑怯者のあんたのことなんかな。」
「そんなこと、わかってる……!」
ここから、世界から急に消え去りたくなった。恥ずかしい。他人に恋心を暴かれ、あまつさえ卑怯者と罵られるなんて!
でも全ては勝手に嫉妬して大切な手紙を捨てようとした自分が悪い。この恋心を芽生えさせてしまった自分が悪いのだ。
「明日、渡すから。きちんと渡す。だから放っておいて。」
「頼むな、先輩。あいつ、ずっと三笠木先輩のことが好きだったんだ。ずっとあいつが思い悩む姿を見てたから両想いなら叶えてやりたい。あいつが好きなあんたには悪いが、これでハッピーエンドにしたいんだ。」
腕を勝手に強く掴んで悪かった。そう少しだけ申し訳ない顔をして、綺麗に畳まれたハンカチを私のスカートの上に落とすと彼は屋上から出て行った。
彼のハンカチは冬の晴れた日の空のような色だった。
彼と話して止まっていたはずの涙が堰を切ったように流れ出し、また私のスカートがそれを受け止める。鞄の中のタオルを出すのが怠くて、動きたくなくて、私は彼のハンカチを目に当てた。じわりと涙がハンカチに染みこむ。そしてふわりと爽やかなハーブの香りを感じた。
その香りが決して嫌ではなくて、私は何故だか余計に泣いてしまった。
これが私の遅い初恋の終わり。呆気なく終わってしまったと、ふと他人事のように思った。
久々の更新ですみません…
書けるときに更新するので期間が空いてしまうことがまたあるかもしれませんが宜しくお願いします……!